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マホロバのモノノフ   作者: しふぞー
第一章 一縷の希望
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百鬼夜行

 千沙希はビルの屋上をなんとか飛び移ってデイダラボッチから離れていく。元居たビルにはデイダラボッチから生み出された妖魔で溢れ、屋上は火に包まれている。


「ハァッ…!ハァッ…!逃げなきゃ…!」


 千沙希が立ち入った現場は幸か不幸か密輸カルテルの中枢ともいえる場所だった。そこで千沙希が目にしたのは密輸の()()()()


「宝石…!?違う!これは…!」


 それは宝石に加工された人の眼球だった。あまりにおぞましい光景に千沙希は腰を抜かしてしまい、その隙に捕らわれてしまっていた。

 千沙希が見た宝石と同じ瞳を持つものを彼女は知っていた。

 哉人の目と同じだった。

 自分の目と同じだった。

 神通力を使えるものと同じ目だった。

 その眼で百鬼夜行を見れば、誰もがこちらを向いていた。

 デイダラボッチたちには光を感じる眼は存在しない。しかしクエーサーという眩い光を放つその姿に本当は光を求める妖魔たちは手を伸ばす。

 デイダラボッチは数多の妖魔を引き連れて千沙希を追い、地獄の行進が、百鬼夜行が始まった。

 


 同時刻、千沙希と同様に走って逃げる妖魔が一人。その名はぬらりひょん。

 デイダラボッチ召喚中に既に逃げ出すことでなんとか凌雲の手から逃れることが出来た。その手には今回の密輸の全貌とも言っていい顧客リストと業者リスト。そして密輸経路など最重要機密データを小脇に抱えて白髪の妖魔はなんとか這う這うの体で裏道に飛び出す。これさえ外国…いや、他の地域に潜伏している同士に駆け込みさえすればまだ巨万の富を手に入れるジャックポットに一縷の望みをつなぐ。


「お前、そこで何をしている」

「その手に持っているのは何だ!?」


 しかしそこでばったり会った御影哉人の黒刀・黒曜と伏見瑛士の懐中電灯に挟まれて即詰み頓死。

 しかし毒饅頭の一手をなんとか繰り出す。


「これ…を、燃やされるわけには…行かないんです!これを!」


 ぬらりひょんは感情が振り切れたことで爆発した涙腺と共に書類を差し出す。


「これは!顧客データに業者データ!密輸ルートまで!お前なんでこんなものを…!まさか!」

「私はちがうんですぅぅぅぅぅぅ!私の上司がこれをいきなり処分しろって言うんですけど!でもSNSで一斉立ち入りが入ったって見てこんな書類処分するわけにはいかないと思って…!」


 明らかに嘘だ。伏見は完全に疑っている。しかしまだ子供だった哉人には覿面に効いてしまった。


「わかった。これは我々橘家で預かりましょう。あなたは早くお逃げなさい」

「哉人!こいつはこの密輸カルテルの一員である可能性がある。このまま逃がすわけにはいかない!」

「コイツがそこにいたっていう証拠、そこにあります?」

 

 ぬらりひょんが出した身分証明書と共にざらーっと二人が確認してもこの白髪の者の情報はなさそうに見える。

 実際に検証してもない。何せぬらりひょんは偽造とは言え見抜くことは困難に等しい住民票があり、常に冷静に保険をかけるために自分ではなく他人に契約させていた。

 どれだけ捜査しようとも名前が挙がることは無い。


「…事態が収束次第、捜査に御協力を願えますか?」

「もちろんです!」

「ならばこちらの通りをすすんだ先で陸軍が避難誘導をしているのでそちらに従ってください」

「ありがとうございます!ではっ!」


 ぬらりひょんは感涙にむせび泣きながら走る。走り出す頃には泣きすぎて涙が血涙になっていた。


「やれやれ、本当に良かったのやら」

「いいんですよ、きっと。それよりもあの妖魔の大群です」

「ああ、わかっている。とりあえず発生地点の調査にはお前が向かえ。俺はこの書類を捜査本部になんとしてでも運ばなくてはならん」

「了解です」

「中はもう火の手が回っている。一酸化炭素中毒にも気をつけろ」

「わかってます!」


 哉人はビルの屋上から落下する瞬間を見ていた。角度の関係で千沙希のことは視認していないが屋上が原因であることは分かっている。

 ビルの中は火の手が回っている。だからビルの壁を走って駆け上り、屋上に向かう。

 哉人が屋上にたどり着くと火の手が回り、床には召喚式が刻まれていた。その向こう側には火の粉を撒き散らしながら地獄の行進を続けるデイダラボッチの姿があった。


「チッ」


 柵から身を乗り出すようにしたを見ると陸軍部隊と橘氏部隊が合同で大通りを封鎖、百鬼夜行を止めようと戦っている。

 とりあえず今は召喚式の調査が先だ。哉人は召喚式を神通力で解析していく。一瞬で持ち得る情報を全て取得し、事態を確認し、通信端末で捜査本部改め百鬼夜行対策本部に連絡する。


「彼岸に封じられていた強力な妖魔の召喚式を確認。召喚式に残っていた痕跡から召喚者は橘千沙希と断定。しかし妖力波の痕跡から何者かに強制されて召喚したと思われます。本人の行方は分かりません」

『了解しました。千沙希の部下たちとそこのビルの者たちは全員避難しています。御影君は千沙希の捜索に回ってください』


 本部に詰めていたらしい橘京介さんに割り込むように指示され、ふとデイダラボッチとは逆の方を向く。


「すみません、ちょっと厳しいですね。今から交戦します」


 有無を言わせずに通信を切り、しまう。非常口から上ってくる数人の人影。全員がボタンを閉めていない真っ黒なスーツを着込み、腰には刀を佩いたSPと見える黒服たち。

 全員が放つ殺意と敵意から交戦は避けられないと見て哉人は鞘から黒曜を抜き放って臨戦態勢になる。


「少年、ここに誰か、いなかったか?」


 リーダーらしき先頭の男がとても通る低い声で話しかけてくる。哉人の正面に逃がさないとばかりに広がる数人の中央で背をピンと張るその姿が味方ならとても頼もしいのだろう。


「すまんな、俺がここに来た時にはもう誰もいなかった。でも、見なかったことには出来ないんでしょ?」

「そうだな。君を抑えておけば、一人でも多くの同士が逃げられる。このビジネスはこれで終わりだが、人生はまだ続く」


 末端が逃げたところでもうこの密輸は終わり、しかしこの密輸で培った経験や人脈は消えるわけではない。それぞれから見れば完全に終わりではないのだ。


「お前ら雇われだろ?なんでここまで命張れるんだよ」

「そうだな、命以外に賭けられるものが無いからだよ。君たち華族のように、特権が無ければ戦士なんぞ誰もかれもがこんなものだ」


 全員が一斉に抜刀。哉人一人に相手するのは9人。

 先に仕掛けたのは哉人だった。相手は死兵、逃げるという選択肢が無い。こちらが逃げてもノータイムで追跡してくるだけだ。さらに連携の面でも抜かりはないだろう。つまり受け身に入れば固められて嵌められるのは自明の理。

 よって神速の一閃。これこそが最上の一手。狙うはリーダーの右隣の一歩反応が遅れた者。一気に押し切って戦列に穴を開ける。刀を抜いて横一列に並んでいる為反転する時には刀が邪魔になり隙ができる。哉人はその隙をついて人と人の間をすり抜けて切り抜ける。ふとももの肉を骨近くまで裂いていく。

 一人が膝立ちとなったのを見て、黒服たちはバラバラに散らばって互いに干渉しあわないように距離を取る。哉人を囲むように移動したのでもう不意打ちをしてもすぐにカバーに入れるだろう。

 不利と見るやすぐに哉人は頭上を飛び越えるようにして離脱し、隣のビルの屋上に移動する。足を負傷しては隣のビルには移動できない。これで一人を脱落させることが出来る。


「なんとかこれで一人ずつ削り落とすしかないな」


 哉人は妖術『鳶刀』で半実体の刀を4本作り出し、発射。空中の黒服に向けて放つ。3本は迎撃されるが1本は命中し、空中で撃墜に成功する。また一人が脱落する。しかし次はない。そもそも哉人は対単体に特化した戦闘スタイルなので手練れを多数相手するのは慣れていないのだ。じりじりと一歩ずつ下がりながら逃げる算段を考える。


「参ったな」

「そう弱気になるなよ」


 背後からそうささやきながら参戦したのは平家一門が一人。


「平将春、助太刀致そう」

「手出し無用、と強がりたいところだが今は素直に背中を預けておこう」

「正直でいいことだ。これからは対多数の修行もすることだ」


 将春はそういって術符をばらまき、全て一度に起動する。封じられた水が溢れて蛇のように絡みついていく。

 足が止まったところに哉人が踏み込み一太刀を浴びせ、追撃さずに離脱、哉人を狙って飛び掛かったところを将春が切り捨てる。将春の背を狙おうとしたところを哉人が鳶刀で妨害する。

 一方的に手傷を与えたところで次のビルに移動して囲まれないように慎重に立ち回る。これを繰り返せば単独での能力に勝る哉人と将春を捉えることはできない。



 その消耗戦が行われている下。大通りの百鬼夜行を鎮めるために終結した連合部隊。橘氏部隊を率いているのは楠木正貴。普段の思考は脳筋そのものだが実のところ軍略に関しては素晴らしいという一言に尽きる。

 時刻は既に時刻8時を回り、5時に動員のかかった部隊も集結し始めていた。


「楠木様!源氏部隊と平氏部隊が参戦した模様!平氏部隊は隣の通りから避難民の保護、護衛に回り、源氏部隊はここよりも交差点3つ先の大通りから装甲車で押し入って手あたり次第に駆逐している模様!」

「報告ご苦労!避難誘導は平氏に任せる!増援が到着した部隊から逐次ここに集結させろ!ひとまずは源氏部隊と合流するまで押し返すぞ!」


 伝令の旗本を配下の郎党ごとそのまま前線に合流させて正貴はドローンを飛ばして上空から戦況を確認する。

 右翼を務める橘氏部隊は大半が脳筋フィジカルごり押しゴリラ集団なので完全に乱戦になっているついでに中央にも大分食い込んでいる。度々打ち漏らして本陣を狙われるのはご愛嬌だ。 

 左翼を務める警察機動隊部隊は主攻が狙撃なのでかなり攻撃範囲が狭い。押されているとまではいかないが押し返すのは遅れている。

 中央の道路に対人軽戦車や装甲車を全面に押し出して火力で猛攻をかけているのは陸軍である。対人火力に全ベットした兵装は多くの妖魔には効果が薄いが今回ばかりはほとんど人型の為火力を集中させればハチの巣にして撃破することは容易である。

 一番押し込んでいるのは右翼の橘氏部隊。軍略とかそういうの関係なくゴリゴリに力で押しているのでもう面倒を見る必要もなさそうだ。だが戦力が充実してきた今は今この場に集中する必要はない。

 正貴は司令車から通信機を伸ばして隣の陸軍の指令所に入る。


「橘家配下、楠木正貴だ。陸軍と機動隊にここを任せてもいいか?」

「何をなさるつもりで?」

「何、向こうの通りに展開しなおすだけですよ」




 同時刻。源氏部隊。

 源義臣は集められる手勢を集めてこの地獄に自ら身を投じていた。

 大太刀を振るえば一太刀で数体の妖魔をまとめて薙ぎ払い、弓を引けば直線状に穴を開ける。

 まさに一騎当千、国士無双。万夫不当の豪傑は一人で戦線を大きく引っ張り上げる。その姿を見て腕自慢ぞろいの源氏華族たちはその腕を揮う。

 その中に二人、消極的な武者がいた。


「無理だ!僕には!」

「何言ってるんだよ進九郎!俺達も手柄立てなくっちゃあ何しにここ来たんだよ!」


 義臣の息子の源進九郎とその相棒久我義照。二人はこれが初陣だった。やる気十分な久我とは対照的に進九郎は大分後ろ向きなようだ。

 だが戦場においてはそんなに悠長にしている余裕はない。すぐに敵が押し寄せてくる。


「危ない!」


 当然進九郎を狙う妖魔が現れる。咄嗟に久我が割り込んでカバーに入るが力負けしている。何度も受け太刀は出来ない。


「呆けていると危ないでぇ!」


 そんな進九郎の影から巨漢が躍動しながら突進する。両手に持った小太刀を乱舞し、近づく妖魔を殲滅する。


「平将重か、恩に着る!」

「ええでええでぇ!若者を守るのも大人の務めや!」


 平家の商頭、平将重は実に太ましい体に具足をしっかりと付けてさらに増量した重さを小太刀に乗せて叩き斬る。


「商頭が前線に出る者か?」

「これでも華族の端くれなもんでねぇ!腕は磨いてるんや!それに!」


 体重を乗せたタックルと小太刀二刀流の高速連撃で妖魔を次々に撃破していく。


「商いの交渉に修羅場は付き物やでぇ!お二人さん!わてがまもっちゃる!臆せず行きや!」

「よし行くぜ!」

「待ってくれぇ!」


 将重は義臣にお前は大物を倒せとアイコンタクトを送る。

 今百鬼夜行を終わらせられるのはお前だけだと。

ちょこっと登場人物解説


ぬらりひょん 「洛都さ行くだ」


悪事を考えること数百年。車もねぇ、ラジオもねぇ、車も一切走ってねぇ、生まれてこの方見たごたぁねぇ暮らしを抜け出し上京に成功。だが無戸籍なので堅気にはなれませんでした。

一応合法的に此岸に渡ればちゃんと戸籍は用意されるし真っ当な仕事もできることはここに記載しておきます。


楠木正貴 「ゴリラを飼育するゴリラ」


ゴリラを飼育している飼育員さん。何度もスカウトを受け接待も受けたがそれでも忠義に生きる武人の鏡。

これまでは質のいいゴリラとしか思われていなかったが頭もいいゴリラであることが発覚した。

主食はバナナとプロテインである。

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