悪運、再び
哉人が飛び掛かりながら袈裟切りに斬りかかる。芦屋が鉄鞭で受け止めるも加速を活かした重い一撃で弾き飛ばされる。
玄刀・黒曜は特に頑丈な素材を活かして作られた剣。刃毀れ一つせずそしてどんな無茶な使い方をしても折れることは無い。
才能は生まれたときに決まり、経験を積むのは運が絡み、そして技量は純粋に剣を振った時間に比例する。
哉人には生まれ持った大いなる資質があり、人よりも真剣の戦いと修羅の心を作る地獄を味わい、だが剣を振った時間が幼い分足りない。
このアンバランスな状況を黒曜が支えていた。初めて哉人が黒曜を手にしたとき、哉人が選んだのではなく黒曜が選んだ。それは今の哉人には自分こそふさわしいと、自ら立候補したのだ。実に主想いな、忠義者である。
哉人はその愛刀の秘めた想いに応えるべく、流派に学んだ通りに刀を守りつつ連撃で押し込む。だが決して刀の性質には頼りきりにはならぬように気を遣う。
「どうした!?こんなものか?」
「チッ!ガキがッ!」
芦屋は鉄鞭で刀を払い、一歩分間合いが開いた瞬間にすかさず右手の袖から呪符を数枚取り出して投げる。
妖術を起動する術符と陰陽術を起動する呪符、妖術と陰陽術の違いは根本のエネルギー源が妖術と呪力かの違い以上に発生させた現象が周囲の物質に連鎖して反応するかどうかの差である。
「急急如律令!喝!」
そう芦屋が唱えると呪符が爆発してその爆風が哉人の周囲から多角的に襲い掛かる。
だが爆発するという現象に本来付随する空気を振動させるという現象が発生しない。紛れもなく陰陽術の特徴だ。
哉人は爆風を受けながらも飛び上がって氷の壁を蹴って空からの斬りつけ、回避されてももう一度跳んで今度は回避も許さずに斬りつけて鉄鞭で受け太刀させる。
哉人は一度接近戦を避けて機動戦に切り替える。芦屋の目が追いつけない速さというわけではないが、的確に頭の動きと目の動きでは追うことが出来ないように動き回る。
「急急如律令!喝!」
芦屋は呪符を空中にばら撒いて一斉に爆破させる。今度は空中の広範囲を爆破することで少しでもダメージを与えようとしたが高い妖力を誇る哉人には暖簾に腕押しでしかなく、爆風の中を駆け抜けて斬りかかる。
「甘い!」
そんなことは織り込み済みとばかりに鉄鞭で難なく払ってから回避して先程ばら撒いておいた呪符を遅れて起動させる。
「急急如律令!結!」
哉人を覆うように結界を展開し、哉人を閉じ込める。陰陽術でできることの多くは妖術でできるが結界を展開するのは陰陽術にしかない独自の現象だ。
「これが結界、ねぇ。確かに便利だが…この程度ではな」
呪力を斬るのは慣れている哉人は刀の一突きで結界を崩す。
「所詮は、陰陽術。魔法の出来損ない程度では役に立つものか」
「キサマァ!」
呪力と魔力は同じもの。つまり魔法と陰陽術は広義的には同じということになる。だが魔力を術式を介さずに発動する魔法と術式を介さなければ発動できない陰陽術では出力に大きな差が出てしまう。
つまり都が凌雲の元に通うようになってからずっと魔法の対処を強いられていたのだ。その経験は真秀でも並ぶ者はそうそういないだろう。
芦屋は自分の切り札が一切通用しない敵と戦うのは初めてだった。
「さて、手品はこれで終わりかな」
哉人が挑発すると芦屋は自分の自信を片っ端から折られていくという現実に正面から向き合えず、無意識に逃避を始めてしまう。
「うおおおおお!」
芦屋は最後の足掻きに突進して鉄鞭を突き出し、振り回して刀で受け太刀させる。鞭の凹凸で引っかけて刀を遠ざける。
哉人は上体を少し逸らした形になるがすぐに戻す。その一瞬の所作が隙になった。
その隙に芦屋は右手に呪符を握りしめ、そのまま腕の中で着火し炎を纏い、急加速し右ストレートを哉人の顔面目掛けて繰り出す。
「喝ァ!」
爆炎を纏った拳が直撃する寸前に再び大爆発を起こす。
これは芦屋が初めて師から一本を取った時に使った隠し技。単純なストレートはシンプルに素早く、そして避けにくい。
哉人はとても回避できる状況ではなかった。だがその必要もなかった。
「これが君の切り札か」
爆風が晴れると芦屋の拳は結界に似た透明な障壁に阻まれていた。
神通力で全ての物質を通さぬ障壁、バリアを展開していたのだ。その固さは芦屋が展開した結界を遥かに凌ぐ。
その薄板一枚で届かない世界を目の当たりにして心を絶望が満たしていく。
「さあ、そろそろ決着をつけようか」
哉人は黒曜の鍔に当たる円の意匠に鉄鞭を通して引っかけ、力一杯に振って自分も得物を手放すと共に鉄鞭を手放させる。
「何ッ!?」
哉人は神通力を拳に込めて上空へと押し上げる。心が揺らいだ状態ではどんな術もまともには動かない。空中で身動きが取れずに自由落下に入ろうとする。
「行くぜッ!」
哉人が左足で踏切り、右足を突き出し、両足に神通力を込める。神通力で直線的に加速し、芦屋の鳩尾に入り、そのままさらに加速して氷の壁を突き破り、隣のビルの壁に叩きつける。
そして両足で神通力を叩きつけつつ背中から大きく弧を描く様に飛びあがる。
「登月!」
綺麗な跳び蹴りで叩きつけられた神通力が一気に昇華して大爆発を起こす。
「グワァァァァァァアアアアアアアア!」
哉人は氷柱の上から戦いを見下ろしていた雪乃の隣に着地する。
「兄弟子…」
砕けたビルの残骸とともに昏倒した芦屋が落下する。雪乃が氷漬けにして回収し、氷柱を全て溶かして消滅させ、雪乃と芦屋を拾い上げて哉人が神通力で元の部屋まで戻る。
「捕まえたぜ」
部屋のけが人は敵味方構わずもう片付けられ、残っているのは楠木正則と学文路と吉良だけだった。
「あとはこいつの記憶を吸い出して次は有美党の本隊だ」
「お疲れ様です、御影殿」
「正則さんも現場まで来てくれてありがとうございます」
「主のご命令とあらば、この老体にいくらでも鞭打ちましょう」
楠木正則はかつて橘家の軍神と呼ばれた男。その腕は未だに衰えておらず、そして先々代の頃から長年橘家を支え続けた手腕がある。
そのために時代の幹部候補が揃う新進気鋭の若手集団の要石に置かせてもらっているのだ。ベテランの経験は得難く、そして考えている以上に代えの利きにくいものだからだ。
ついでに空亡であることを隠している以上ネームバリューが足りないので哉人の指揮に重みを与えるという点でも効果がある。
実に頼りになる高性能おじいちゃんである。
哉人がそんな頼りになる部下をねぎらっているとひび割れていた壁が崩れ落ちた。どうやら中での戦闘で負担をかけ過ぎたらしい。
「「「「「あ」」」」」
隣室との壁が崩れてしまったことで隣に泊まっていた客が唖然とした顔でこちらを見ている。
「滑里!」
そこにいたのは滑里瓢太郎で通しているぬらりひょんがいた。
前回の企みに続き再び哉人に修羅場で遭遇してしまったのだ。
「アンタこんなとこに泊まってたのか、災難だったなぁ~」
「い…いや…その…」
ぬらりひょんのホテルを手配したのは議員だった。つまり完全に貧乏くじを引いてしまったのだ。
「荷物を届けなくてはならなくて…」
「これ…有美党への救援物資じゃないか!」
完全に油断していたぬらりひょんは職質対策用の偽装伝票をそのままにしてあり、その団体名は雪乃から有美党の偽名であると聞いていた名前だったのだ。
それも当然のはず。そもそも有美党のを焚きつけて資金を援助した上天文台に収められていた秘蔵の術符を渡したのはぬらりひょんだった。
密輸の他にもあくどいことに関わらざるを得なかった結果逃亡したかったが物資や資金の輸送をせざるを得なくなってしまった。
「これは本拠地の仕掛けの配置図、他にも輸送経路などの情報でございますな」
二の足を踏んでいる学文路と吉良をよそに正則も主に従って共にぬらりひょんの荷物を漁っていた。慣れた手つきで不要必要の分類をしていく手際はまさにベテラン。
「滑里!お前!」
「違うんです!違うんです!」
哉人に両手で胸倉をつかみあげられたぬらりひょんは顔がくしゃくしゃに歪むほど号泣する。
「私は議員に脅されていたんです!違法行為は何もしていないんですぅ!」
「はぁ?」
哉人に左右に揺さぶられて涙を撒き散らす姿を見かねた正則が意外な助け舟をだした。
「確かに有美党については此岸では公表されていません。何もしらず、議員に言われるがまま物資を運んでいただけなのであれば、違法行為には当たりません。当局に身柄を拘束されるいわれは無いでしょうな」
「そういえばそうか。悪かったな、滑里」
哉人は丁寧にぬらりひょんを下ろした。しかし学文路と吉良を手招きする。
「この物資や書類は悪いがこちらで押収させてもらう。学文路さん、お願いします」
「気が…進まないのですが」
学文路の目にはぬらりひょんはとても疑わしく見えていた。それは吉良や正則もそうだった。
人は身の回りの情報を五感で感じとる。こと目に関しては約八割を占めると言われている。
だが哉人の強力な神通力には五感以上に情報を収集できる力がある。人の心の内を直接見て取る能力がある。しかしまたぬらりひょんにも誰にも内面を気取らせられないという呪いじみた力があり、哉人には偽りの心が本心のように見えているのだ。
結果、周りからは明らかに怪しく見えるのに哉人は全幅の信頼を置いているという奇妙な状況になっていた。
学文路は気乗りはしないもののそのまま物資と書類を運んでいく。その姿を悲痛な目でぬらりひょんが見ていた。
「ああ…資金回収が…」
「もちろん今回はこっちの事情だから色付けて保障はするぞ」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「しがみつくな!しがみつくな!」
最早矜持もなにもなくただひたすら哉人にすりよる姿を見て正則と吉良はさらに疑念を強めるのであった。
ちょこっと登場人物紹介
芦屋影尋 「アイサツ前のアンブッシュ」
幼少期に有美に拾われて以来修練に励み続けてきた問題児。隠密としての能力はほぼほぼカンストしており突入組で彼を止めれるのは哉人だけだった。なおかなりのアホの子かつ天然だが自信家という指導者としては完全に詰んでいるステータスをしている。小隊指揮もかなり怪しくまともに組織戦闘で勝てていないところを見るとおそらく連携訓練もあまりしていないと思われる。
こりゃあ勝てませんわ。
滑里瓢太郎 「記憶にございません」
ぬらりひょん、此岸の姿。住宅ローンが組めなかったのでしばらくホテル暮らし続行。割と洛都では法律が厳しく家を借りるのが難しく、華族の保護下に入るもしくは企業が保証人になる必要があるが彼は社長なので企業を保証人にすることが出来ず、さりとて華族に頼ると偽造がバレるのでもう土地を買って家を建てることを目標に頑張っている。




