交渉の護衛
俺の初出撃から早くも一週間が経った。
あれから俺は旗本衆を鍛えたり、橘家部隊を代表してスクランブル出撃したり、後は学校の教材や夏休みの課題や趣味のコレクションを回収するために実父の厳しい管理下に置かれた実家に忍び込んだりしていた。
橘家のスーパールーキーの登場に界隈は湧き、そして注目を集めた。が、PMC界隈はここで一つ気付いてしまった。これまで稼ぎができていたのは橘家が頼りなさすぎるせいであり、これからは本業にちゃんと取り組み始めたことで仕事の総量が減ってしまうのだ。よって少ないパイを奪い合うか本気を出した摂家を相手にするという無謀な策に出るかの二択になってしまうのだ。
これを端から見ていた伏見さんはほくそ笑んで
「これなら勝手に潰しあってくれるから楽でいい、誰でもいいから暴れてくれれば埃も煙も立つってもんよ」
と言っていた。恐ろしい人である。
俺が武門を叩きなおしているうちに伏見さんが何をしていたかは知らないがこの1週間で橘家の状況は目に見えて変わっていた。
旗本はどいつもこいつもパンプアップし筋肉もりもりマッチョマンになり、書生達は皆寝不足で虚ろな目をしている。
どうやら伏見さんに夜遅くまで扱使われているらしい。
そんな伏見さんに今日は呼び出されていた。
「久しぶりだな、カナト」
「まだ1週間ですよ、伏見さん。それで今日の要件はなんですか?」
「まあそう慌てるなよ、ここで世間話の一つでもするのが華族の流儀って奴だぜ」
「まだ正式な華族じゃないんで」
「当家の目付役の立場を貶めないで頂きたいのですが…」
俺の隣に座るチサキに睨まれた。めっちゃ冷たいけどなんでかわからんが気分は悪くない。
「それにしても嬢ちゃんはいっつもカナトと一緒なのか?仲も良さそうだしなあ」
伏見さんは下卑た笑いをする。実に楽し気だ。
「俺は重役とはいえまだここでの勝手のわからぬ新参者ですよ、納得のできない者も多いんです。腕っぷしで話が済むならそれでいいんですけども、そうではない場合にはこうやって睨みを効かせる必要があるんですよ」
「ほう、そりゃ大変だ」
「あと俺が何をするのか監視をするという目的もあるらしいがね」
「私、そんなこと言ってないんですけど」
「バレバレなんだよ、気配を隠しきれてないんだよ」
さっきから数種類の睨み方でこちらを見てくるがお気に入りはやっぱり一番最初のジト目かなぁ。
「で、今日は何の要件でお越しになったんです?」
「俺は用が無きゃ来ないと思っているのか?」
「あなたが何の用もなく会いに行くのは先生だけです」
「よくわかってるじゃないか。お前が頼りない旗本衆を鍛えてるうちにこっちでも色々動いていてな、ようやく本格的に動き出す支度が出来たんだ。だからちょっと面を貸してほしいんだ」
しっかりと本題に入る時にすっと目の据わった伏見さんは俺の目をしっかりと見て話す。本気の話をするときに絶対に視線を外さない癖があるのでこれが本題だとわかる。
一応俺は勝手に色々進めているわけではなく一応橘家のお墨付きをもらってから進めるようにしている。今回も一応チサキの方を見て頷くのを見てから返事をする。
「わかりました。でも何をするのかちゃんと説明してくださいね」
「もちろんさ」
最高に胡散臭い笑顔で顔を突き付けあう二人。
正直自分としてはこのまま進んでも望む未来は得られないような気がする。大分助かったのは事実だがこれ以上進むにはどこかで伏見さんが隠している目的を知ってい置いた方がいいだろうな。
明朝、洛都西南部、港湾地区。
伏見さんは橘家当主の名代の千沙希と護衛の俺を伴って車を走らせていた。
伏見さんは助手席に座り、その後ろに伏見さんに車に乗る前に渡されたサングラスをかけた俺が座り右に千沙希が座る。
窓の外を見れば、窓の外には海が広がっていた。彼方まで続く水平線。だがその先は永遠に続いているわけではない。
この世界は歪だ。常に加減を求め、限界が存在する。真理に従っても幸福は保障されず、災害に制約は無い。
「まるで悪意が理不尽を体現するために作ったようだな」
「何か…言ったかしら?」
「独り言だ。流してくれ」
つい口に出してしまったが幸い千沙希は気にも留めなかったようでそれ以上追及はされなかった。
俺達はそこまで気にしていなかったが伏見さんはそうではなかったようで気を回してくれる。
「そういや二人はビーチに遊び行ったりしないのか?」
「俺はそんなことをしている暇はない」
「私も橘家の子女としての職務があります」
「そっか、じゃあこのあと海行くか?」
「結構です」
「私もです。準備もしていませんので」
「そっか…」
にべもなくあしらわれたことで割と落ち込んだ伏見さんが少し哀れにも思うが正直橘家の立て直しのためにもやるべきことがまだまだある。
自分の住む家ぐらいは自分で片付けたいというのが一番だ。
車はまるで要塞のような景色の中を進み、その中の大手門を通り、4層の天守閣の大屋敷の入り口に車を停める。
「着いたぞー」
伏見さんがそういうや否や運転手側の操作でドアが開き、一歩外に出るとそこには何人もの使用人が2列に整然と並んでいた。千沙希の降車を手伝ってからドアを閉じると使用人たちが一斉に挨拶をする。
そしてその奥から一人の男が大手を振ってこちらに会釈する。
「ようおこしくださった。お久しぶりですなァ~伏見さん」
「ええ、お久しぶりです将重さん」
「えやァ~千沙希ちゃんもえらいべっぴんさんになったもんや!ええ、前はお人形さんみたいだったのになァ~時の流れは速いもんで」
コッテコテの湊弁でゴマをする男は主賓の伏見さんと千沙希に少し引かせるほどの満面の笑みを浮かべる。
俺?俺は護衛だから丁重な挨拶なんていらないのさ。
「お久しぶりです、将重さん。今日は急な面会に応じていただきありがとうございます」
「ええよええよそんな他人行儀な!ワイらがむしろ迷惑かけた側やったのにお目こぼし頂いたことに胡坐描いていたのが悪いんやから!」
へこへこと非常に腰を低くしてニコニコ笑う姿が既におなか一杯になったところで伏見さんが割って入る。
「将重さん、また話が止まらなくなっていますよ」
「はっ!アカンアカンこんな暑い日に外で立ち話させてもうたわ。中でお茶飲も!冷やすのに向いたいい茶を準備したんや!ささ、こっちにおいでや」
コミカルな動きのまま中に先導されるように俺達も中に入っていく。
迎えに来たのは橘家と並ぶ四家が一つ、平家の商頭たる平将重。つまるところこの国を支配する支配者の一角であり、俺たちを迎え入れたこの屋敷は平家の本家、総本山である。
平家は洛都の南西部、港湾地区を統べており、歴史的な国際商家の面も併せ持ち、販路の安全確保のために武力を積極的に拡充もしてきた。真秀海軍ももとは平家水軍を母体としており、今も海軍や海上警察、ひいては商業全般に強い影響力を持つ。橘家とは真逆で盤石な土台の上でさらに胡坐をかくことなく精進を続けている。
そんな平家の本家の応接間に通されて、伏見さんと千沙希がソファに座り、その後ろに俺が直立不動で立つ。向かいに座る平将重の後ろにも護衛と思しき男が立つ。年齢は俺よりも上、20歳前後に見える。今日はこちら修羅場になる予定は聞いていないので今は特に警戒しなくていいだろう。
「いやぁ伏見家が橘家の支援に動いたとは聞いておったんやが今日もその用事で?」
「ええ、今日はこちらの橘家の名代である橘千沙希嬢と共に一つお願いをしたいことがありましてね」
「なんや、言うてみい」
伏見さんはずいーっと前のめりになって顔を平将重に近づけ、こっそり噂話をするように話す。
「将重さん、橘の膝元でよ~儲けてるんでしょ?」
将重はこれまでにんまりとしていたが目が据わり伏見さんと目に見えぬ火花を散らし始める。
「いやー別にどこで誰が商いをしようと別にそれが法の範疇なら問題ないんですよ…しかしねぇ、最近は良くない商売をする輩が多くて困ってたんですよ」
「ワイが良くない商売をしていると?」
「いえいえ、今日は別に平家の商売を咎めに来たわけではありませんよ。あくまでお願いに来たんです。単刀直入に聞きます。将重さん、何か良くない商売の噂、知りませんか?」
平将重は目を細めて品定めをするように睨む。そしてピクリと右眉を上げた。まるでそれが合図となったように将重の後ろにいた護衛がデバイスから槍を取り出す。
何が修羅場にするつもりはないだ。思いっきりやる気じゃないか。見込みが甘いのだ。しかたない、流血させるのは許可がいるが実力行使そのものは護衛である私に判断が委ねられている。
今こそ憧れにあの人の真似事をする時が来たのだ。
「…フッ」
わずかな笑みと共に神通力を以てあちらの護衛の脳に向けて正確に殺意を放つ。生物が持つ根本的な生存本能を刺激する。
護衛はピクリとも動けなくなった。まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。実に気味がいい。
「将春、滅多なことをしてはならん」
「申し訳ありません」
将春君はデバイスに槍を収納し頭を下げる。将重は記念すべきことに今日初めて私に視線を合わせた。
「将春、お前ではこやつには勝てんか」
「…勝てません」
「そうか、悪かったな。試すような真似をして」
伏見さんがお前が答えろとこちらに視線を送る。
「いえ、あくまでお願いをしに来たので。修羅場は困ります」
「そうか、こいつは平将春。ワイの弟の子で今は護衛をしながら商売と政治を勉強させてるんや」
将重は前平家長者の次男だ。平家は能力問わず長男相続が一般的だ。つまりこの将春君は嫡男の系譜の中でも武門を司る方面に進むつもりなのだろう。
「平氏でも指折りの強者なんだがな。どうやら坊主からすりゃ歯牙にもかけないってか…、名前は?」
「御影哉人です」
「そうか、ではお前さんに免じて答えよう。今、橘の領地で幅を利かせてるのは反華族系企業、その支援をしているのは現体制に不満を募らせて脱走した反社会的妖魔や。そしてその妖魔は海外とのパイプさえ持っている。放っておけばもっと大々的に密輸を始めて手が付けられなくなる。せやから平家は橘に敷居を押し入ってでも競り合いに行ってるんや」
妖魔と聞いて伏見さんが顔をしかめる。妖魔の監督は彼岸の華族の仕事。自分たちの落ち度であることを指摘されたのだ。
しかし千沙希は涼しい顔をして答える。
「平家の商売はこれまでのことも、これからも咎めません」
「強いな。自分たちでカタつけるつもりかいな。なら気を付けるんだな。あくどいこと考えるのは何も商人ばかりやあらへん。商人と張り合えるぐらい、役人というものはよくないことをよく思いつく」
「肝に銘じておきます」
修羅場を回避したのち、会話が進んだことで再び将重は元の低姿勢に戻っていき、その調子は帰る時に頂点に達した。
この平家の使用人を集められる限り全て玄関に一列に揃えて並ばせる。
そして再び使用人が一斉に頭を下げ、揃って敬礼をする。
圧巻の見送りを受けながら車に乗り込もうとしたその時だった。
車の後ろから星幽が休に襲いかかってきたのだ。即座に体が動いたのは俺と平将春の二人。まず俺がデバイスから黒曜を召喚し、迎撃に飛び出す。将春は硬直した千沙希を庇い、星幽の魔の手が及ぶ既のところで俺の刃が星幽を両断し確認を砕いたことで消滅する。
そして止まった時が動き出すように皆が動き出す。
「千沙希!無事か!?」
「お怪我はありませんか?」
「結界はどうなっている!確認しろ!他の安全確認もだ!」
伏見さんと平将春は千沙希を心配し、平将重は使用人に怒号を飛ばす。
「結界は破られてはいませんよ、あの星幽は相当強力な個体だったのでしょう。我々が皆その目で見るまで欺かれたのです。結界をすり抜けることも容易かったのでしょう」
俺がそう諭すと平将重は使用人へ指示を飛ばすのをやめて俺に急にゴマをすり始める。
「いやァホンマに助かりましたわ。もうアカンわと思いましたわ…」
「今回は俺が奇襲の形になったから一撃で倒せましたが正面から挑めばこう容易くはなかったでしょう。この件では先に述べました通り結界は破られてはいません。平氏に責を問うのはお門違いでしょう」
千沙希に視線で確認を取ると彼女は頷いた。将重が静かになった一方雅春は信じられないものを見るようにこちらを見つめ続けていた。
同刻、マホロバ天文台。
資料を在原凌雲に見せながら山階都は一枚の写真をホロモニターに映し出す。
それは橘千沙希の写真だった。
「準星。クエーサーとも言いますね。準星、橘千沙希は星幽を誘引する性質があることをご存知でしたね?凌雲」
「ああ、そもそも彼女が幼少期に一度ここに来たのはその準星感応波を封じる為だ。俺が封じたがその封印は彼女の成長とともに剥がれつつある、それも認めよう」
「そして哉人を橘家に出仕させ橘千沙希に引き合せた」
「…」
凌雲は語らなかった。しかし都は続ける。
「あなたは哉人に刀を与えたのも、伏見さんと共に向かわせたのも、全ては橘千沙希という存在の為である。違いますか?」
「半分正解で半分不正解といったところだな」
凌雲は古い本を埃を払いながら手に取る。
「伏魔殿に、こいつがいる」
それはかつての厄災を表した絵画。怯え逃げる老人と天を貫く巨躯、ダイダラボッチ。
「千沙希と哉人を中心に、大いなる災禍の渦が巻き起こるのさ」
凌雲は凄絶なアルカイックスマイルを浮かべながら都の頭を優しく撫でる。それだけで安心感を得られることに、都はすべての黒幕に恐怖していた。
ちょこっと登場人物解説
平将重 「海賊と呼ばれた男」
海外貿易で成功して名前を挙げた男。
わかりやすく表裏があるがあくまで真摯な紳士(氷属性妖術)なのであんまり嫌われてはいない。
モデルは平重盛。本当か?
平将春 「限界は重要じゃない」
平家一門の戦闘方面で名を轟かせている新進気鋭の若手。将来有望で数年もあれば義臣ぐらいには勝てるようになると思われる。そのまま成長ペースを保って世界最強の男になるにはあと500年はかかる。まずは寿命の突破が急務と見られる。