卒業旅行
土岐からリニア新幹線で北に向かう。
2、3の横5列の指定席を左から拓也、文香、哉人、千沙希、雪乃の順で座る。
「じゃあ雪乃ちゃんも一緒なのか?」
「そうです!楽しみにしています!」
端と端にもかかわらず拓也と雪乃は仲良くなれたらしい。良いこと。だが俺の右隣の千沙希と通路を挟んで向こう側の文香は何故か静かにバチバチと冷戦状態になっていた。
とても居心地が悪い。早よ着いてくれと思うが降りる駅まで2時間かかる。
それから乗り継いで到着したのは音羽庄千羽谷。
かつて音羽家の統治していた場所だ。高山地帯の盆地で雪国である。
飛鳥さんの何台も前に領地返上しており、今は地方自治体が発足して民主的に統治されている。
卒業旅行にここを選んだのは俺だ。
どうしても行きたい所があったがそれは後回しだ。
「寒いわね」
「北国の山の中だからね」
そこら中に雪かきでどかした雪が残っている。今はまだ冬の終わり、とても寒い。
「おっ、雪女像だ」
「雪乃、お前伝説になってるらしいぞ」
「私じゃありませんっ!」
音羽庄に伝わる雪女伝説。その正体はエーテルを氷属性に変換することに長けた魔族が真秀へと渡り、その魔族が音羽領内に定着し、何世代も経て妖魔と称されるようになった。
つまりは神通力使いと同じSFな人間だ。
「君のお母さんは、妖魔だったんだね。雪乃」
「ええ。とても優しいお母さんだった。私が10歳ぐらいの時に亡くなったけれど」
妖魔は人に好かれない。それが定説だった。
だけれど、二人は出会ってしまった。
特異点反応。それは天文台が不干渉協定を無視できる数少ない例外で、それがさらにかつての領地だったとなれば最早運命としか言いようがないだろう。
その任務の中で二人は出会い、音羽飛鳥はそのままその雪女を彼岸へと連れて帰り、二人は共に暮らすようになった。
だが雪乃の母は妖魔が原因となる難病、妖魔病に侵さ初めていた。
華族は妖魔と対峙することが多いことから妖魔病に罹る者は少なくない。
哉人の母も、拓也の両親も、右京の両親もこの妖魔病に苦しめられている。この妖魔病の脅威も華族の特権への反発が少ない最大の理由でもある。
孤独になってしまった雪乃を拾ってくれたのはもしもの時にと唯一明かされていた彼岸に共に帰って来た親友の有美影俊だった。
「つまり、雪乃も半妖ってこと」
「半妖?」
「人間と妖魔のハーフってこと。天文台の基準だとどっちも人間だから因子混成体って言うけど」
「はえー妖魔も人間だったのか」
「一部な!マホロバがなんでもかんでも妖魔に分類してんのが悪いんだよ!」
こういう裏の話には疎い拓也にこの中で一番知識が多い俺が必死になって説明する。
「半妖は人間からも、妖魔からも疎まれる!センシティブな存在なんだよ!」
再び雪乃が社会から排斥される様な事はあってはならない。全てを知っているから、変な方向に進もうとすると慌てて止める。
「分かってるよ。君も色々あっただろ」
「…」
毒気が一気に抜けてフッと笑う親友の姿を見て自分があほらしくなってきた。
「はぁ…とりあえずまずはご飯を食べに行こうか」
みんなでまず駅前でお昼を食べる。
厳しい土地のご飯といえばもちろん蕎麦。
水も綺麗で豊富なので山葵が特産品だ。
みんなで山葵蕎麦を食べた。千沙希と文香は大分苦しんでいた。仲いいじゃん。
そして駅から出ているバスに乗ってまず最初の観光地に行く。
「思ってたよりでかいな」
「ああ。崖に天守閣を立てたから床面積以上に大きく見えるな」
かつての音羽家の本拠、千羽谷城。
「ほえー、何か間違ってたらここが雪乃ちゃんの家だった訳か」
「歴史のイフはいつだってトレードオフだ。そんな都合よく行くものか」
その壮観さに気おされた一行は天守閣を前にして五人で立ち尽くす。
「それにしても観光客少ないな」
「夏は多いようですよ。ここは温泉地ですから。冬は交通の便が非常に悪いからあんまり来ないけど」
実はこっそり裏で旅行がオシャカにならないように都に魔法を使わせて天候を操作して俺達が滞在している間だけ支障が無いように調節してもらっている。
ごめんね、特権って他人に認められているものだけじゃないんだ。
「千沙希ちゃん、ちゃんと調べてきたんだ」
「当然です!」
むふーと胸を張る千沙希は得意そうな顔になる。拓也は調子が良く人を煽てるのが得意だから新しい千沙希の表情が見られてよかった。
今回の旅費は全部俺が出してるんだけどなんかあったらこいつだけ置いていこうとか考えてたことは心の中で謝罪しておこう。
「天守閣、中に入って見れるみたいだぜ。展示物も色々あるんだって」
「いいわね、行きましょう」
「わぁ!手を引っ張るなぁ!」
5人分の入場券を買って中に入る。
中の展示物はかつての帝國時代に使われていたものからさらに遡って分裂時代や戦国時代の武具、書物、紙面資料、その他生活の道具や戦いの記録。
そして天守閣の最上階からの展望。
「「すっげぇ~~~~~~~~~~!」」
俺と拓也を身を乗り出しそうになる勢いで手すりに手をついて圧巻のパノラマを堪能する。
「神通力があるからと身を乗り出さないでくださいね」
「馬鹿と煙はなんとやら、ね」
千沙希と文香がそんな俺達を見てそれぞれの方法で心配をする。文香、内心心配で心臓バクバクなの分かってるからね。
「雪乃、これ全部君の景色なんだよ」
「ええ。綺麗です。でも、もうこの景色はここで暮らすみんなのものです」
目を輝かせて雪乃もこの古い市街地の銀世界を眺める。その眼には涙も浮かんでいた。
その後城下の庭園を見て回り、城下町を抜けて宿に到着した。
部屋割りは色々考えたけど結局男女で一部屋ずつにした。千沙希が頑強に抵抗したしなんか文香も謎にごねたけど任せたら拓也を一人で放逐することになりそうだから押し切った。
宿に先に届けてもらってあった荷物を受けとってそれぞれの部屋に入る。
「へぇ~いい部屋ね」
「予算的にはもっと広い部屋でも余裕だったんだけど、逆に風情が無くなるかなって思っていい感じの部屋を千沙希と雪乃と一緒に選んだんだよ」
文香と雪乃が障子を開けて窓を開けるとそこには千羽谷を流れる清流、楠川の渓流が望める素晴らしい景色が広がっている。
「綺麗ですね!」
「水もとても綺麗だな」
千羽谷は二つの山に挟まれた峠にある街。大きな盆地同士をつなぐ唯一の街道沿いの温泉郷として昔から親しまれており、音羽家が統治していた頃からの老舗旅館も多い。
この宿もそんな老舗旅館の一つだ。数年前に立て直したばかりで設備はどれも綺麗で管理も良く整っている。これからは多分この宿も混むことになるだろうから空いているときに来れてラッキーだったな。
「さ、これから一番の目玉だぜ」
まさにカポーンという擬音が聞こえてきそうな見事な露天風呂に拓也と二人で浸かる。
「あー極楽極楽」
「いい湯だな~」
雄大な自然の中の露天風呂は少し熱めの湯と雪や冷気で丁度バランスが取れている。
「よくこんな穴場みたいな場所見つけてきたよなー」
「まあ雪乃ありきで考えて、そっから逆算してるからあんまり探したりとかはしてないんだ。スキー場とかも近くにないから冬は本当に人が来ないし」
「ふーん。そっか」
二人して黙り込む。基本みんなで一緒に行動している。つまり俺達が温泉に入っているということは女子たちも温泉に入っているということだ。
「女湯の方向ってどっちだっけ」
「知らん」
右だ。そもそも入口が右でそこから左右が入れ替わっていないから覚えていない方が悪い。
そういえば神通力なら方向と対象が分かっているなら障壁なんて関係ないんじゃないか?
俺は悪魔的発想を実行に移してみることにした。
目を閉じて神通力を介して知覚範囲を拡大して、鳥瞰する。そして夏から半年間ずっと触れてきた気配を探し、視覚を集中させていく。
神通力「千里眼」。この前の任務で初めてまともに使って以来そこそこ練習してきた。
有美党の一件では構造を把握するだけだったが今の俺ならば色彩だってわかるはず!
「哉人?」
うおお!これが星見の覗きだ!
ダメだ!千沙希に妨害されてる!出力自体はともかく突破するための精度がまだまだ足りない!
「哉人?大丈夫か?」
「ん?」
「のぼせたか?」
「いや、まだそんなに浸かってないよ」
「ならいいけどよ」
その後山菜と川魚を中心とした夕食をみんなで食べた。しばらく千沙希が目を合わせてくれなかったのは言うまでもない。
そして翌日。
朝は蕎麦畑と山葵農園を見て回り、山をバスで上って樹氷の森、永久凍土の洞窟、氷瀑を見て回り、最後に千羽谷城の裏手の寺院を訪れた。
そして三人とはお堂で分かれて雪乃と二人で大階段を上がっていく。
そこにあったのは音羽飛鳥夫妻の墓標。そしてその傍に建てられた何も刻まれていない墓標。
「お父さんに会いに来るのは初めてですね。それとお母さん、参るのが遅くなってすみません」
雪乃が墓標に積もった雪を撫でるように落としながら両親に挨拶する。二人の還る場所をここにしたのは有美影俊だったとこの寺院の僧に聞いた。
名もなき墓標を立てたのは源氏だったそうだ。
何故、ここに二つの墓標が建てられたのか、昨日と今日で良く分かった。
ここの人たちは温和で、とにかく優しい。何か困っているとすぐに助けてくれる。助け合う姿は良く見かけた。洛都では人と人はいがみ合うばかりで、二人はその諍いに巻き込まれてしまった。
死してなお、人の醜さを見させ続けるのは酷だと、争うことのない、まるで時が止まったようなこの里で穏やかに眠って欲しいと願っていたのだ。
「哉人、私の挨拶は済みました。ありがとうございます。私をここを連れてきてくれて」
「いや、いいんだ。俺がここを選んだのは、俺が来たかったからなんだ」
俺はお供え物を置いて手を合わせる。
「初めまして、ではないと右京さんに伺いました。あなたに頂いたこの力は、まだ使いこなせているというわけではありません。でも、きっといつか使いこなして見せます」
そして俺は隣の墓標にもお供え物を置いて、手を合わせる。
そこに眠るのは有美影俊。義臣が飛鳥さんのとなりにいられるようにしてくれたのだ。
ふと隣を見るとそこに音もなく、気配もなく、まるで元からいたかのように自然に、師匠が手を合わせていた。
「師匠…」
「有美影俊を討伐したと聞いた」
「…飛鳥さんから頂いた力が無ければ、俺は雪乃を守れず、俺も勝てませんでした」
見れば師匠は普段の着物ではなくモノノフとしての正装、陣羽織を纏い、左腰には朱刀・唐紅を佩いていた。
「そして俺は…ただ溢れる力を力任せに振り回すことしかできなかった。俺がもっと強ければ、有美影俊を殺さずに捕らえることが出来たかもしれないのに…」
俺の目からはいつしか涙が零れ始めていた。
「俺はまだ、弱いです…。だから強くなりたいです。守りたいものをちゃんと自分の力で守れるように、死ななくていい人を殺さずに済むように…」
俺はぐしゃぐしゃに泣き腫らし、雪乃に支えてもらいながらなんとか立っているという有様だ。
有美影俊が死ななければ責任は芦屋以下郎党や雪乃にも及ぶ。指定術符使用違反等の一部罪状は正当防衛や緊急避難が認められない。全てを口なしの死人に押し付けることで彼らに自由を与えられたのだ。
歴史のイフは常にトレードオフなのだ。
師匠は静かに俺の言葉を聞いてくれていた。
「俺はもっと強くなります!」
師匠の顔はもう見れる状況ではなかった。だが頭を撫でてくれる優しい手がその存在を教えてくれる。
「お前は強くなった。仕官して、大人の中に混じって戦い、そしてそのなかでも傑出している。お前と同じ年の時の俺よりももう強い、だがな」
風が吹く。雪が少し巻き上がる。
「お前の心はまだ子供なのだ。罪にも責任にも耐えられるだけの心の強さが足りない。押しつぶされるな、他人を頼れ」
雪乃は凌雲が神通力で三途の門を開き、鳥居をくぐって去り行く背中を見守る。
「雪乃、哉人を頼んだ」
「はい、お兄さん」
雪乃は幼少期に何度か天文台を訪れたことがある。哉人と邂逅することは無かったが、数少ない心を開いている相手だった。
父の弟子だったから、ずっとお兄さんと呼んでいた。
かつて凌雲はこんなことを言っていた。
「どんな人も、だれかに頼らなければ生きてはいけない。誰にも頼らぬ人間に、明日は無い」
雪乃はその言葉の意味を、ようやく今できた。
誰にも頼らなかった有美は道を違え、そして哉人も人を頼らぬ道へと進もうとしている。
その道を歩ませないのが有美が雪乃を生かしたのだと。
「あなたを一人にはしませんから」
雪乃は哉人が泣き止むまでずっと、抱きしめ続けていた。
その夜。
「へぇ、そんなことがあったのか」
疲れたのか、心の中に残っていたものを全て吐き出してようやくすっきりとしたのか、哉人は夕食を食べてすぐに寝てしまった。
今は雪乃に膝枕をしてもらい、穏やかな寝顔を晒していた。
「そうだよな、ただでさえ母子家庭で、弟も守らなくちゃいけなくて、お母さんが入院して、家出したのはともかく仕官してそこからずっと大暴れだ。感覚がみんな麻痺してんだよ。普通一人の人間が受け止めきれるものじゃないんだ」
拓也は哉人がずっと握りしめていた半分の雪花のペンダントを手から離してテーブルに置く。
「とりあえず俺はあっちの部屋に戻るわ。後は任せた」
「ちょっと!哉人を置いていくの!?」
文香が哉人を起こさないように拓也を制止しようとするがそれは本心ではないことは文香自身も含めてみんなわかっていた。
「しばらく一人にしてはおけないでしょ」
当然の一言を聞いて文香は口を噤む。
「大原君、ありがとう」
拓也は自室に戻ってから卒業式の日を思い出す。
「何してるんですか」
「いや…その…」
気配を消して陰に隠れて哉人をずっと見続ける不審者に気付いたのは本当に偶然だった。
そこにいたのは哉人の父親。小学生の頃から偶に哉人の姿を陰から見守っていたから知り合ってはいたのだ。
「晋士は元気ですか?アイツ友達いないとか思ってるだろうけどクラスメイトは意外と心配していたんですよ」
「あっ…ああ、元気だとも。晋士は姉妹と仲がいいからな。礼儀正しいし聡明だから妻もよく目をかけているんだ」
挙動不審な姿を見るととても権威ある人物には見えない。
「そうやっていつまで逃げるつもりなんです…?」
「うぐっ…」
どうやら言ってはいけない言葉だったらしく哉人の父親は勝手に苦しんでいる。苦しむ姿は完全に哉人と重なる。
「今更言う言葉わかんないんでしょう。ただ一言、まず謝ればいいのに…」
「すまない…すまない…」
うわごとのようにそう呟く姿を見てもうこの情けない男を見ていられなくなって花道に戻ろうとする。
「俺戻りますね」
「ああ、拓也君!」
「なんですかもう…」
「哉人とこれからも仲良くしてやってくれ。哉人は一人にしちゃいけないんだ」
「…わかりましたよ」
あんたが送させたんだろという言葉はとても言える状況ではなかった。哉人にも伝える気も無いが、一応歩み寄る姿勢だけは評価しようと思った拓也だった。




