血の繋がらない家族
ぬらりひょんは身なりをなんとか整えて洛都に戻ってくることがようやくできた。これも有美党に出資し、残る術符全てと引き換えに隠密の伝手やらノウハウやらなにやらを丸ごといただけたからだ。
これで自分のかつての協力者、密輸カルテルの残党や元過激派華族を支援して連携を再生させたりもできてきている。有美党が少しづつ包囲されつつあるのでそろそろ手を引きたいがあの一番弟子が怖くて怖くてしょうがない。
顔がバレていないうちになにか手を打たねばならない。
取りあえずは彼らのいなくなった洛都の中心街に寝泊まりすることに決めた。
天文台では年に一度祭祀をする。年に一度すればいいのでいつでもいいのだが例年クリスマスの日中に行っている。
俺、御影哉人はこの祭祀に出席するために家出振りに彼岸にやってきた。
「久しぶりだなぁ哉人…」
そう、裏切った伏見さんとの再開である。
「その節は…その…」
どんな反応をするかとも思ったが意外と飄々としていて安心した。
「ま、気にすんなよ。俺はこうやって投資で経済界に一枚入ろうと思ってな」
そうやって見せてくれたのは株価のグラフかなり右肩上がりだが少しづつ緩やかになってきている。だがその銘柄には覚えがあった。
昨日神通力で予知した最大利益で全株売り払うよう指示した銘柄だった。
橘家から売りが入ったことで時間差で落下し始める株価。
「俺の株がァ〜!!!」
やっぱり可哀想な人だ。
株が目の前でゴミクズ同然に変わり、打ちひしがれている様を見て不憫に思う。
「そのうち値が戻ってきたときまで我慢すれば損は出ないはずですよ。経営自体は安定していますから」
慰められてもまだ立ち直れないようだ。この人責任者なのに今日の祭祀乗り切れるのか甚だ疑問である。
「久しぶりだな哉人」
だがその声を聞いて安心する。
「お久しぶりです、師匠」
背後に立っていたのは長い黒髪をポニーテールにまとめた師匠、在原凌雲。
「まずは感謝を一つ」
「ああ、取り合えず受け取っておこう」
「ですね」
此岸への介入を行った場合政府側に通告する取り決めだが百鬼夜行の際に色々報告義務を怠った上恣意的な行動をした。
そもそも俺と伏見さんは天文台に所属する立場だったのでソルジャーではないとはいえ非干渉協定に抵触しうる立場なのだ。かなりグレーな話だったが思いっきり必要だったと言い張ることで乗り切っている。
「師匠、後で相談したいことがあるのでお時間を頂けませんか?」
「構わんよ。彼女たちのことか?」
不意に視線を送る先にいるのは千沙希と音羽さん。置いてくるにはいかなかったので連れてきたのだ。今は遠巻きにこちらを見る立場にいながら都とじゃれあっている。
確かに相談できるならしたいが正直そっち方面はあまり頼りにならない。
「いえ、俺のことです。神通力についてです」
「俺の知る限りなら構わん。なんなら専門家に渡りをつけようか?」
「師匠に、聞きたいです」
「わかった。後でな」
師匠が祭祀の為の準備として色々な設備を準備している時雨さんを手伝う。というか本来伏見さんと師匠がしなければいけない役目だったような気がするが今は黙っておこう。
「御影君、私たちのような部外者もここにいて良かったのでしょうか」
都に連れられて傍に来ていた音羽さんが恐る恐る聞いてくる。その疑問に答えたのは自分ではなかった。
「気にするな。毎回そこの部外者(都)が参加している」
三人の女子の後ろから荷物を抱えた眼鏡をかけた青年が現れる。
「あっ、渋谷さん」
「久しぶりだな、哉人。家出する時は俺のいるときにしてくれよ」
初夏に隣国のホウライに出張していたので会うことは無かったが、かつては晋士ともどもお世話になった人だ。
「紹介しよう、彼は渋谷閃也さん。俺と同じ神通力使いのモノノフ候補。明倫館のOBで京介さんと同学年だよ」
「俺は早生まれでアイツは春生まれだからほぼ一年違うけどな」
早生まれは不利、とよく言われるがそれは此岸の学年という制度による影響で、学年の定まっていない彼岸では特に冬生まれは忌避されたりはしない。
まあ渋谷さんはそんな不利もものともしなかったけれど。
「そんなこと言って三館序列で三年間主席だったじゃないですか。源平藤橘の跡取り全員抑えた上で」
「それはアイツらが弱すぎただけだ」
此岸の華族と彼岸の華族の強さの平均は大きな差がある。トップ層こそ大きな差は無いが彼岸の武人は強者揃い。
その頂点に立つモノノフの後継者候補とあって渋谷さんはめちゃくちゃ強い。
神通力の強さこそ俺の方が上だが剣技に関しては手も足も出ない。多分俺が勝てなかった義臣さんより強い。
そんな強さという自負から来る自信の一言には重みがある。
「哉人より強いからなー」
「言うな、都」
ニヤニヤとする部外者が腹立たしい。言うな、俺が一番気にしてるところだ。
結局俺は神通力だより過ぎる。ソルジャーとしてやっていくならそれでいいがモノノフとしては剣技が無くてはやってはいけない。
「みなさん仲がいいんですね」
話に置いて行かれた音羽さんが実に羨ましそうな瞳でこちらを見ている。
「まあ、家族みたいなものだからかな」
と渋谷さんが言えば、
「それだと私がお母さんかな?」
とすぐに都が返す。
「都は妹だろ」
そして俺もそう答える。テンポが速く、淀みがない。
「羨ましいです」
そんな光景に混ざりたそうに音羽さんはそう零した。
「有美党はそんな感じじゃなかったの?」
「そうですね…隠密の一味でしたから。やっぱりどうしてもいつも厳しくなってしまうんですよね」
渋谷さんは思い当たる節があるのか神妙な顔をしていた。
渋谷さんの両親は隠密だった。家庭内で何かあったらしい。
「おーい閃也ー!いつまで油売ってるんだー!」
「はい!」
向こうで作業がひと段落したらしい時雨さんが手を振って読んでいる。
「じゃ、また後でな」
そう言って荷物を抱えて走っていく。
「哉人のところだと冷たいの?」
都がニヤニヤとしながら意地悪な質問をしてくる。
不意打ちの一撃に音羽さんはぶんぶんと首を振る。隠密らしからぬ感情的な行動だ。
「いえ!そんなことは!まったく!」
「へぇ~てっきり熱~い二人のお邪魔になってるかとおもったのに」
急に爆弾を放り込まれて三人で慌てる。
「都!」
「いや…そんな…その…」
「ぷしゅ~(二連撃で完全に沸騰した)」
その慌てぶりを見て都はしてやったりという顔をする。
「音羽さんは客人だ、そういう話じゃない!」
「御影君にはいつも良くしてもらってます!」
「音羽さんと御影君…ね」
完全に場を掌握した都はやりたい放題だ。
「あなたたち、事態が何も進展していないから、未来の展望を描くことを忘れているんじゃないの?」
その一言で一瞬で脳が冷静になった。
「彼女の居場所、どこにもなくなるんじゃない?」
そのことを、考えていなかったわけではない。だが、千沙希と暮らす毎日に、音羽さんとルーツへ遡っていく毎日に、充足感を得られていたために忘れていた。
人生の出来事に、明確なスタートとゴールは存在しない。常に緩やかに、そして同時に推移していくものだからだ。
祭祀はつつがなく終わった。文明がまた一年、無事に続いたことの報告と八百万の神と崇め奉る先人たちへの奉納、祈願、その他諸々。
だが心の中に、事態の収拾という明日の次の明後日が未定であることがずっと渦のように巣くっていた。
「師匠、やっぱり音羽さんのことも相談していいですか?」
万年桜の舞台で俺は甘酒を片手に隣に座る師匠にそう告げる。
「いいとも」
師匠はいつだって声に抑揚がなく、落ち着いている。だがこの声を聞くと安心するのだ。
「今のところ、音羽雪乃の身柄は俺に預けられています。しかし有美党を討伐し、その全員を捕縛ないし無力化した際には彼女が身を守られなければならない理由はなくなります」
「そうだな」
「彼女がその後の人生をどうするか、決められるだけの知識、経験、技術は彼女にはありません」
「ならそれが揃うまでお前が面倒を見ればいいだろう」
「え?」
俺はその手段を想定していなかった。そもそも自分を使うという発想そのものが無かった。
「お前、まさか俺が早々に死ぬとでも思ってるのか?今のお前じゃ閃也にも勝てないだろうに」
「それは…その…」
「確かに俺は13でモノノフを継いだ。それは当たり前の話じゃない。あの時の師範は源為臣や有美影俊との交戦で消耗しきっていた。俺でも勝てるほどにな。だが今は四摂家がそれぞれ分裂して内紛するなんてことにはそうそうならない。それは百鬼夜行でわかっただろう」
「ええ」
「だから、気にするな。お前はもっと自分勝手な奴だと思ってたんだがな」
「いやぁ…その…」
耳に痛い話ばかり言われて俺はまともに言い返せなくなる。
「お前は父親がよっぽど嫌いらしいが端からみりゃ似た者同士が同族嫌悪だよ」
「うぐっ!」
「此岸イチ誑しの色男と彼岸イチ手の付けられない悪女の長男がどう育てられようと碌な奴にならないのは当然だ。まあ三人分の人間失格の教科書を見て学んだ次男は大分利口に育ったがな」
「ひどいですね」
「それが運命って奴だよ。お前はもうそのレールに乗ってしまったんだよ。自立することを選んだあの日にな」
家出した日か、仕官した日か。もしくは千沙希と約束した日か。今更関係ない話だが。
「だからお前はお前の今できる最善を考えろ。今持ち得る手段で、そして未来なんて考えるな。どうせ未来は想像だにしていない方向に転がっていくものだからな」
そうだ。今の俺の立場は俺も伏見さんも想定していなかった。未来の予測など何のあてにもならない。
「で、もう一つの本来の相談はなんだ?」
「ああ、それはその、右京殿に15年前の話を聞いたんですが、その時に音羽飛鳥さんが俺に力を託したって聞いたんです」
「そうだな。俺と静流さんが証言した」
「その力、百鬼夜行の時に一度だけ使えたんです。多分」
「知っているよ」
「あの時以来神通力を使いこなすことができるようになったというか、神通力を理解したというか…」
「それは純化という現象だな」
「純化…?」
「ああ、教えてもらったんだろ?師範からもらった力に」
思い出せばあの時に使った妖術は自分が考えた技じゃなかった。
「神通力はなかなか思い通りにならないものだ。普通は三割も使えれば一人前、俺でも五割ってとこだ。だが今のお前は九割近くは言うことを聞かせてる。純化ってのはな、全ての神通力を十全に言うことを聞かせられる状態だ。かの天帝陛下ぐらいしか世界中見渡しても届かない極致だ。お前も、あの極致に手が届きつつあるってことだな」
「俺が、あの人に?」
「ああ。その力、明確に形と意思がある。そのことを忘れなければ、誰にも負けなくなるだろう」
「…いつか、なれますか?」
「ああ」
花弁がいくら散ろうとも次の花が咲いて満開であり続ける万年桜のように、人命がどれだけ失われようとも常にだれかが代わりになり続けて発展してきた。
俺が咲かせる花はいったいどこに咲くのだろうか。
ちょこっと登場人物紹介
渋谷閃也 「おい、決闘しろよ」
凌雲達とは同じ道場で学んだだけで師匠が別。単純な剣の腕ならば彼岸でも三本の指に入る強者であり、道場的にはこちらが正当後継者。
明倫館では藤原瞳子と三年間クラスメイトで仲が良かった。意外と交友関係も広く、今だに連絡を取り合う友人も多い。三年間決闘漬けだったのでレーティングがぶっ壊れており、1500からスタートしたのに卒業時には10000を超えていた(史上最高記録)。
近眼なので眼鏡は必須だが哉人同様感覚が鋭いので眼鏡が割れても戦闘力が落ちない。