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マホロバのモノノフ   作者: しふぞー
第二章 降り積もる罪と責
18/46

雨月・白峯の乱

 中高生の12月中旬の風物詩。そう、学期末試験である。

 意外というか当然というか造士館の1年生の学年トップは久我義照で2位は足利直士である。久我は普段おちゃらけているが育ちが育ちなので普通に成績がいい。足利も必死に勉強しているが授業中寝ている久我になぜか勝てないので定期試験の後はだいたい機嫌が悪い。

 なお進九郎は成績が平凡、武田先輩は学年が一つ上で普通に成績が良く、山名は普通に成績が悪い。

 なので前回仲間内の雰囲気が崩壊したので進九郎は一緒にいるときに定期試験の話題を出すことを禁止した。

 そして冷戦状態のまま5人は定期試験後の補修やら学期末のあれこれが終わり、クリスマス前日にようやく久々に集まって訓練するためにいつもの場所にやってきた。前日が終業式だったので冬休み初日なのだ。

 しかしそこには思わぬ先客がいた。



「ぼんくらーズが襲われた!?」


 調査を開始してからしばらく、何の成果もあげられない日々がしばらく続いていたので最近はあれこれ動かずに落ち着いていたのだ。それは冬休み入ったことでなおさら暇を持て余していた。

 吉良さんからの報告は信じがたい内容だった。慌てて駆け込んできた吉良さんから直接報告を聞いていた。

 

「犯人の一人が細剣と鉄鞭の二刀流だったそうで、状況証拠から有美党の分隊が鞍馬党の訓練場に潜伏していたようです」


 手渡された資料に同封されている写真はその現場の写真だろう。人の目に入りにくく、そしてある程度開けて水の補給ができる場所だ。潜伏場所にするにはうってつけだろう。


「犯人はすぐにその場を引き払い、行方をくらましました。逃走経路から考えて未だ洛都の内側にいると思われますが再び手がかりは失われました。この事件を受けて源氏が正式に介入を決定、動員をかけてまで全力で捜索を行うようです」

「源氏が全力を出すなら我々がわざわざ足で探しに行く必要はないようだな」


 頭の中で今の状況を整理する。音羽さんがもたらした情報から今回見つかった有美党はその丁度半分ほど。つまり残りの人員はおそらく有美影俊本人が率いて他の場所に潜伏しているのだろう。


「吉良さん、これからは方針を180度変えます。これまでは『追う』方針だったけれど、これからは罠にはめるように『誘う』方針で行きましょう」

「誘う、ですか」

「うん、我々は潜伏するための資金の流れ、物資の調達先などを洗うのもそうだけど、実際に誰を相手に決起しているのか、動機についてもだ」

「了解しました。でもそれは大人の仕事です。子供の御影君にはできませんね」


 橘家の内側で確かに官職を持つとはいえ公的な申請には年齢制限が存在する。なんでもかつてマホロバから輩出したソルジャーがあれこれ個人情報に介入しようとしたらしい。それ以来定められた法律なんだと。

 それ300年ぐらい放置されてるだけなんじゃね?とはいってはいけない。

 吉良さんは普段から仕事を取り上げようとするので今はなぜか嬉しそうだ。だが残念。


「確かに子供にできることは無いけど、遺族や師弟にしか出来ないことがあるよ」


 俺が手に持つ端末には義臣からのメールが表示されていた。



 音羽さんと千沙希を連れて向かったのは橘家の本部。

 なんでやけに旗本や食客が少ないんかなって思ったら今日七曜杯決勝だわ。国際大会予選を間に挟むから少し日程に穴が開くのだ。

 応援じゃなくて若様を押さえつけるためか、ご苦労様です。

 不憫な同僚たちに同情しつつ俺たちは当主の執務室へ向かう。


「入れ」

「失礼します」


 橘氏長者、橘右京はかつてから変わらぬどこか頼りない顔で年末の決済作業を行っていた。

 

「お久しぶりです、御当主」

「元気そうだな。千沙希も、…音羽雪乃さんも」

「お久しぶりです、お父様」

「あの…初めまして…」


 雪乃さんは会うのは初めてのはずだがあまり緊張感はない。


「要件は、義臣から聞いている」

「はい。ご友人…だったのですね。義臣さんとも、有美影俊とも、そして音羽飛鳥さんとも」

「そうとも、なつかしき青春の思い出だ。それ以来の付き合いは無いがな」


 右京さんがくるりと振り返って窓の外を見るとそこには千沙希が通い、俺がこれから通う、そして右京さんと音羽飛鳥さんが通っていた橘氏が運営する学び舎、修導館学園高等部・中等部がある。


「20年前まで、私と音羽飛鳥は修道館に通っていた。そして造士館に前源氏長者の源義臣と現平氏長者の平将清が、明倫館には現藤氏長者の藤原巽と有美影俊が同学年に在籍していた」


 それから右京さんは静かに自分の知る限るの記憶を放してくれた。


 そして卒業してすぐに音羽飛鳥はマホロバのモノノフを継承、右京も在学中から長者になっていたが卒業後は執務に専念、他3家の跡取りたちも継承のために地盤固めに動き始めた。

 そして有美影俊もまた彼岸に戻って継承するための跡継ぎ争いをしなければならなくなっていた。

 名前の「影」の一文字。これは古代真秀から連綿と続く隠密集団たちの中で受け継がれてきた一文字であり、隠密の一族のなかで神通力を使える者に名付けられる名前である。

 隠密の一族は継承順は血縁ではなく実力。すなわちそれぞれの一族で最も強いものが継ぐのである。

 有美もそんな隠密の一族の一つの出身で、飛鳥と共に此岸との交流も兼ねて此岸の高校に通っていたのだ。当時はまだ優れた隠密が多く、源氏と平氏の対立が最高潮となっていたので隠密の出番も多かったのだ。

 そして15年前の一大事変、「雨月・白峯の乱」にてその後の運命が全て決まった。

 事の始まりは6月、梅雨の大月の日。一日中降りしきる大雨の中、源義臣は僅かな手勢を率いて実父源為朝(ためあさ)が長者として住まう源氏本家を襲撃、一夜にして占拠した6・15クーデターから始まる。

 本家から這う這うの体で逃走に成功した為朝は当時まだ造士館の3年生だった息子、源為臣を呼び出し、共に義臣と衝突。

 この戦いは当時の源平対立に対する源氏側の過激派と穏健派の激突であり、過激派の為朝、為臣と穏健派の義臣がそれぞれの派閥の勢力を増援として招集したことで事態は大規模な争乱に発展していく。

 この争乱に藤氏は静観し、穏健派が主流となりつつあった平氏は義臣へ援軍を平将清に率いらせて送り、橘氏は右京が義臣と将清と友人で会ったため援軍を支援した。

 将清が為朝の主力部隊と激突し、その采配で木端微塵に撃破すると過激派の勢力は当時既に源氏最高戦力と称された為臣のみになった。

 敗走した父を保護しつつ源氏本家周辺が荒れ果てるほどの激戦の末義臣と将清はなんとか為臣を退けることに成功。

 ここで藤原巽の説得が成功して藤氏は穏健派を支持に回り、さらに源平の抗争の仲裁に乗り出し停戦。ついに長年の対立構造が終わりを告げて造士館の学内対立もこれを機に一度沈静化していく。

 事態は一度、収まったかのように見えた。しかしこれがまさか洛都の闇へと引き込まれていくとは誰も想像もしていなかった。

 二重権力問題。これは現真秀国政権が発足した時から最大の問題にして難題として残り続いている懸案であり、この戦いにも関わっている。

 政府にとって華族の頂点である摂家は目の上のたんこぶだ。だから摂家同士の対立を歓迎し、源平双方を支援して煽っていた。

 それが義臣の決起が成功してしまえば全て白紙になってしまう。そのため若くも過激派の中心になっていた源為臣に接近し、様々な支援をした。為臣本人の武勇も指揮能力も卓越していたからこそ泥沼の戦いになったわけだがこの支援も大きかった。

 結果として過激派は敗北し、源平の争乱が落ち着いて華族は結束と連帯感を得た。

 二重権力問題は解決するどころか後退してしまった。だがこの程度で諦めるなら初めから華族と対立なんてしない。

 彼らが次に手を結んだのは此岸に勢力を作りたい彼岸の者たちと彼岸の者たちと華族に追われる外国とツテを持つ者たち。

 妖魔たちと後の密輸カルテルである。

 

 ここから白峯の乱が始まる。 まず真秀政府は外国勢力を利用して彼岸に源為臣を送り込み、彼岸の妖魔をまとめ上げて天文台を襲撃、三途渡りの術符などの秘宝を奪い、そして此岸に戻ってきた。政府は華族の過激派や主流に排斥された傍流をかき集めたが彼らの内情はそれぞれでまったくまとまりがなかった。

 音羽飛鳥と当時13歳の在原凌雲は襲撃者を追撃、その他の隠密も各勢力に雇われて参戦した。奇しくもその中に有美影俊もいた。

 彼らはそれぞれの思惑、事情から戦力を集めて大規模な市街地戦に発展。

 白峯という区画にて集結した全勢力は敵と味方が誰かもわからないまま大乱戦に発展。

 源為臣を筆頭とした摂家の過激派勢力、政府に協力する妖魔たち、事態を収拾するために動員をかけた摂家、そして天文台の追撃者。

 その混乱の中では同士討ちなど珍しくしくなかった。とにかく目に映るものが敵で、自分に刃を向けぬものが味方。市街地のど真ん中で戦ったために各地で火の手が上がり、多くの者が避難を余儀なくされた。

 そしてその戦いで明確な事実として判明しているのは、音羽飛鳥と源為臣がただひたすらに敵を屠り、多くの者が命を惜しんで戦場から逃げ出しそれぞれの方法で命脈を保とうとした。

 二人が粗方まともな戦力を片っ端から崩壊させたのでまともな戦力は残っていなかった。

 妖魔たちは命からがら戦場の中心から離れると人質戦略をとることにした。多数の避難民と救急搬送された人たちで溢れるすぐそばの白峯病院。

 そこには身重の音羽飛鳥の妻と、まだ生まれてしばらくは神通力を封じるために入院していた御影哉人とその母御影静流がいた。

 妖魔の一人ぬらりひょんが華族が総力戦体制に入ることを恐れて音羽飛鳥に密告、音羽飛鳥は血相を変えて病院の防衛に回った。

 そしてそこで外国から呼び寄せた政府の刺客と交戦。妖魔から病院を守るもその行方は分からなくなり、刺客と交戦した音羽は互いに致命傷を与えて互いに撤退した。

 しかし最早命も長くないと悟った音羽飛鳥は失血で視界も霞手足も重くなる中一目妻の姿を見ようと進むもついに力尽きる。

 その場所は新生児集中治療室、愛する妻の病室の手前にして哉人がいた場所だった。音羽飛鳥は最後の命を哉人に預けた。

 そして音羽飛鳥はその肉体を光粒と化して消滅した。

 後から師匠の後を追って駆けつけた在原凌雲が病室に駆け込んだ時に見たのは血痕の残っていない破けた装備、そしてどこにもいない師匠とその師匠の残滓を感じる赤子。

 戦場を収拾するべく源義臣と橘右京が親征し、状況を見分した時、有美影俊は政府側に雇われていた。隠密は頭が全て決め、配下に情報は必要以上には与えない。だから有美影俊が自分自身がどのような立場だったのか彼自身が理解したのは義臣に刃を向けられた瞬間だった。

 そしてその場にさらにもう一人現れた。

 音羽飛鳥の遺品を抱えた在原凌雲だった。その時有美影俊は自らの罪と倒すべく悪を認識したのだ。

 乱戦の中で直接政府が市民に攻撃したという証拠を得て当時の政権は崩壊。藤氏閥が政府を抑制させ、政府が引き込んだ内憂外患は後々に橘氏を蝕んでいくことになる。

 こうして勝者のいない戦いが集結した。


 

「あの戦いで得た物はろくなものなどなかった。野心家に権力を与えた結果があれだった。二重権力を放置していた罰だったかもしれんな」


 当事者の目から見た昔話を聞き終えて、大人の隠し事に気付いた。


「つまり有美影俊の目的は二重権力の是正でも現政権への掣肘でもなく復讐だったと知っていたんですね」

「すまんな。本当ならば私が片付けなければならぬ案件。既に水面下では藤氏も平氏も隠密を遅らせていることだろう」

「それも、音羽さんを保護したときから既に、ですよね。何せ三家の権力者は皆かつての親友だったのだから」

「その通りだ」


 これですべて繋がった。どうして有美影俊本人の動向がまったくつかめないのか、事件の推移の違和感が解けていくような気がする。


「だから改めて君に依頼する。彼を、止めてやってほしい。今の彼には義臣でさえ敵わないだろう。もしも可能性があるとするならば、君と源為臣の二人だけ。私が頼れるのは君だけなのだ」


 これは、運命なのだ。気に食わない血筋で、師匠の弟子で、モノノフの系譜で、音羽飛鳥さんに力をもらって、そして音羽雪乃さんを守るために人生の分岐点で選択する。

 この血塗られた運命という名のレールに従って、果てなき戦いに身を投じることを。

 

「謹んで、お受けします」

ちょこっと登場人物紹介


源為臣 「きゅうきょくはかいしん」


童顔の僕っ子。声変わりしたのは19歳なので雨月・白峯時点だと声変わり前。身長体重は225cm280㎏。

源氏過激派の筆頭だが平家への憎しみ0%殺意0%で闘争本能の赴くまま暴れまくる怪物。弓を引けば戦車の正面装甲を貫徹し、太刀を振れば受け太刀ごと斬れる。

造士館中一の時点で既に三館序列4位まで上がり、6人がいなくなった後は無敗で卒業した。一応卒業は出来た。

元ネタは源為朝。

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