現実を見るとき
拝啓母さん。俺は色々あったけど念願だった修導館高等部へ入学することができました。
去年の夏以来色々な事があって昔母さんに語った将来の展望は叶わないようになってしまいましたが、どうにか元気に暮らしています。
学校で学ぶことは多いです。座学、実技、洛都最高峰の華族養成機関の一角として非常に身になる内容も多いです。
しかし俺は何より一つ、人生において最も気を付けるべきことを学びました。
敵をみだりに作らないということです。
『決闘、開始』
電子音声がその火蓋を切って落とした試合はその余韻が消えぬうちに決着した。
『決闘終了!勝者、御影哉人!』
俺は借り物の剣をしまってその場を去る。
既にレーティングが2000を超え、学内での順位も第二位にまで上り詰めていた。
「お疲れ様です、今日も全ての決闘に勝利したのですね。素晴らしいです」
「ありがとう。でもこんなのただの時間の無駄だよ。あーあ、明日からせっかくの大型連休だから早く帰りたかったのに…」
荷物を持ってくれていた雪乃から自分の分だけ受け取って闘技場から出ていく。背後には10人ほど積みあがった敗北者の山。
千沙希は買い物するといって先に帰った。
いや、本当はさっさと帰りたかっただけなのだろう。なにせ俺が今日10連戦の決闘をすることになった原因も、これまで入学してからの一月で200戦も決闘をすることになったのも千沙希が原因なのだから。
彼女に責任があるかないかで言えば一応ある方にわずかに傾く程度なのだが。
卒業式で総代を務め、続いて入学式でも新入生総代挨拶を務めたことでそこそこ注目された。
橘家本家でも百鬼夜行以降許可を得て認識阻害をしているので俺が既に仕官していることと空亡の正体であることは伏せられており、全てを知るのは当主と京介さんの側近と最高幹部だけである。
だから俺の強さは広まっていなかった。これが裏目に出た。
修導館において橘はロイヤルファミリーだ。当然千沙希もお姫様としてちやほやされることになる。
だが現実はどうだ。お姫様どころかまるで使用人のように甲斐甲斐しく名の知れない総代を務めた下級華族に付き従っている。
そして結局華族の存在意義は暴力だ。決着は暴力でつけねば納得しない。一応就職周りでも必要ということで色々手が入った結果三館には決闘という制度がある。
俺は千沙希と妙に人気の出てしまった雪乃を侍らせているということで入学翌日から同学年先輩構わず中等部からも喧嘩を吹っ掛けられていた。
渋谷さんやぼんくらーズから決闘のことは聞いており、俺も楽しみにしておいたので積極的に乗っかった。
すぐに後悔した。めちゃくちゃ相手が弱いのだ。
よくよく考えてみれば当然だ。そもそも俺は橘家最高戦力。普通に考えればそもそも学生の中に今更混じったところで苦戦するわけがない。
ここは養成機関だ。つまり在学中は大半の生徒は一人前ではない。中等部や高等部に入学したての同学年なら尚更だ。
最初の方は俺もまともに戦っていたがさっさと倒しても変わらないことに気付いたので四日目あたりから一瞬で片付けることにした。
三日目あたりからはまともに得物も使っていない。
俺はこんな状況でも三年間決闘に明け暮れることのできた渋谷さんが恐ろしくなった。
学校の授業自体は非常に学びになる。俺はこれまで神通力という只人を超越した力に頼り切りだったが身体能力を大きく引き上げるならば妖気の調整を身に付けねばならなく、そして妖術が使いこなせれば遠距離攻撃もできるようになる。神通力でやってもいいがどうにも俺には向いていないらしい。探知能力と純化で空間支配に特化させた方が効果的なようだ。
というわけで普段カリキュラムは真面目に受けている。
だが同じカリキュラムを受ける以上スタートラインが違う場合、そうそう追いつけるものではない。
「あーあ、これなら剣を振ってた方がよかったなぁ」
「まあ、なんとなーくわかってましたけど…。もう三館序列も10位になってますからね。大会参加回数0で」
レーティングのポイントは三館武闘祭を始めとする各大会成績でも増減する。直近の大会は新人戦だがそれも6月とまだまだ先だ。
「渋谷さん以来なんだっけ?源為臣とかもそうだったんだろ?」
「ええ、でも断ってしまってもよかったのでは?」
私が戦っても良かったのに、と雪乃が零す。
俺は千沙希や雪乃に吹っ掛けられた決闘も代わりに出ていた。決闘の勝敗は元の者のものとなるがレーティング自体は実際に戦った者が増減する。
千沙希の実態を早々にばらすわけにはいかないし雪乃の妖術をみだりに見せて噂話のタネを自ら作るのもとても面白い話じゃない。
結果俺は本来の三倍の決闘を行っていた。
「断れるわけないだろ…約束したんだから…」
思わず雪乃から顔を逸らしてしまったがその必要はなかった。雪乃と俺の情報端末に緊急招集がかかる。
「任務か。近いな」
「行きましょうか」
「ああ」
「待ちやがれ!」
「待てって言われて待つ奴がいるかよ!」
俺は妖魔に憑りつかれた男を追いかけて地下道を爆走する。
『退魔及び衛士は総員包囲に回れ』
司令所から指示を飛ばす学文路の指揮で現場に集まった本部の退魔局と俺の配下の衛士局の旗本達が周囲を封鎖、対象の包囲に走る。
作戦対象は特に当てもなく逃げているだけなので誘導して袋小路に追い詰めようとしているのだ
だが手柄を焦ったのかたまたま鉢合わせた退魔局の旗本が薙刀で突きを繰り出す。
「やめろ!攻撃するな!」
「すみません!」
「ひぇぇ!」
作戦対象は済んでのところで回避して、俺も残身を回避して追う。
対象の目の前の防災シャッターが下りて袋小路を作り出す。
「観念しやがれ!」
対象が一瞬足を止めたその隙に距離を詰めて右手を延ばす。
それに気付いた対象は再び走り出し壁に向かって突き進む。
このまま走れば壁に衝突するはずだ。
「あばよー!」
だが妖魔の力を使って壁をすり抜けた。俺を嘲笑うようにわざわざ振り返って。
このままでは逃げ切られてしまう。
だが壁をすり抜けるという技術は本来神通力のものだ。
つまり俺にも文字通りまだ手がある。
「馬鹿がっ!」
俺は右腕に神通力を集める。只人にも星の輝きが見えるほど集約させた右腕を壁に押し当てるとそのまま壁をすり抜けて振り返ったままの顔を掴む。
「まさか…!お前も壁抜けを…!」
「何、そもそもその透過技術は我々の技術を真似た物なのさ」
状況を確認した学文路が防災シャッターを開けると観念して力なくだらんと身をゆだねた対象がそこにいた。
「作戦対象確保!」
俺がそう叫ぶと集まって来た旗本達が勝鬨を上げる。
対象は拘束されて退魔局によって留置場に護送された。
現場の後始末は俺達衛士局で行っていた。封鎖の解除、現場情報の収集、被害状況の確認、そして装備備品を含む撤収作業である。
「西三番地区、撤収完了したよ。御影局長」
「了解。じゃあ第一小隊もこっちの撤収作業を手伝ってくれ」
「了解です」
第一小隊の副隊長として隊長の学文路の代わりに現場指揮をしていた吉良さんが戻って来たので残る撤退作業はこの防災設備を動かす機械室を引き払い封鎖を解除するだけだ。
「荷物は全部出しましたよ」
「よーしじゃあ帰ろう」
機械室で全体指揮を取っていた学文路が最後の荷物を持って機械室を出る。
俺とこの地下街を普段管理している警備員が機械室に鍵を閉めて日常へ復旧する。
「地上に戻ろう」
最後に残った俺と第一小隊が地下の商業地区を抜けて出口に向かう。その中で違和感を感じた。
「待ってくれ」
俺がふと足を止めて本屋に踏み入っていく。本棚の影に誰かが隠れている気配がする。
妖魔病対策の一環で作戦地域にいた者は全員避難時にも簡易検査を行わなくてはならない決まりになっている。もしも隠れて封鎖が解除されるまで乗り切られてしまうと不測の事態に繋がる可能性がある。
特にお咎めというわけではないが確認をする必要が…
「何してんの?」
そこにいたのは本で頭を覆って膝を抱えた修導館の制服を着た金髪のクラスメイト、上杉文香だった。
「アンタこそ何してんの…?」




