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マホロバのモノノフ   作者: しふぞー
第二章 降り積もる罪と責
23/46

目を逸らした真実

 翌日、哉人は橘右京に報告と次の作戦説明を行っていた。


「押収した書類から有美党の本拠地を特定、現在は橘氏部隊と源氏部隊が合同で周囲を封鎖しています」


 示されていた住所は洛都から北にかなり離れた場所。海岸沿いの都市のはずれであり、外国との通商航路もある。おそらく手引きした何者かが予め他の用途に用意していたのだろう。


「現在討伐部隊を編成し、既に移動しています。明日深夜、総攻撃を仕掛けます。今度の主力は源氏部隊、我々の多くは後方支援に当たります」

「相分かった。仔細は任せる。作戦は予定通り決行せよ」

「了解しました。では失礼します」


 哉人は詳細資料を置いて執務室を退室しようと扉に手をかけたところで右京が立ち上がった。


「待て、御影」

「何でしょうか」

「有美を、倒せるか?」

「わかりませんね。会ったことがありませんから。でも源義臣と実力が伯仲しているならば、勝機は大いにあるかと」

「これを持っていけ」


 右京は引き出しから取り出した何かを哉人に投げつける。


「これは…雪の結晶の欠片?」

「それを持っていけ。奴は頼んだぞ」

「ありがとうございます。それでは、失礼します」


 扉を閉めて、今度こそ執務室を出る。執務室を出たところで千沙希と雪乃が待っていた。


「任務の決行が正式に承認されたよ」

「そうですか」

「今日中に移動する。準備は出来ているな」

「いつでも。車ももう用意してあります」

「そうか…」


 橘家本家のエントランスにまで下りると大分あわただしく出発の準備をしていた。昨日の捕り物で手元の動ける人員を大分損耗してしまったため明日の突入に連れて行くのは消耗の少なかった学文路と吉良だけに絞り、橘氏から供出する部隊は楠木正貴率いる本家部隊から選抜することになっている。

 だからこちらにはある程度の余裕がある。


「雪乃も、出発前になんかしておきたいことはある?」

「出発前に、ですか?」

「出発してしまえば同じ状態で帰れるとは限らないぞ」

「そう…ですね…」


 雪乃は少し悩んでいるので哉人は千沙希にスポーツドリンクをもらって半分ほど残っている残りを一気飲みする。

 優勝祝いにスポンサーから大量にもらったがあまり人気が無いので抱えていた在庫を大量に押し付けられたのだ。

 みんな美味しくないから飲まないがオーナーとして振る舞う必要のある京介と好き嫌いのしない哉人と貧乏根性でがめつい学文路と命令されている正則ぐらいしか飲まない。

 そのためさらに余っているのだ。しばらくはずっとこればっかり飲むことになる。


「兄弟子に、もう一度会いたいです」

「わかった。千沙希、行くぞ」

「はい」




 拘置所の面会室の中に揃ったのは雪乃、芦屋影尋、そして立会人の警察官の三人だけ。哉人と千沙希は部屋の外で待機していた。


「元気そうですね、兄弟子」

「満足か?己の望みが全て叶って」

「いえ、未だ何も叶っていませんよ」


 姿勢を正しくしてしっかりと正視する雪乃に対して背もたれに寄りかかり、高さは変わらないのに見下ろすように雪乃を見る芦屋。それは現状をどのように認識しているかを示しているかのようだった。


「だが現に俺を捕らえ、そして次には師父へと辿り着こうとしている。何が不満だというのか、お前はそのために逃げたのだろう?」

「私は、盲目的に敵視することは間違っていると思っただけですよ。兄弟子も、何を焦っているんですか?」

「…何だと?」


 まず始まりからして謎の不審人物(変装したぬらりひょん)と約定を交わし、出所の不審な資金と本来受け取るべきではない怪しい術符を受け取ったところを雪乃が目撃し、真意を有美影俊に問いただしたところから始まる。

 しかしその場ではぐらかされた雪乃は有美に不信感を抱いた雪乃は怪しい術符を漁っていたところ、その中に天文台でしか製造、使用が許可されていないはずの三途渡りの術符があったことで完全に疑念が確信に変わったことで証拠として天文台に密告しようとしたところを芦屋に見つかり、咄嗟に術符で転移し、同じ門を芦屋が追ったところから始まる。

 そして二人が戦いながら移動し、哉人の仲裁で芦屋が撤退し、雪乃は哉人に捕縛された。

 雪乃が情報を持って橘氏の手の内側に入ったことで手出しができなくなり、さらに彼岸にいたままではすぐに天文台の刺客が襲撃してくるのは目に見えていた。

 事実、凌雲はすぐに事態を観測し管理局に確認を取り、すぐに出撃できる体勢を整えたうえで日付が変わる前に出撃していた。

 有美党は日付が変わる前に引き払い、すぐに此岸に渡っているが凌雲が到着したのはその僅か10分後だった。

 確かに有美影俊は二重権力状態を華族から権力を取り上げる形で成す平民閥の政治家と敵対する立場にあった。そのために敵の敵を助けることもした。外道働きもした。

 感覚が完全に麻痺してきたと言えるだろう。その結果組むべきではない相手と組んでしまった。

 だが雪乃に指摘されたことで有美はかつての盟友の面影を残す少女に諭されたことで目が覚めた。

 彼はかつて洛都の惨劇を見ずから再現しかねない状況にあったことを悔い、協力者ぬらりひょんに相談し穏健な手段に回帰すべく一度洛都を離れて密輸に利用するはずだったセーフハウスの一つを拠点として借り受けた。

 しかし外道働きの中で集まって来た者たちには血気盛んな者も多く、普段は来られない此岸にある程度のお膳立ての上で来たことで完全に気が大きくなり、洛都に潜伏していた芦屋に合流して独自に襲撃を企てた。


「師匠はまだその時ではないと、おっしゃっていたはずです」

「…ッ!」


 この芦屋の行動は完全に離反としか見られない行動だった。そして単体としての戦闘力は高くとも組織行動や指揮能力、そして洛都で最も重要な政治感覚が足りなかった。

 隠密として隠れ場所を探すのは苦ではなかった。その場所がたまたま源氏本家の進九郎率いる鞍馬党の秘密基地であり、さらに定期テスト期間で集団訓練を自粛している期間だったのが尚更悪運と呼ぶべき状況だったと言えるだろう。

 その後見つかって義臣が襲撃してくる前に必死に逃げ出すという情けない状況に陥ったのも情報収集を怠った証左ともいえる。隠密としての能力というよりも臆病さが足りなかったという政治力が足りない点が露呈したと言えるだろう。

 そして協力者の伝手もあって協力者の資金源となっている議員の庇護を受けてなんとか隠れることは出来たが源氏を敵に回したという点で嗅覚の鋭い彼らが闊歩する表の道を歩けなくなってしまった。

 結局洛都を離れた有美とさほど変わらない状況になってしまったのは指揮官である芦屋の落ち度だ。


「兄弟子には結局指導者に最も必要な政治力が足りなかったのです」


 耳が痛い言葉を聞いて芦屋は目を伏せる。何より自分が思い知ったのだ。自分は何もかもあの空亡に敵わないのだと。

 政治家を攻撃して無理やり表に引きずり出して罠に嵌めるという策を考えたのは哉人だった。

 もちろん二重権力に肯定的な政治家は現代では絶滅状態で、多くの場合は華族の必要性と有用性を重視してしばらくは支障をきたさない程度に放置というスタンスだ。

 将来的な混乱に繋がりそうな種は主に軍事と重大犯罪になるわけだが前者は既に完全に解決済みで後者も雨月・白峯以来かなりの法律を華族にも適応することを受け入れたことと事件の影響範囲や被害関係で最高責任者を決めることで大きな混乱には繋がりにくくなっている。

 ちなみに百鬼夜行の責任者は橘右京。有美党討伐は源氏長者源頼臣である。実質的には義臣に委譲されているが。

 閑話休題。

 古来より政治に腐敗汚職の魔の手は付き物だ。その中でも賄賂は最たるものだと言えるだろう。

 政治家の認識と現実の乖離は統治範囲や国家規模が広がるほどに広がっていく。その差を飛び越えるという確かな利点のある賄賂はどうしても政治とは切り離せないのだ。

 この必要悪を、いつの日も人材難に苦しむ司法機関は後回しにすることにした。猥雑になり無法化が進む洛都を浄化するにはそれだけ資金も人材も投入する必要があったからだ。

 だがいつの間にか捜査の中で逮捕に必要な書類が揃い、あとは踏み込むだけなんてこともザラにある。そうでなくともつめの甘い政治家なんぞ叩けばいくらでも埃が出る。

 つまりどこの誰であっても立ち入り、身柄拘束に持ち込むまでは警察と検察を合法的に動かせる華族が本気を出せば苦では無いのだ。

 学文路と吉良は哉人の指示で密輸に関わっていた議員の周囲を当たっていた。あの時に捕らえたのは直接介入して書類の残っている者たちだけで口裏合わせや便宜を図った書類に残らない協力者は残っているだろうからと。

 実際にぬらりひょんに物資や資金を供給した議員も密輸に関わっていた議員の後輩で口約束だけで手助けやいくらか便宜を図っていた。

 そして哉人が隠密を匿っていると考えた理由がもう一つあった。学文路と吉良がリストアップした者たちの中で一人だけ港湾を持つ地方の議員であったこと。他の政治家は皆洛都を中心に活動していたのだ。

 地方に拠点を置く議員ということは洛都と地方、少なくとも二か所に腰を落ち着かせる拠点が必要になる。そして年末年始は地盤である地方で過ごす以上洛都の本拠地ががら空きになる。そこに隠密達を隠すのは簡単だ。

 そして議員が議会の開会式に出席する際にホテルを予約して置くのも尚更不自然だ。リストアップしていた議員の動向を源氏の手の者と共に追っていたのですぐにその不自然に気が付いた。

 最後に強引に身柄拘束を迫り、隣に運び屋のぬらりひょんがいたのも詰めの甘いところを突かれた形になった。尚更冷静な判断は下せなくなる。

 密輸に関わっていた議員は事の重大さ故優先的に審議されすぐに実刑判決が下り極刑が確定しているものさえ出ている。

 何としてでもその場を逃げ出そうと考えるのも、そのために地盤ではない洛都で凄腕の隠密が手元にあるとなれば最早結果は誰の目にも明らかとなる。

 常に情報戦で有利を取り、司法と特権という正義を最大限効果的に使い、最後のピースを自ら埋めたその手のひらで転がされ続けていたのだ。

 

「兄弟子は、御存じですか?」

「何をだ」

「此岸では結果、人口に対する華族の比率が年々増加しているのです」


 華族と平民の婚姻を制限する法も習慣も感情もない。そして好景気とまではいかないが経済成長も進んでいる。

 人口は緩やかな増加傾向にある。華族の増加はその中でも顕著なのだ。


「二重権力問題は、時間が経つごとに華族に有利になっていくのです。特権は少数に限られているからこそ効果があります。将来、華族が増えたときに四摂家がどのような判断を下すかわからない兄弟子ではありませんよね」

「特権の漸次返上…」

「その通りです。此岸の華族は幼少期から毎日聞かされるそうです。いつか失われる特権に、頼って生きるべからずと。将来の保障にしてはいけないと」


 彼岸で生まれ育ち、此岸に来てまともに一般常識を知ることのなかった芦屋は世間知らずの極致のような存在だ。

 彼岸では華族が多数派なので特権は存在しない。

 雪乃も芦屋も、そして一度此岸で暮らしていた有美は尚更、心のどこかに特権への憧れがあったのだ。

 実力の劣る此岸に特権があり実力の勝る彼岸には特権が無いというねじれ構造もまた芦屋達が強硬策に出る理由になっていたようだ。


「俺たちは…何のために…」

「師匠は協力者にこのことを聞いていたのでしょうね。だからこそ洛都を離れたのでしょう」


 師匠の理解度さえ劣っていたという事実を突きつけられて顔を両手で多い項垂れる。


「ですが兄弟子は行動してしまった。師匠も既に罪が積みあがってしまっています」


 違法特定呪符の入手、所持、使用。そして内乱、公務執行妨害の使用者責任。その他以前からの余罪。


「もう、動き始めてしまった車輪を止めることは叶いません。引き返すこともできません。ですが…」


 芦屋は縋る様に歪んだ目で未だ姿勢を崩さない雪乃を見上げる。


「せめて、師匠の真意を聞きたいと思います。それでは兄弟子、行ってまいります」


 雪乃は警官に合図して自ら席を立って退室する。扉を閉じてから一度深呼吸し、扉にもたれかかると扉の向こうから嗚咽の声が聞こえた。


「もういいのか?」


 ずっと待ってくれていた哉人と千沙希が傍に立っていた。その手には六花の雪の結晶が六分の二だけ握られていた。


「ええ。兄弟子も馬鹿ではないので、わかってくれたと思います」

「そうか。じゃあ、行こうか。奴は答えを待っている」

「ええ、行きましょう」


 三人は決意を秘めた目で戦場へ歩みだし始めた。

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