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マホロバのモノノフ   作者: しふぞー
第三章 平行線を駆け抜ける
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心まで燃ゆる焔

 俺は撤収準備を学文路さんと楠木正貴に任せて司令所で文香、千沙希、雪乃とテーブルを囲む。外ではスライム状の物質で吸着して骨粉を回収している。


「まずは…お疲れ様」

「ありがとう」


 なんかすごい気まずい。

 仕事に戻りたいがとてもそうさせてもらえるような状況じゃない。というかなんで千沙希と雪乃もいるの?


「あなたの昔のこと。色々とお母さんに聞いたわ。その…ごめんなさい」

「えっ」

「えっ…って何よ。人が謝ってるのに…」


 理不尽だ…。


「いや、何で謝られてるのかなって」

「その…私最近メンヘラみたいになって、色々無茶言ったから、まず謝ろうって」

「いいよ、そんぐらい」


 昔から慣れてると、そう言おうと思ったが先に口を開いたのは文香だった。


「よくない!よくないよ!」

「えっ?」


 文香は急に声を荒げてきた。雪乃がびっくりして飲んでたお茶が気管に入ってむせてる。千沙希が背中をさすってあげてる。


「あなたはずっとそうやって一人で抱え込んできたんでしょ!少しぐらいは私を頼ってよ…」

「うーん…それは~無理、じゃないかな」


 そもそも俺が今就いている職は捜査権の責任者と退魔部隊への指揮系統越権。幹部の中でも最上位であり実質的な橘氏内のNo.3。正直一門以外でここまで位人臣を極めたのは橘氏では楠木正則以来だ。というか正則さんも30代後半でようやくたどり着いた到達点。

 俺の実績は申し分無いが年齢と経験に見合っているとは自分でも思っていない。


「俺は一応責任者だからね。おいそれと人前でそんなことはできないね」


 文香の表情が大きく崩れていく。千沙希が今度は文香の背中をさする。


「御影局長、消防がビル内部の安全確認をしたいと言ってるんですけどどうしますか?」

「御影局長!隠密部隊が暇です!」

「御影君、そろそろ警察やクリーナーとの折衝を頼めるかな」


 流石に俺が放っておくのはそろそろ厳しくなってきたらしい。

 正則さんと芦屋と吉良さんが飛び込んでくる。


「芦屋、隠密に消防局員を同行させろ。正則さん、倒壊の危険性があるビルと倒壊した際に影響を受けるビルを急いでピックアップしておいてください。必要なら中心街が担当区域の警邏部隊から何人か引っ張って行って構いません。警察やクリーナーの代表者は?」


 俺は急いで矢継ぎ早にあちこちに指揮を飛ばす。


「哉人!」

「悪いね文香。ここまで来てもらったけれど」

「待って!私まだ何もできてない!何も返せてない!」


 俺を追いかけようと立ち上がった文香を千沙希と雪乃が抑える。二人は俺の職務と責任をよく理解している。

 今この状況で個人的な話で時間を取られている暇はない。

 

「哉人、行って」

「すみません、文香さん!」

「ごめんね。行ってくる」


 文香は悲痛な声を出しながら出ていく俺を見送っている。



 残された無力な女子三人。

 雪乃が三人分のお茶を淹れて、文香を落ち着かせる。


「話はある程度哉人に聞いていました。あなたはずっと哉人を追いかけてきたんですね」

「…ええ」


 千沙希に詰められて抵抗は無駄だと悟ったのか文香はついに認めた。


「哉人のお母さんに、何を言われたんですか?」

「哉人に、これまで結んだ縁を大切にするようにって…」

「別にそれはあなたに限った話ではないのでしょう」


 千沙希の指摘が文香に突き刺さる。


「彼の生活は昨年の夏に大きく変化しました。これまでに頼っていた縁の多くを失い、新しい環境で私と共に新しい日常が始まりました。雪乃も冬からは一緒に。ですが私が考えるに、彼はやはりかつての日常を忘れたくなかったのだと思います」


 千沙希がゆっくりと話すのを文香は静かに聞いていた。


「中学校では、以前と変わらず過ごしていたんですよね?」

「ええ、何事も無かったかのようだったわ」

「おそらく、あなたは彼にとって過去の日常の象徴だったのでしょう。例えば、ごく普通の、戦いや争いとは無縁で平和を感じさせてくれるクラスメイト、とかかしらね」


 文香は哉人が素性を隠し、戦い続けるという影の面も全部支えたいと思っていた。しかしただでさえ余人には手の回らない激務を何でもないように学生生活の片手間にこなし、さらに母の見舞いにとてんやわんやだ。自由時間は深夜の2,3時間。それも週の半分以上は学校の授業の復習に充てている。残った時間でモミジとゲームしているがそれも情報交換と真秀まで届いてこない国際情勢について情報収集と国外の戦術研究の体感など実務を兼ねている。

 かなり適当に見えるがその実彼の生活には無駄が少ない。

 なんでもかつて弟と二人暮らしになった際に一分単位で予定を決めて生活していた名残なんだとか。

 千沙希はそれを聞いたとき子供の定義を思わず調べそうになった。


「でも…アタシは」

「彼は、遅かれ早かれ望んで戦いの日々に身を投じることになっていたでしょう。でも、あなたはそれをちゃんと最後まで見届けられますか?」


 文香は天文台という組織を良く知らない。国際情勢にしてもそうだ。何よりもそもそも哉人が目指している到達点を知らない。

 哉人にとって、今の立場は通過点に過ぎない。


「本当に彼を想うのなら、あなたは今日ここに来るべきではありませんでした」

「…そうね…」


 学校での哉人と戦場の哉人はまるで別人のようだった。

 今、千沙希に諭されて文香は自分が哉人に戦場を忘れさせるという無二の立場であったことを気付かされた。

 文香が戦場にいるということは、哉人の中で平和を感じる時間が失われることを意味するのだから。



 

 文香は火の手の向こうに消えた哉人に一心不乱に祈り続ける。

 やがて人影が現れて燃え盛る炎を突破して飛び出してくる。


「あっちぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいい!」

「御影ェ!炎の傍で不用意に叫ぶな!喉焼けんぞ!」

「ひぃぃ!」


 ヘッドスライディングで炎から出てきた哉人は教鞭をとる体育教師に怒鳴られて急いで走り出すがすぐに足がもつれて再び顔から地面に突っ込む。

 安全な位置まで何とか退避したことで課題は無事終了したことで哉人は耐火服を脱ぎ始める。


「これ来ててもめっちゃ熱いわ」

「それはただ延焼を防ぐだけで熱自体はそのまま通す安物だからよ」


 哉人の耐火服を脱がす手伝いをしながら文香が衝撃の事実を暴露する。


「マジ?」

「倉庫に新型のもあるのに数少ない旧型のものをわざわざ持ってくるとはね」

「これしか残ってなかったんだよ~」


 それは旧型だから残っていたのではなかろうかという言葉は文香は飲み込んだ。

 そもそもなんでこんな危険な授業があるのか。

 それは華族たるもの誰よりも命張るべしというマナーがある。

 無論平民が中心の消防もあるが緊急時の災害対応は一通り叩き込まれる。

 何せ学力が無かろうとアホであろうと温かい目で見られるだけだが防災を怠ると人権がなくなる。マジで。

 だから普段の座学で寝ている生徒や普段不真面目で実習で手を抜きがちな不良生徒でも防災授業は必死になって行う。実際に危ないし。

 しかも一クラス40人の16クラスある華族科三学年全員に叩き込むための施設やスペースも十二分に用意されている。むしろこの学校の拡張スペースはだいたいが部活動に重きを置いている競技科や各専科の方だ。華族科と普通科はほぼ据え置きというのだから熱意も伝わるというもの。

 まあこれだけの訓練が無ければ都市部で巨大な妖魔が発生するたびに多くの犠牲が出ていただろう。

 華族が守るのにも限界がある。守られる心構えと効率よく守る手法も立派な戦いというわけだ。

 なのでこうして燃え盛る住宅を模したセットの中に耐火服を着込んで入り、倒壊の危険性や中に逃げ遅れた人がいないか探す訓練をしている。

 体育祭の前日でもあるに関わらず、だ。


「とりあえず貸しなさい」

「えっ?いいの?他の奴から借りればいいだろ」

「アンタがこれで行ったんだから私も行けるわよ」


 そう言って文香も列に並んでいく。全員一度は突入することになっている。耐火服は人数分は無いので使いまわしだ。


「あっつ…」

「うう…鎮火してから行けばいいのに…」

「いつでもそんな余裕があるわけではありませんよ」


 ちゃんと耐熱性能の高い耐火服を着込んだ雪乃と千沙希も傍に寄って来る。顔に付いた煤を見るにどうやらもう課題は終えてきたようだ。

 雪国育ち(有美党の拠点は彼岸の中でも寒い場所にある)の雪乃には熱さに耐性がない。まさしく雪のようだ。


「おいで、煤をとってあげるから」


 俺は雪乃の頬を両手で包むとそこから神通力で煤を浮かせていく。そして取れた煤をそこら辺に捨てる。


「わあ、すごいですね。神通力ってなんでもできるんですね」

「可能性だけならね。俺はこういうサイキックな使い方は得意じゃないんだけどね」


 神通力は海外で大きく分けて二つの使い方に区分される。

 念力(サイコキネシス)発火(パイロ)滑走(グライド)といったサイキックと呼ばれる外部へ影響を与える技術と、千里眼、透過、身体強化といった内面に影響を与えるエスパーという技術である。

 真秀の神通力使いの多くはほとんどがエスパー能力に特化しており、俺も基本的にはエスパー能力の方が得意だ。

 妖気のコントロールに似ているからだ。

 もちろん例外もいる。師匠のように、サイキックを得意とする者も僅かだがいる。

 無論、レベルが上がれば特異不得意など最早誤差でしかないが。


「ほら、千沙希もおいで」


 俺は同じようにして千沙希の顔に付いた煤も取り払う。

 瑞々しい肌に触れて自然と俺の表情もほころぶ。最近は色々あってあんまりこういうことはしていなかったので煤を取りきってもまだ頬を揉む。


「あの…ちょっ…煤は取れたんですよね…ちょっと…そろそろ…」

「ん~?」


 俺が周囲を警戒せずにそうしていると、いきなり高等部に激しい衝撃が走る。


「痛って!」

「何してんのよこんなところで」


 ふと背後を見ればそこに顔いっぱいに煤を付けた文香が立っていた。どうやら俺は文香に力いっぱい殴られたらしい。


「あ、終わったんだ。どうだった?」

「めちゃくちゃ熱かったわよ。それで、アンタはここで何をしていたの?」


 顔が怖い。めっちゃ怖い。


「顔に付いた煤を取っていただけだよ」

「本当に…、それだけかしら。とてもそうは見えなかったのだけれど」

「いやぁ…ははは」

「じゃ、私にもやって」

「えっ」

「なんで躊躇うのよ」

「いやぁ…」


 謎に乗り気な文香が差し出すようにのぞき込んでくる。めっちゃ怖い。


「分かったよ」


 俺は片手で文香の頬に手を触れ、そして神通力を顔の表に走らせ、煤を取り除いていく。まだ不慣れなので少し化粧も取れてしまったがまあ上出来でしょう。


「はい、取れたよ」


 文香は自分でも顔にペタペタと手を触れて確認している。

 これも今度練習してみようかな。


「まあまあね」

「なんでや…」

「神通力って、いつから使えたの?」

「んーいつってそりゃ生まれた時からだろ。そもそも使えるかどうかなんて遺伝なんだから」

「ふーん」


 がしゃどくろの一件で千沙希に大分絞られたのか文香はかなりおとなしくなった。なんか最近変な暴走をしてたけど本当にメンタルの問題だったのかなぁ…。

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