影を追いかけて、光に目が眩む
哉人が小学生の時、同じ小学校に通う華族で年が近いのはは哉人と晋士と拓也だけだった。哉人と晋士の道場は彼岸にあるから、拓也は一人で自分の家から一番近い道場に通っていた。
その時はまだあまり仲が良いというわけもなく、普通のクラスメイトだった。だから拓也は二人の学校外での行動は何も知らない。
哉人と晋士がマホロバ天文台や在原家道場で剣を学んでいる頃。拓也は一人で道場を通っていたわけだが小学校の数と道場の数では前者の方が遥かに多い。
結果道場には付近の小学校から華族や武道を学びたい平民が集まってくることになる。
その時違う小学校に通っていた文香も同じ道場に通っていたのだ。元々庭乗は妖魔の発生が少ないため平民が多い住宅街。その道場に通う華族は二人だけではなかったがその後庭乗中に進学したのは二人だけだった。
中学校に入学した時点での力の差はさほど変わらなかった。だが拓也は小学校で全く手も足も出ない哉人と相手し続けており、文香もまだ会ったこともない哉人に興味を抱き、少々遠くとも庭乗中に進学した。
そして二人は出会った。
中学でも華族はひとまとめにされる。同じクラスに入り、そして部活代わりの道場通い、何の気まぐれか哉人は二人の通う道場に現れた。
話には聞いていたがどんなものかと思い一度試合をしてみることにした。
信じられないほど強かった。何度立ち向かっても、拓也と二人がかりでも叶わず、ついには師範と打ちあってそれでも互角に渡り合っていた。
当時から常軌を逸した強さだった。
翌日、中学校で会った時に色々と哉人を問い詰めたがまともに答えてもらえずはぐらかされた。
そして道場に現れることもなくなった。彼は授業が終わればすぐにどこかへ消えてしまう。
ある日、彼を追跡してみることにした。彼が細い裏路地に入り、すぐに後を追ったが彼の姿はどこにもなかった。路地は長く、そして出入口は無く、ビルの壁も高い。音もなく飛び上がるには無理がある。
一体彼はどこに消えてしまったのだろうか。
それから何度か彼を追いかけたが毎回違う場所で消え、行方はつかめなかった。
何度も彼を問い詰めた。拓也も面白がり、周囲も囃し立てたが彼の異常性が気になってしょうがなかった。
いつしか学校では三人で過ごすようになったが哉人の秘密には全く触れることは出来なくなった。
そして一年が経って、友人と言えるぐらいには仲が良くなったが文香は彼の秘密には全く触れることは出来なかった。
だが少し状況は変わった。哉人の弟の晋士が入学した。彼もまた恐ろしいほどの才能の塊であり、一つ年下なのにもかかわらず既に拓也や文香よりも遥かに強い。そしてその智謀は飛び級して同学年で学んでも見劣りすることは無いだろう。
そして彼もまた兄と共に忽然と消えるようにどこかへ消えていく。誰も彼も、彼らの行くあてを知らなかった。
しかしある日、彼ら兄弟を街中で見かけた。二人は母親と共に街を歩いていた。
あまり具合が良くないのだろう。荷物は全て哉人と晋士が手分けして持ち、その上で歩くのを支えていた。
外を出歩くには問題は無いが虚弱気味なその姿は明らかに妖魔病の後遺症だ。
文香はあの時、だから必死に努力しているのだ、と早合点していた。
だが中三の夏休みに一切連絡が取れなくなった。
何があったのかわからぬまま数日連絡を待ったが何もなく、そして百鬼夜行が起こった。
彼女は家で中継のニュースを見ていた。同時に多くの企業が摘発され、さらには大物政治家が次々逮捕されて連日特番が組まれ、夏が終わるまで様々な媒体で取り上げられた。
だがその渦中で一番話題を搔っ攫ったのは摂家が一つ、橘氏の隠し玉『空亡』だった。唯一報道で流れていた映像に写っていたのは大通りの上空を白く輝きながら一直線に駆け抜け、一刀でデイダラボッチの首を切り、そして土へと還り崩れていくデイダラボッチの亡骸で姿が見えなくなっていくその背中だけだった。
さらには洛都でも指折りの強者として名高いあの源義臣と立ち合い、互角以上に渡り合い、ついには決着が付かなかったと源氏が公表した。
その正体はいったい何者なのか、誰も辿り着くことはなかった。
だがこの夏以降、橘氏の退魔部隊を指揮する顔を隠した黒衣の小柄な剣客の姿が散見されるようになった。
かなり強力な認識阻害がかけられているのか誰もその素顔を暴くことはできなかった。
夏が終わり、学校に登校すると何食わぬ顔で哉人も登校してきた。なんと家出してきたのだという。そして本当に帰っていないようで帰り道が変わった。
そして、弟の晋士が転校した。どこへ行ったかは誰も知らないのだという。知っているであろう哉人はやはり何も語らなかった。
受験が近づき、志望校を定める段階で哉人は衝撃的なことを言った。なんと修導館の特待生になったのだという。
彼の高校受験は終わり、彼は今までにまして自由度が増していくような気がした。出席日数が足りて自由登校になると彼は一度も学校に来なくなり、再び連絡が付かなくなった。
なんとか文香と拓也が修導館に滑り込むと久々に会った哉人は突然卒業旅行に行こうと言い出した。
いつもの笑顔のように見えて、彼はどこか苦しそうにしているように思えた。
卒業旅行になんと彼は橘家長者の娘ともう一人の半妖の華族を連れてきた。
彼はまだはぐらかしていたがいくら何でも無理がある。拓也は分かっているのかわかっていないのかそのまま流していたので右に倣えをしていたが二日目の自由行動の後、泣き腫らし、弱弱しく俯いて宿の窓辺に座る哉人を見たときに、文香は自分がまだ哉人のことを何も知らないことに気が付いた。
いつからか憧れるようになっていた。いつの日か手が届くことを夢見て追いかけてきた。
それを自覚してしまった。ずっと自分自身のことをだましてきたのに、自分の中ではもう正面に見ていた。
文香の中で、とある仮説が生まれていた。
修導館に入学してからも彼は変わらなかった。入学からたったの一月で200戦もの決闘を行い全て勝利し、その才覚の輝きが色あせることはなくむしろ輝きを増していく。
それなのに文香は自分が弱いことを知った。修導館は座学も難しかった。眩い光に目がくらんで、他の事が見えなくなっていたのだ。
そんな彼の傍に立つ千沙希と雪乃に嫉妬した。でも彼女たちはそれでも隣に立とうとしていた。諦めそうになっていた自分を文香は惨めに思うようになっていた。
逃げ出したくなった。あの遠い太陽から目を逸らしたくなった。
そんなある日、本屋で転校先を探そうと立ち読みしていた時だった。
妖魔が発生して周囲が封鎖され、避難し遅れて封鎖の中に取り残されてしまった。
目の前で戦闘が始まり、そして捕り物になり、そこまで時間はかからず妖魔は捕獲されたようだ。
撤収していく部隊の最後。現場を引き払う責任者は常に最後尾を走る。
隠れていたのに気配を気取られて見つかってしまった。
見つけてくれたのは、最後尾を走っていたフードをかぶり、特徴的な刀を佩いた黒衣の、哉人だった。
空亡の正体は、仮定の通り哉人だったのだ。
なぜ、真秀でも指折りの強さを持つのか、なぜ橘家で高い地位を持つのか、なぜ半妖の雪乃を連れているのか、何もわからなかった。
なぜ空亡になったのか、最早想像も出来なかった。
「すごい人…か。それはまあ、単に運がよかっただけなんだろうな」
哉人は何気なくそう言った。目の前に座る空亡はこれまでの英名を運が良かったの一言で片づけた。
「運…?」
「そう。多分、全ては偶然の積み重ねに過ぎないんだよ。たまたまチャンスがあって、たまたま運命的な縁があって、そしてたまたま丁度その時に俺にはそれを成すだけの力があった。全ては偶然の積み重ねで、一つでも違えばこんなことにはなってなかったよ。多分ね」
「アンタの強さなら、運になんて頼る必要ないじゃない」
「まあ頼ったことは無いけれど、だからって幸運が巡ってくるかどうかは別の話だからね」
隣でボトル入りのお茶を飲む彼は感慨深げにそう語るが例え偶然が巡って来たからと言ってそんな超常的な力が出に入るわけではない。
「どうしてアンタはそんなに強いの?あなたを昔何度も追いかけたのに何もわからなかった。あなたはどこに消えたの!?」
哉人はもうとっくに気付いていたのだろう。驚きはしなかった。
「まあ、いつまでも黙っているわけにはいかないよな…」
哉人は立ち上がると、近くの砂場に歩いていく。
手を砂場にかざすと、砂がひとりでに持ち上がり、羽を広げた烏の像が出来上がる。そして像が完成するとともにわずかに発行する。
妖気の流れもなく、陰陽術でもない。特徴的な光を伴うその力は、
「神通力…」
「君には見せたことは無かったね。これが、俺が生まれ持っていた力だよ」
神通力は肉体にも影響を及ぼし、常日頃から妖気を全身に張り巡らしたかの如く強靭な肉体へと成長していくのだという。
そして妖術や陰陽術とはまるで次元の違う術式を行使できる。
例えば、何一つ痕跡を残すことなくその場から姿を消すことなど造作もないだろう。
「君に少しだけ、僕が過ごした景色を見せてあげる」
哉人が文香の手を取ると文香の景色が哉人の見せる幻想に染まっていく。
それは世界中の絶景にも劣らない、美しい原風景。
森々たる霊山、峻険な岩場、そしてその原風景の紛れた巨大なエーテル建造物と、万年桜の下の能舞台。
「これは、洛都の裏側にあるもう一つの洛都。彼岸の景色だよ」
御伽噺のように両親に教えてもらった此岸と彼岸の二つの洛都の話。
公的には行くこともできるようだが申請には大量な書類が必要なので誰も向かうことは無い。
誰も知らない世界。そして彼岸の華族は皆強者揃いという。
彼はそんな環境で育ったのだ。
だがそれでは説明のつかないこともいくつかある。
だが今日も日が暮れそうだ。
「もう日が暮れるんだけど」
「そうね、今日は帰ってもいいわ」
「いいんだ…」
「でも、ちゃんと全部話なして」
「わかってるよ。もうちゃんと隠さず話す。俺の決闘が終わるまで待ってくれるなら、ね」
言外に学校をやめないでねと言われ、文香は頷くしかなかった。




