家出終了のお知らせ
腰に佩いた異形の刀である黒曜、身を覆う黒い装束にはフードがついており、見た目は暗殺者か何かのようである。自分専用に拵えられた装備を試しに来てみたがサイズは合っているものの見た目があんまり好きじゃない。せめて見やすい色にしてほしかったなぁ…。
「もうちょっとどうにかなりませんか?」
一応伏見さんに抵抗を試みてみるが残念ながら首を横に振られてしまった。
「いやあそれもう大分金かけたから今から作り直すと予算がね…」
「計画性なさすぎませんかね…」
俺は呆れながら装備をデバイスへと収納し、元の着流しの姿に戻る。
これはギアデバイスといい、装備や道具を量子拡張空間に収納することが出来る。元々来ていた服や持ち歩いていた道具を一時的に収納することもできるのでいつでも臨戦態勢をとることが出来るのだ。外国だとそもそも肉体ごと戦闘用に置き換えて通信機能とか情報端末機能なども持ったギアもあるらしいがどこのギアも基本最重要機密に当たるので情報が漏れることは少なく、数多の戦乱を経て何度も文明が大幅に後退したマホロバの地では装備を切り替えるのが限度だ。
一応起動すること自体は平民でも誰でもできるが外国産の物とは違い、戦うのは結局生身である故強靭な肉体を持つ華族とその血を継ぐ侍従家が中心となる。
なぜ華族は強靭な肉体を持つのか?それは生まれ持つ妖気の量が多いうえ妖力として扱うのも長けている。外国ではエーテルだとかアーツだとか呼ばれているがそれが通じるのは教養のある一部の華族だけでありマホロバでは基本的に妖気や妖術と呼んでいる。俺や凌雲が強者たる所以にはまだ秘密があるが今しばらくは使うことは無いだろう。
ともかく、これで一人のデバイサーとしてやっていくに必要な物は揃った。
「瑛士様、橘家へのアポイントメントが取れました。明日面会してくださるそうです」
伏見さんの個人秘書を務める源時雨さんが明日の予定表をタブレット端末に映して見せてくれる。
「ご苦労。哉人、覚悟はできたか?明日だぞ」
「いいじゃないですか、俺は今日でもいいんですよ」
やる気は十分だ、全力でやってやるさ。俺は拳を拱手に組んで強気に出る。いや、全力でやって二次被害を出したら不味いな、ほどほどにしよう。何事にも適度に力を込めるべきだ。
十分なやる気を見て満足したのか伏見は俺の頭を撫でながら諫める。
「いや、俺たちはこれから忙しくなるんだ。今日はゆっくりと休んで明日に備えよう」
ごもっともだ。今日はゆっくりと休んで英気を養おう。
翌日、朝早くに起きて彼岸から此岸に移動し、家出した日以来数日振りの洛都の景色を見下ろす。
ここは橘家の本拠地である洛都中心街連結ビルディング。その中央の最上階。
とても口には出せないが腐っても摂家というべきか本拠地の威圧感は他の摂家にも劣らない。箱物が揃ってるなら中身を直すだけでいいから思っていたより楽ができそうだ。この箱物を維持する資金力はあるんだから伏見さんの面目躍如といったところだろう。
「こちらへどうぞ」
案内役を務める少女が手で指し誘導する。
「さあ行こうか」
「今日3回目ですよそれ」
此岸に渡る時、建物に入る際にも同じことを言っていた。柄にもなく緊張しているらしい。彼岸、マホロバの管理者としての仕事は2年前に父親から受け継いで以来特に何もないからこれが実質的な初仕事になるわけだ。そら緊張もするか。
俺?俺はもっと緊張する経験してきてるからね。むしろ気楽だよ。
「「失礼します」」
二人で揃って開けられた扉に進んでいく。ギアデバイスをいつでも手元に出せるように確認する。敷居をまたぐ前に全て整えて入室する。
「お久しぶりです、橘卿。お忙しい中お時間を頂きありがとうございます」
「いや、構わんよ、伏見殿。丁度予定は空いていたものでね」
橘家の頂点である橘氏長者、その当代、橘右京。この真秀の最大の実力者の一人…なはずなのだがやっぱ迫力が足りねぇ!前にも会ったし他家の長者にも会ったけど一番頼りねぇ!
なんてこと口に出すところか顔にも出せない。そもそも一応建前上伏見さんの郎党として来ている為一歩下がり言葉を口にすることすら許可なくはできない。
二人が高そうなソファに座るが俺はソファの後ろに立って待つ。案内役の少女も同様に右京卿の後ろに立っている。
物珍しそうにこちらを見ている。俺は彼女のことを知っている。彼女の名は橘千沙希。橘右京の娘であり彼女もまた優れたデバイサーである。父親は当主候補として育てられたためあまり強くなかったが彼女にも兄がいる為後継者教育はそちらに集中しているのだろう。
彼女の方は俺のことを知らないようだ。一応知っているはずだが忘れているか気付いていないかのどちらかだろう。
そう呆けている間に主君二人の話は大分進んだようで協力体制の盟を組むことには成功したらしい。向こうが余程危機感を感じているのかそれほど伏見家の存在を無視できないのかかなり自由にさせてもらえるらしい。
「そしてこちらからそちらでちょっと仕官させたいデバイサーが一人いまして、紹介さえていただいても構いませんか?」
おっ。俺にとっての本題が始まったぞ。
「もしかして、そちらの彼かね?」
「ええ。彼、諸事情がありまして今こちらで一時的に預かっていたのですが本来此岸に籍のある身ゆえ後見役をどこかに頼もうと思っていたのですがお受けしていただけませんか?彼のデバイサーとしての腕は保障します」
「だがその子はまだ中学生ぐらいではないか?」
「一応今15歳の中学三年生なのですが…」
当たり前だが疑いの目で見る右京卿に伏見さんが身を乗りだしてささやく。
「彼、落胤の出自故預けられる先が限られているのですよ。それもとびきり厄介な出自でして…橘家でも無理となると本格的に行くアテがなくなってしまうのですよ」
俺の耳は逃さず聞き取った。そうだ、俺の父と母は結婚していない。俺を育ててくれたのは母さんで、俺は父の元から逃げ出した。
「あいわかった。彼の面倒をこちらで見よう」
「ありがとうございます」
伏見さんが頭を下げる。俺も習うべきか迷ってから下げる。
一応俺のことだし。
「君、名は何という」
俺は一応伏見さんにアイコンタクトで許可を得てから話す。
「御影哉人です。よろしくお願いします」
軽く首を前に傾けて会釈する。
こういう立ち回りはあんまり好きじゃないけど初見の人に無礼を働くのもよろしくないと思っているので一応郎党の礼儀に準じる。
「流派は?」
「閻魔影心流です」
閻魔と剣呑な名がついているがこれは彼岸の流派であることを指す。そして影心流とは彼岸は此岸の影たれという開祖の説法に基づいて名付けられた。彼岸では最も広く教えられている流派である…が、此岸では道場が一つたりともないためこの流派というだけで彼岸にかかわりがあるものということが一発でバレる。
「彼岸の剣士か…道場は?」
「天文台にございます」
正しくは天文台の隣の先生の私邸なのだが細かいことは言わないでおこう。その方が話が早いし。
マホロバ天文台は此岸からの不干渉の不文律があるので摂家側から詮索することは躊躇われたのかそれ以上問われることは無かった。ちなみに天文台側からは介入が行われる際には一定以上の格の華族全ての長者に通達される決まりになっている。アポイントメントを取る際に既にシグレさんが通達したのだろう。
「…その強さ、伝聞だけで判断するわけにはいかない。今から立ち合いの試合を見せてもらってもいいかな?」
「構いませんよ。どなたが、相手でも」
ビルの下層に移動して橘家の修練道場に移動し、何人もの橘家の武人が並ぶ中その中心に一人で立つ。
なんかこういう形で注目されるのはむず痒くなる。
さて…対戦相手は誰かなー?
「あなたの相手は私です」
向かいの扉から現れたのは先程の案内役の女の子だった。
「いいよ、誰が相手でも」
俺はデバイスを起動して黒装束に身を包み、腰にも剣を吊る。黒曜の異形の形状を見てさらに物珍しく見る目や感嘆の声が増える。
相手の女の子もデバイスを起動し、軽い具足を纏い薙刀を手にする。
『では始めてもらう』
その合図とともに女の子は構えをとるが俺は正面に立ったまま待つ。
「構えないんですか?」
「構えなくても戦えるよ」
煽るように言うと簡単に引っかかったようでいきり立つ。
「言い訳にはなりませんからね!」
そう叫んでまっすぐに突撃し、正面から突きを繰り出す。
残念ながら読み通りである。
かなりの速さで距離を詰めるが俺の目には止まって見えるので薙刀の切っ先を指先で摘み、妖気を一瞬で流し込んで薙刀を粉微塵にする。
「えっ!」
しかしその破壊した衝撃は当人に届く前に収束してしまったため突撃の勢いは止まらず重心のバランスを崩して前のめりに倒れる。
「そんな正直な動きだと危ないよ」
顔が床に着く直前で首に手を回して支えてあげる。すこし首が締まってしまうがまあ自己責任ってことで。
女の子はすぐに姿勢を整えて薙刀を再生成して薙ぎ払いに来るが持ち手の先を小脇に挟んで振り回し、女の子を上に持ち上げて遠心力で女の子は薙刀から手が離れて空を舞う。
「キャアッ!」
あまりこういうことには慣れてないのか可愛い悲鳴をあげながら必死に体を丸める。
しょうがない奴だな。せっかく身体能力はいいのに簡単に釣れる。もったいないなあ。
墜落するのをほっとくのも気が引けたので下に回り込んでお姫様抱っこでキャッチする。
「もういいかな」
まだ抜刀してないけど腕の差はこれでわかったはずだ。
女の子は目を恐る恐る開くと少し状況が分からず固まっていたが状況を理解したとたんに慌てて降りようとするがあぶなかっしいので何とか留める。
「まてまて暴れるな危ないだろう」
「早く下ろしてください!」
「じゃあおとなしくして」
女の子はシュンとしておとなしくなったので静かに下ろす。
「で、まだ続ける?」
「…参りました」
「だ、そうですよ」
俺は道場を上から見下ろすように見ている橘右京の方を見上げる。隣に立つ伏見さんは実に楽し気に手を振っている。
振り返せる状況じゃねーだろ。
『まさか抜刀すらせずにあしらうとはな。実に見事だ』
「どうも…」
周囲の反応を見るに彼女はこの中でも腕利きの方らしい。かなり引いているように見えるが割とやる気があって来たのに空回りした気分だ。
『彼岸の剣技、一目見てみたかったがその前に決着がついてしまうならばしょうがない』
「別に続けても構いませんよ。それともこの場の全員が立てなくなるまで続ければ剣を抜くことも一度や二度はあるかもしれませんよ」
少し動いて火照って来たからか気分よく挑発してみたりもする。
ま、危なくなったらとっておきを使えばすぐに終わるでしょ。そんな軽い気持ちでそう言ってしまった。が、これは少し不味いか?
『そうか、ならば見せてもらおう』
「え?」
『少年の剣技を見たい者はだれであっても構わん。どんな形であれ、御影君を倒せたものに褒美をやろう』
「えっ?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
慌てて見回せば目の色を変えた橘家の総本山に集められし武人たちが一斉に得物を手に襲い掛かってくる。
失言だったかと少し後悔していると伏見さんは実に楽し気な笑顔を見せながら見下ろしていた。
ぜってーあれ心の中で爆笑してるじゃん!
「褒美はいただきだ!」
「いいや俺が!」
こいつら普段の待遇に不満あるじゃん!まずそこ直してやれよ!
しょうがないので片っ端から手首をつかんでねじり、振り回し、頭を二つ掴んでぶつける。そうやって体術で沈め続けるのも限界が訪れつつある。
仕方ない。とりあえずは背後から迫る槍を鞘に収めたまま黒い太陽を模した意匠の部分で受け止める。黒曜の不朽たる性質を利用して盾として扱う。
「剣を手に持ったぞ!」
「まだだ!まだ抜刀してはいない!」
何度も何度もゾンビのように立ち向かって来る者たちの中の一人の腹を柄頭で突き動きを止め、左足でそのまま蹴って飛ばし、後ろから迫る二人を左足の回し蹴りで仕留める。
もう半分弱は立ち上がれずに呻き転がっているが残っている者たちは不屈の心で立ち上がり続ける。
「まだ抜かないのか!」
「チクショウ!」
もうここまで来たら最後まで剣を抜かずに行きたいものだ。その拘りを守るためにあしらうだけではなく仕留めることを意識して立ち回る。
やがて最後の一人だけが残る。十数回もシバいたがその度に立ち上がってきたこの中でも一番の強者だった。
こいつはまだマシだから褒美でもくれてやるか。
「貴殿で最後だ、故に褒美をくれてやろう」
「ほう、そいつは嬉しいねぇ」
俺は居合の構えを取り、相手が身構えた瞬間に駆け抜けて振り抜く。一応峰打ちで仕留める。
「名は?」
「楠木…正基…」
楠木君は名を名乗りきってから気絶する。彼を最後にこの部屋で立っているのは俺だけになった。
いや、流石に弱すぎるだろう。
俺は再び案内役の女の子に案内してもらって上の部屋に戻る。
「お疲れ様、哉人」
「どうも…」
少し汗の流れる頭を気にせずに伏見さんは頭を撫でて迎えてくれる。少し髪が伸びていたので頭がくしゃくしゃになる。早いとこ髪を切りに行かなきゃなあ。
「君の強さはよくわかった。君が何者であろうと歓迎しよう」
「ありがとうございます。誠心誠意、俺の力ある限り手を尽くしましょう」
俺は右京さんと握手をし、ここに新たな居場所を手に入れた。
俺の身勝手な家出は、実に自分勝手な目的で始めたことだった。
籠を飛び出した空を翔る鳥は、地上には星に似て見えたが、決して宙に在り続けるものではなく、どれだけ星にあこがれようともいつかは大地に戻らなくてはならない。
それでも何度でも飛び上がろうとしたあの鳥は星になりたかったのか、それとも別の目的があったのか。
今となっては誰もわからない。失った俺の日常ももうどんな形だったかよく覚えていない。
それでも俺は願いを翼に乗せて北辰に輝くあの星を目指した。
身勝手で、自由で、そして必死に俺も空へ飛び出したんだ。
ちょこっと登場人物解説
源時雨 「書類裁断機」
伏見瑛士の秘書ポジション。凌雲とは同僚に当たり、彼とまともに話せる数少ない人物。仕事をばっさばっさと捌くことに定評があり、自由人の上司とヒキニートの同僚の分まで働いている。
今はまだ弾ける前。
モデルは…誰だっかな。忘れた。
橘右京 「涙腺爆発」
学生時代に父親を失ったため高校2年生の時に長者となった苦労人。なお泣き虫が治ったのは長男の京介が生まれた後のなのでそれまでは親友に真剣勝負で負けた悔しさや柱の角に足の小指をぶつけた痛みや息子の誕生などことあるごとに号泣していた。
まともに助けてくれる人が身内にいない中頑張って来た苦労人なので嫌いにならないであげてください。
橘京介 「フーリガン」
幼少期からバケモンみたいな同級生たちに比較されて育ったのでちょっと卑屈な性格になってしまった。
趣味はスポーツ観戦でこの時だけは感情を爆発させて応援する姿から球団のファンクラブからは名誉顧問扱いされている。
橘千沙希 「完璧で究極の」
今作のヒロイン。没落していく氏族を立て直すために努力し続けてきた才女。15歳にして父親の仕事を手伝い焼け石に水を注ぎ続けている。
趣味は料理で記憶の彼方に去りつつある母親の料理を再現するために毎度父親と兄の反応を観察しているがどうやら成果はあまり芳しくないようだ。
実は母親は料理下手だということを二人が言い出せるようになるまでどれだけかかるのだろうか。