この部屋から出しませんからね
「何かと思えば……菓子ぐらいでそんなに騒ぐなよ」
ため息まじりでユンが呟いた。やれやれといった感じで、小さく顔を横に振っている。それを聞いてミンズーは、怒りがさらに燃え上がった様に声を荒げる。
「菓子ぐらいって! 楽しみにしてたのに!」
そう言って両手をブンブンと振った。相当お怒りの様だった。月餅一つで大げさである。
「とりあえず落ち着いてください……本当に月餅が無くなったんですか? 別の場所にあるのでは?」
妙に真剣な感じのチュウの言葉。確かに目が見えないミンズーでは、場所を間違っている可能性はある。だが、しっかり探したらしいミンズーは顔を横に振った。
「間違いなく、無い! 探したし、何より匂いがしなかった!」
そこまで言って、ミンズーが鼻をヒクヒクとさせる。このお香の匂いが充満している部屋で、そんな事をしても無駄な気がするが。
「確信した、ここにいる誰かが食べた……部屋にお香の匂いが充満してて嗅ぎ分けられないけど、かすかに月餅の匂いがする!」
この状況でも嗅ぎ取れたらしい。一応自分でも匂いを嗅いでみるけど、全然わからない。月餅への執念なのか、ミンズーの嗅覚の能力が私よりはるかに高いか。
「あ、アタシ達を疑うのか」
なぜか少し弱気なユンが口を開く。
「匂いがするのは事実なんだから、当たり前でしょ!」
弱気のユンの言葉を打ち砕く様に強気のミンズー。それから突然、一度深呼吸をすると落ち着いた表情を見せる。
「月餅を全部食べちゃったのは誰ですか? 先生怒らないから素直に名乗り出なさい」
突然何を言いだすのか。というか先生ってなんだ。唐突すぎて意味が分からない。その場にいるみんなが戸惑っていると、落ち着いた怒りが再燃したようにミンズーが声を荒げる。
「犯人がわかるまで、この部屋から誰も出しませんからね!」
ここから出さないって。私は皆の顔を見渡す。それぞれが違った表情を浮かべていた。少なくともこの状況を喜んではいない。
私は状況を整理するために考えていた。大事に残しておいた月餅が何者かに食べられてしまったとミンズーは言っている。犯人はここにいる誰かであるとも。月餅の匂いがかすかにするから、というのが理由らしい。かすかにしかわからないのは、焚かれているお香の匂いのせいだ。この状態だと口元で匂いを確認してもわからないだろう。いや、ミンズーならわかるかもしれない。というより、お香の匂いの外に出て確認すれば良いのだが。ミンズーがそれに気づかないのは運が良い。
月餅を盗み食いしたのは私だ。自分の不利になる事を、わざわざ教えてやる必要もない。