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マホロバのモノノフ   作者: しふぞー
第一章 一縷の希望
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食客生活の始まり

 俺が橘家に仕官して初日。まだ住まいが用意できなかったので仮として本拠地のビルの客間に泊まった。

 やっぱり箱物設備は質がどれもこれもべらぼうに高く、これまでの短い人生で一番よく眠れた。

 伏見さんは予め御用達のホテルの一室を借り上げていたようでそちらに泊まった。なんでもいつでもこちらに逗留できるように準備をさせているらしい。これも特権の恩恵なのだろう。

 右京さんは予定が今日はミチミチに詰まってるらしく朝一での作戦会議と相成った。


「とりあえず哉人の話からしていきましょう。彼の具体的な待遇の話は何一つしていませんからね」

「そうだな…、既に君がこの橘家で最高戦力であることは昨日の時点で示してくれた。その力量に見合った待遇は用意しよう。君には食客として目付役を頼みたい」


 華族の配下の武者は一門の将を頂点に各部隊の隊長、隊士からなる旗本と呼ばれる部隊と明確な指揮系統のない食客の二つに分かれる。文官専門の食客は特別に書生と呼ばれたりするがほとんどは武官なので一般的にはこちらを指す。

 食客として迎えられる人材は指示を必要とせずスタンドアローンで行動できる者など指揮系統がデメリットとなる者が多い。

 俺は前者の方に当たるのだろうな。


「謹んでお受けします」

「ありがとう。方針はこちらで定めるが、基本は自由に行動してもらって構わない」


 実にとんとん拍子で話が進むものだ。だがこれは何も俺の力の代償じゃない。伏見家の介入を受け入れることを示唆するアピールだ。一応摂家としての面子がある以上表立って服従するわけにはいかないが内部で好き勝手しても構わないということを俺を通して示しているだけだ。そして俺の功罪は全て伏見家に飛ぶ。まだ完全に自分は自分で責任を負える立場にはないってことだ。

 だが利用できるものは利用させてもらおう。


「では初めに。橘家旗下の旗本衆についてなのですが…」

「言いたいことはわかる。彼らは確かに戦力としては心もとないのは認める。一応もともと腕利きの武者がいたのだがね、資金力で勝る民間軍事会社に次々ヘッドハンティングされてしまってね、今では青田刈りまでされるがままになってしまっているんだ」


 橘家は摂家の中で一番風通しがよく、行政的批判が上がってくることは少ない。しかしそれは内情が広く知れ渡り、人材の流出さえ止めることが出来ないことも示している。能力が見えやすい戦闘職は尚更に。

 悪いことばかりではなく、風通しがいいということは安定職を求める官吏を集めるのは容易であり、野心の薄い彼らはヘッドハンティングを受けにくく、もし流出したとしても教育機関が優秀なので生え抜きでまた生えてくるのだ。

 要するに自分で動く手足は次々引っこ抜かれるが頭と内臓は安泰。生きながらえるには苦労しないということだ。

 だが戦力はやっぱり2軍しか残っていないのは少々まずい。とりあえずここから手を付けよう。


「では私が稽古をつけましょう」

「君が、彼らを?」

「ええ、手始めにできることからしていきましょう」



 というわけでメニューを考える。技量のあるものは青田刈りで根こそぎ取られているので残っているのは脳筋で現金な奴らばかり。そもそも剣の腕で小手先の技術は絶対必要というわけでもない。

 なにもかも粉砕するパワーがあればそれで戦力になる。

 というわけで地獄のフィジカルトレーニングを課した。ゴリラ養成プログラムの開始である。


「本当にこれで効果が出るのですか?見たところ非効率的なようですが」

「大丈夫だよ千沙希さん。彼らに必要なのは効率でも理屈でもない。最後まで心を保つ不屈の精神なのさ」

「名前、教えていないはずなんですが…まあいいでしょう」


 それは違うよチサキ、紛れもなく君が教えてくれたんだよ。本当に覚えていてくれないんだな。悲しい、悲しいけどとりあえず今はそこまで重要じゃないし後で考えよう。

 とりあえずは今ここで這いつくばっている者たちを叩き起こして続きをさせねば。


「ほらまだ休憩だって言ってないだろ。立って走れ」

「もう…むり…動けない…」

「脱水症状は起こしてないだろ、立って走れ」


 俺はそう言いながら倒れた者たちを立たせて回る。彼らに課したのはいいというまで走り続けるシャトルランだ。かれこれステージは3000を越したところだ。もう既に何名か脱落者が出始めていた。

 これは実に非効率的な訓練だ。過度なトレーニングは体を壊す。まあここで壊れて惜しい人材は既に引き抜かれていないので気にせずに続けさせる。

 でもまあ、ここらで一度休憩させた方がいいか。

 そう考えてシャトルランをやめさせようとスイッチに手をかけたところだった。 


緊急出動要請(スクランンブル)緊急出動要請(スクランブル)、繰り返す。緊急出動要請(スクランブル)緊急出動要請(スクランブル)。東仁町変電所に妖魔が発生』


 この国に華族が必要な理由。それは時折発生する人を襲う妖魔を討滅するために存在する。華族は人を守るために牙を研ぎ、そのために特権が認められているのだ。


「どうするんですか?御影さん。今出動できそうな部隊はありませんよ」

「いや、元より彼らを連れて行く気は無いよ。俺一人で行ってくるから。車だけ出してください」

「わかりました。では私が同行します。あなた一人現場に出向いても追い出されると思うので」

「ありがとうございます。助かります」


 俺は改めてシャトルランの音楽の再生を止めて全員に呼びかける。


「聞け!出動は俺達二人で行ってくる!俺が帰ってくるまで休憩だ!」


 そこら中で一斉に旗本達が力なく倒れた。彼らはもうとっくに限界を通り越していたのだ。

 俺が手を挙げて合図するとメディカルスタッフが一斉に出てきて水分を補給させたり栄養を補給させたりし始めた。優秀でいいね。

 そこまで見てから二人で出動する。


 

 現場に到着は近かったので一時対応として警察が周囲を封鎖した段階で到着した。まだ他の華族家部隊やPMCといった同業者は集まりきっておらずどこも作戦を開始していなかった。


「どーもー橘隊でーす」


 明らかにいかつい人たちがそこらで睨みを聞かせていたがチサキの顔パスで全部素通りできた。便利だなー。


「そこの君、待ちたまえ」


 意気揚々と変電所に入ろうとしたらそこで首根っこを掴まれた。

 誰だ!って思って振り返るとそこにはとんでもない大物がいた。


「げぇっ!源義臣!」

「人の顔を見るなりなんだ、無礼だな君。どこの部隊だ」


 摂家一の武闘派、源家で最強と称される男が直々に俺の首を掴んでいた。どうやら橘の代わりに源家が防衛に手を貸しているらしい。


「無礼をお許しください、義臣殿」

「君は、橘家の…。彼は君の郎党か?」

「いえ、わが父の食客です」

「ほう…」


 同じ摂家同士なのでチサキと義臣は面識があるようだ。

 怪しいものは怪しいが橘家の信用から義臣は俺を下ろす。そして品定めするように俺を見下ろす。非常に気分は良くない。


「君、名は?」

「御影哉人」

「星幽を討滅するつもりならこちらに来たまえ」


 義臣は近くの本部にされているらしいテントに入っていく。どうやら司令車とかはまだ到着していないらしい。

 一応ついていってみるか。


「義臣様、その少年は?」

「橘の食客だそうだ」

「どうもー」


 中に入るとホワイトボードに写真を張っただけの簡素な司令部になっていた。


「これを見たまえ」


 変電施設にクモの巣のように営巣している妖魔が写った写真を見せられる。


「今回の対象はこのように変電施設に巣くっている。そして少しづつ電力を吸い取り自らのエネルギーとして補給している。その結果こいつは巨大な爆弾のようになっているんだ。下手に手を出せばこのエネルギーが一気に解放されてここら一帯が吹き飛ぶことになる」

「なるほど、でも大丈夫ですね。俺一人で倒しますよ」


 俺にはとっておきがある、この程度ならなんとでもなるはずだ。


「失敗すれば被害総額は莫大になるぞ」

「失敗しなきゃいいんですよ」


 こちらを睨む義臣は非常に圧のある人物だ。だが俺も一歩も引き下がらない。ふと義臣はチサキの方を向き、チサキは一つ頷いて答える。


「まあいい、そこまで自信があるなら見せてみろ」

「義臣様!」


 様子を見ていた周囲の者たちが悲鳴にも似た声を次々上げる。


「良い、こいつからは得体の知れない何かを感じるのだ。君自身にも心当たりがあるんだろう?」

「うぐっ、まあね」


 コイツ俺のとっておきに気付いているな。やな奴。

 俺はテントを出てデバイスを起動し戦装束に着替える。


「私もご助力しましょうか?」

「必要ないよ。まあ邪魔が入らないようにしておいてよ」

「くれぐれもエネルギーを解放させないようにお願いします」

「わかってるさ。大丈夫、見てて」


 俺が黒曜を抜刀したことで周囲からの注目を集めるがチサキと義臣が制止してくれるので一人で妖魔と相対する。


「さ、行くか!」


 変電設備の電線に 触手を伸ばして電気を吸い取る妖魔には明確な核が存在しているようで、その核を破壊すれば霧散するだろう。俺は気配を探ってそう考える。倒すだけなら簡単だがエネルギーが解放されてしまえば被害が拡大してしまうだろう。

 とりあえずは変電所から引き剝がすか。俺は変電所の建屋の上に移動してから触手を全て確認する。斬撃を妖力で拡張して連撃で触手を一気に切り落とす。宙に浮いていた妖魔が落下していく。

 このままではエネルギーがさく裂してしまうのでとっておきを使って上空に打ち上げる。

 妖力とはまた違う力、神通力を用いて持ち上げ、そして居合を放ち、斬撃を再び延長して二分する。

 

 神通力。華族の中でもさらに一部の者だけが扱える力。一般的には超能力やフューズとも言われるこの力はサイコキネシスや心を読むといった妖術以上に超常の力を行使することが出来る。妖術は発生した現象で干渉するが神通力は干渉してから現象が発生する。この順序の差が大きくそして本質が現象の妖術か干渉の神通力かは非常に大きな差を生む。


 ここに集まる予定だった者たちの中に神通力を使える者はいなかったのだろう。そもそも神通力使いは非常に希少なので初めて見たという者たちもそもそも多いのか尚更悪目立ちしてしまったようだ。

 少々気恥ずかしくなってきた。


「無事無傷で片付けたぜ」

「お見事。君の腕は私の想像を遥かに超えていたよ」

「お褒め頂き光栄です」


 だが流石歴戦の猛者。義臣は拍手しながら賛辞を送ってくれる。この程度ではまだまだ驚かないようだ。

 おそらく神通力を使えるものを見てきているのだろう。恐れもしないあたり倒してさえいるのかもしれない。


「どうだい?私の元に来ないかい?」


 おや、いきなりスカウトと来たか。どうやら青田刈りはかなりひどいようだ。

 なかなか心を揺さぶられる提案ではあるが今の俺の橘氏長者の直属の部下という立ち位置からすると完全にスケールダウンになってしまうので丁重にお断りする。


「主君を矢鱈滅多に鞍替えする気はありませんので、お断りさていただきます」

「そうか、それは残念だな…」


 義臣は本気で残念そうにする。ありがたい話ではあるがこの人の回り血生臭いし、平穏に生きたいので対立に巻き込まれるのは御免蒙りたい。


「皆の者!撤収ー!」


 義臣の号令で本部を設営していた源氏部隊が撤収を始め、現場検証を行う警察に場所と資料を譲り渡して去っていく。


「橘家は良い人材を見つけたものだ…また会おう、御影君」


 そして義臣もそう言って去っていく。後には俺とチサキだけが残された。

 とりあえずマスコミが群がる前にさっさと引き上げてしまおう。


「俺達も帰ろう」

「車がマスコミに囲まれて身動きが取れないそうです」


 もう捕まってしまったらしい。というかその程度も対処できないのも情けなさすぎる。

 やっぱり誘いに乗るべきだったかと少し後悔した。

ちょこっと登場人物解説


源義臣 「上には上がいる」


学生時代は名の知れたチンピラで他家に喧嘩を売ってはボコったりボコられている間に親友が増えた。数年前までは源氏長者の地位にあったが平氏との抗争で負けた責任を取って辞職し息子に代替わりしたが絶賛院政施行中なのであんまり変わってない。

強者面しているがこの人よりも強い人がいっぱい出てくるのでお楽しみに。まあ彼の一番の武器は卓越した政治力にあるので。

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