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後宮もふもふ事件手帖  作者: 高岩 唯丑
プロローグ
3/90

涙と主人

 私は寝台の上で姿勢を正す。そして座礼をした。お詫びの気持ちもある。疑ってしまったから。


「いいの、頭を上げて」


 肩の辺りに温もりを感じる。メイユーが肩に手を置いたらしい。頭を上げるとメイユーの微笑みが見える。


「そんな風に頭を下げてお礼をいう事じゃないわ」


 メイユーは私の肩から手を外すと、そのまま寝台の上に乗る。それから悲しそうな表情を浮かべた。


「こんな風にしなきゃいけない、誰かが守らないと命さえ危ないなんて事、やっぱりおかしいわ、こんな世の中がいけないのよ」


 メイユーが悔やむ事ではないはずなのに、とても悔しそうな顔をする。そういえば話をしていたこれまでに、時折悔しそうにしたり悲しそうにしたりしていた。そういう人なんだ、この人は。どこまでも優しくて、どこまでも愛情深い。


「市内に情報収集者を送ってはいるけど、どうしても獣憑きになってすぐには見つけられない、ごめんね、でもあの子たちも頑張ってるのよ……怒るなら力不足の私にしてね」


「そんな……事」


 嘘をついていない。なぜだかわからないけど、そう判断できる。どれもこれも真実の言葉。本気でそんな事を言っている。この人は本当に。


「無事でいてくれて、ありがとう」


 ほとんど泣きそうな表情で、それでも笑顔を維持した顔でそう口にするメイユー。それから私は体を引き寄せられる。いきなりで何が起こったか分からなかった。


「……あ」


 気の抜けた声が出てしまう。私はメイユーに抱き寄せられていた。全身が暖かくなって、包み込まれる感じがして、初めてその事を理解した。


「よく頑張ったわね」


 体に伝わってくる温もり。温かい言葉。私は孤児で、親はいない。こんな風に抱きしめられたのは。


「あ……あぁ」


 気づくと涙が溢れてきていた。泣こうと思った訳ではない。自然に零れてきてしまった。


「お召し物が、汚れてしまう」


 こんなきれいな着物が、私なんかの涙で汚れてしまう。私はなんとか涙を拭おうと手を動かす。でもそれを阻むように、メイユーの抱きしめる力は強くなった。


「そんなの気にしないでいいから、もう気を張らなくていいわ、力を抜いて良いのよ」


「……でも、力を抜いてしまったら」


 力を抜いてしまったら、もう止められない。感情が押し留められなくなる。なってしまう。


「もう大丈夫だから……大丈夫、ここまでよく頑張ったわね、力を抜いていいの」


 優しい声。体の中に染みわたって、力が抜けていきそうになる。一度抵抗したけど、でもやっぱり無理みたいだ。


「……うぅぅ……あぁぁぁ……」


 メイユーにしっかりとしがみついた。どうしてそうしたのかわからない。


 私は全てを吐き出す様に、声をあげた。



「落ち着いてきたみたいね」


 そう言ってメイユーが離れてしまう。少し名残惜しい気持ちが出てしまったのか、両手が伸びた状態になってしまった。それに気づいて少し恥ずかしくなり、すぐに両手をひっこめる。メイユーがそれに気づいていたのか、小さくイタズラっぽく笑った。


「ここの事とか、それから私も自己紹介しないといけないわね」


「私もまだしてません」


 メイユーとチュウが言う。名前は呼ばれていたからわかったけど、正式には自己紹介していなかった。ミンズーとユンよりも二人の方が立場が上だろう。二人は自分達より上の者を差し置いて、出しゃばった訳だ。それでも咎められる事もない。自由な職場だ。


「まずは私から自己紹介、私は美玉メイユーと言います、外では黄妃ファンヒと呼ばれているわね……と言っても何のことかわからないと思うけど」


 メイユーが苦笑すると、チュウの方に視線を送る。


「その説明の前に、チュウさんの自己紹介を」


 その視線を受けて、チュウが「はい」と一歩進み出た。


「私は秋蓮チュウリエン、侍女頭を勤めております」


 とてもしっかりしてそうな印象だったから、納得の侍女頭だ。


「みんなチュウさんって呼んでるな」


 何故だか得意げにそう口にするユン。それに続いてミンズーが思いついたように口を開く。


「みんなのお母さん、いッ!」


 言葉の途中でミンズーが小さな悲鳴を上げる。チュウがミンズーのお尻の辺りをつねった様だ。


「みんなのお姉さん的存在で通っております」


 圧の強い笑顔を浮かべるチュウ。なるほど。いろいろな力関係を理解した。サカラッテハイケナイヒトダ。


「とりあえず、他の子はまたの機会に」


 どれくらいの人数がいるのかわからないけど、助かる。一度に全員を紹介されても、覚えきれない。


「それよりもまず……ここがどこなのか分からないのは気持ち悪いわよね?」


 メイユーが苦笑をうかべて、問いかけてくる。確かに分かっていなければ、とても居心地が悪い事だろう。でも、ここまでのやり取りで、おおよそここがどこなのか検討はついている。


「……ここはもしかして後宮ではないでしょうか?」


 私の言葉で、今まで苦笑していたメイユーは驚いた表情に変わる。他の者も驚いている様だ。しばらく誰も口を開かない時間があり、それから代表する様にメイユーが問いかけてくる。


「その通り……だけど、どうしてわかったの?」


 仰々しく発表する事ではないけど、問われたのなら答えない訳にいかない。私は自分の考えた事を披露する。

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