もうまわりのこえはきこえない
「シャオグー」
舞台裏から出てきたところで声をかけられて、そちらに顔を向ける。カイレンがそこに立っていた。祭祀というだけあって、周りが騒がしいせいで全然気づかなかった。準備が出来ていない。いや、準備ってなんだ。
「ふふっ、私は先に行きますね」
いらない気を使ったのかチュウがそう言って微笑む。それから顔を近づけてきて囁いた。
「そんなに前髪を整えなくても、ちゃんと可愛いですよ」
「っ!」
私が声をあげる前に、カイレンに頭を下げてさっさと歩いて行ってしまうチュウ。髪をすいてなんていない。ちょっと頭がかゆかっただけだ。頭の中に言葉はあったのに、あの咄嗟の場面で出てこなかった。遠ざかるチュウの背中を一睨みから、仕方がないのでカイレンの側に歩み寄る。
「なんです?」
「うむ……今回もよくやったな、褒美にな」
「結構です、褒美になっていないので」
先んじて言葉を遮ると、残念そうに伸ばしていた手をカイレンは下した。毎回懲りない人だ。というか、だんだん尻尾や耳をモフモフする為というのが腹立たしくなってきた。結局白っぽい犬系の獣憑きなら、誰でもいいのではないか。
「耳や尻尾を触りたいだけですよね?」
必要のない言葉が、口から出てしまった。
「……違う」
嘘の匂い。嘘をついた。触りたいだけという事だ。もや。ちょっと意地悪な気持ちになってしまう。追及してやる。カイレンの目をジッと見つめて口を開く。
「じゃあ、どういう事ですか?」
その問いかけで、カイレンの心の臓が跳ねる。隣に居れば、周りが騒がしくても聞こえるのだ。参ったか。
「……それは」
カイレンが言い淀む。少し視線を逸らしたが、意を決したようにして私の目をジッと見返してきた。
「……シャオグーに、触れたいだけだ」
かなり小さな声。意を決したように見えたのは勘違いか。それに嘘の匂いもしなかった。
「ッ?!」
どどどどどどどどういう事だ。触りたいと言ったか。私に触りたいと。今までずっと嘘の匂いがしていたから、てっきりモフモフしたいだけなのを隠しているだけだと思っていた。でも違ったのか。いやでも。最初は確かにモフモフしたいだけだったはずだ。じゃあ、いつから。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。考えがまとまらない。ユンが舞台に出て来て、剣舞が始まろうとしているのにそちらに集中できない。
自分の意思に反して、犬の耳を倒してしまう。意思に反して、いや自分の意志なのか。あぁもうわからない。頭がゆでっている様に熱い。
「今回だけ、特別に……撫でさせてあげます」
顔を見せるのが恥ずかしくて、少し俯いてしまい、目だけでカイレンを見上げる。
「そそそそうか」
そう言ったカイレンも心の臓が跳ね回っていた。平気そうな顔をして、はなかった。そうして、頭に温かい感触を感じた。
「……ん」
なんだかよくわからないこえがもれた。もうまわりのこえはきこえない。かいれんとわたしだけが、ここにいるかのようなきぶんになった。




