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マホロバのモノノフ   作者: しふぞー
第二章 降り積もる罪と責
16/46

此岸の暮らし

 哉人が音羽雪乃を拾った翌日。土曜日(曜日があるのはマホロバとホウライだけ)だったので哉人と千沙希は着物しか持っていなかった雪乃の服や日用品などを買いに西土岐にやってきていた。

 結局あれこれ相談したけど音羽さんの処遇も含めて全て自分に任されることになったのだ。橘氏内で一番戦闘力が高く、探知索敵能力が長けているのも自分なので自分が傍にいるのが一番安全なのだ。

 そう、寝ている時でも索敵ができるので寝込みに千沙希が自分の部屋に入ってきてあんなことやこんなことをしてるのも知っているんだよ千沙希。


「で、どうしようか」

「あなた通学路じゃないんですか?」

「行きは道草食ってる場合じゃないし帰りはだいたい車だからさ…というか君こそ修導館の中等部なんだからここ突っ切るでしょ」

「私は車で送迎してもらっているので」

「ああそう…」


 千沙希がジトーっとこちらを睨んでいる。確かに中学校が北土岐の庭乗(にわのり)中だから茂条(もじょう)の自宅からだと西土岐を通って通学することになる。

 だがあまり買い物には行かないからあんまりわかんないんだよな。


「とりあえずいつまでも君の服着させるわけにはいかないでしょ。幸い予算ならいくらでもあるから」


 華族はいくつものフロント企業を抱え、大手も老舗の多くはだいたいが華族の傘下で他の新興勢力も直接間接の差異はあるがスポンサーになっている。元々は封建体制のようなものだったから未だに政財界の中心だし様々な利権も抱えている。

 つまりスポーツ選手より遥かに儲かるわけだ。特に資産家の多い藤氏と商売の上手い平氏は湯水のように資金を運用できるし一番経済力の弱い源氏でも資金力不足になったという話は聞かない。

 橘の人材流出は外資と橘がブラック化してたのが大きいからさ…百鬼夜行の復興資金とかも全部橘が自力で捻出してるからな。

 そしてその橘氏の幹部である自分はそれに見合う報酬をもらっている。


「こんな服着たことないです。在原家の方が着ているのは見たことがあるのですが…」

「ああ、あの人たち傾奇者かハイカラさんしかおらんからな」

「そうなんですか?」

「一族全員芸術家だから」

「なるほど…?」


 千沙希は彼岸に行ったのは封印の一度だけ。そして彼岸の人たちが此岸に来るときはものの見事に本性を隠してくるので普段の姿をあまり見たことが無いのだろう。


「お、こういうのはどうだ?」


 店頭に並ぶ冬物のマネキンの一体の前で止まる。赤いハイネックセーターだ。


「しゅみ?」

「否定は…できないね…」


 とても体を絞るデザインなので体のラインがくっきりと出るデザインなのだ。


「こういうのが良いんですか?」


 特に何も知らない音羽さんがそのまま試着室に入っていく。

 

「あとで私の服も買ってもらえますか?」

「いいよ」

 

 隣から腰を小突かれて千沙希に睨まれる。心を読むまでもない。これは間違いなく嫉妬だろう。嬉しいが困ったなぁ。


「荷物が増えるようなら後で学文路さんに車を回してもらおう」

「初めから呼べばよかったのでは?」

「いやーあれ(百鬼夜行)以来特に鍛えなくても腕力が強くなっている気がしてね。多少重くでもなんとかなると思うんだ」


 これまでは筋トレとかもしていたのだがあれ以来何もしていないのに衰えるどころか少しづつ鍛えられているような気さえする。


「神通力の作用ね。前に凌雲殿に聞いたことがあるわ」

「初めて聞いた。というかあんまり聞いたことないな。普段は抑えてたし、師匠に教えてもらったのは使い方だけだったからなあ」


 そんなこんなで着替え終わったようで音羽さんが試着室から出てくる。


「どう…でしょうか…」

「よく似合っているよ」


 隣の殺意から逃れるように音羽の方を見る。平均的な千沙希とは違って大分プロポーションには恵まれているようでかなりの破壊力を有していた。

 この衝撃は昔憧れたあの人と立ち合いしたときに指一本で真剣を受け止められたとき以来だ!

 という内心の感動を表にだすと千沙希に暗殺されそうなのでいつも通りの笑顔を顔に張り付けてやり過ごす。


「この生地、あったかいですね」

「彼岸には羊毛素材はないからね。あったかいだろう?こっちだろう防寒着は色々あるから他のも見てみよう」

「はい!取り合えずこのせーたー?という服も買っていただけますか?」


 すこし緊張しながら上目遣いをされて耐えられなくなってきた。顔が火照ってきてしまう。


「いいよ、とりあえずそれ脱がないと」


 あっ、やべ。こここういう表現使っちゃダメなんだった。

 自分の腰に強烈な一撃が入るのと音羽さんが沸騰したように顔が真っ赤に染まるのが同時に発生し、自分の周囲の気温が一瞬で急激に上昇した。

 でもなんでそんなまんざらでもなさそうなんです音羽さん。あなた出会って二日ですよね千沙希みたいに忘却の彼方の記憶とかあるわけじゃないですよね。


 

「あとは足りない物ってなんかあったっけ?」

「音羽さんがしばらく此岸で暮らす分には十分でしょう」


 千沙希は言外に自分の分がまだと言いたげだが恥ずかしいのか顔は不満そうな不愛想な表情を保ったままだ。

 日が傾いてきた時間帯。少し休憩がてらカフェでお茶会と洒落込んでいる。荷物が多くなるたびに学文路さんに車を回してもらって預かってもらっているので今の手持ちは来た時から変わっていない。

 音羽さんは此岸の物が溢れる消費社会に目が回ったようで笑顔なのに心ここにあらずという珍妙な状況になっている。

 その姿を見てくすりと思わず笑ってしまう。

 

「じゃあ、帰り道に千沙希の服も買って帰ろう。何が欲しいか見繕っていたんだろ?」

「ええ。あなたが選んでくれてもよかったんですけれども」

「そしたら俺のしゅみで選ぶよ」

「別に、構いませんけど」


 なぜこんな対決のような状況になっているかよくわからないがまあ売られた喧嘩を買いましょう。後で絶対に後悔させてやる。

 俺は買うかどうか悩んでいたとある商品を通販で注文した。配達は今日中に届いて今夜には試せるだろう。

 俺は千沙希がどう反応するのか楽しみにしながらついでに同じメーカーの商品を片っ端から注文していく。

 夏前までは高校に入ったらバイトをしようかと考えていたが今や金額も特に見ずに購入して、事が終わってから使った総額と残額を確認するだけだ。ま、収支が常にプラスにしかならないのだが。



 その夜。届いた荷物は吉良さんが受け取って一応スキャンして何か仕掛けられていないか確認する。今回に限らず基本的に配達されたものは毎回スキャンすることになっている。

 さらに最上階まで届けにきた吉良さんがちょっと笑いそうになっていたので中身はバレているだろう。何せそもそも梱包に思いっきり用途が書かれてしまっている。

 

「ちゃんと未来のことも考えてくださいね」

「俺はちゃんと将来の計画はある程度作ってある。郎党も、部下も」

「ならいいんですけれど」


 そう、俺は残念ながらあれこれと安請け合いすることはできないのだ。

 なぜなら俺はマホロバのモノノフの弟子、いつかは師匠の後を継いでモノノフになる。モノノフになれば妖魔とは次元の違う相手と戦わねばならず、その危険度は華族の比ではない。

 橘氏の麾下としても、千沙希の想い人としても、学文路さんや吉良さんの上官としても、いつまでもこのままいられるわけじゃない。

 実際に此岸の高校に入学する方針だった師匠はその前にモノノフを継いでしまったので高校進学が出来なくなってしまった。

 一応他の後継者候補もいるにはいるが実力面では俺の足元にも及ばない。

 実家の跡継ぎはなりたい奴なんていくらでもいる。多分晋士とかもそう。橘家の屋台骨ももう俺がいなくてもそう簡単に揺らいだりはしないだろう。摂家を敵に回さなければ。

 千沙希はそのままで彼岸まで付いてきそうだけど。

 でも、今できることは全てやろう。今しかできないことは今全てやっておきたいんだ。

 というわけで俺はいそいそと準備をする。

 音羽さんはめちゃくちゃ寝るのが早いようでまだ午後9時半なのに既に就寝している。彼岸あるあるだ。向こうは早寝早起きな人がとても多いのだ。

 彼女はしばらく哉人の寝室から遠い客間で寝起きするので深夜に騒いでも起こしてしまうことは無いだろう。


「おまたせしました」


 寝間着に着替えた千沙希が恐る恐る部屋に入ってくる。そして部屋に入ってすぐに積みあがった梱包箱の山を怪訝そうな顔で見る。


「ふふふ、驚いた?これが俺の選んだ君へのプレゼントだよ」

「この梱包箱の山全てですか?」

「そそ。中、見てみ」


 千沙希は恐る恐る中身を覗く。そして一度苛立ちやら驚きやらを詰め込んだ目でこちらを見てからとりあえず一番上にあった服を取り出す。

「なんですかこれは」

「何ってコスプレグッズだよ。とりあえずテンプレを片っ端から集めてさらに友達モミジに教えてもらった海外のサブカル作品のコスプレもたくさん用意したんだよ」

「これを…外で…!?」

「いや外に着ていく服は店で買ったでしょ。これは家の中で着るものだよ」


 布面積がどれも削っているデザインでコスプレ業界では有名なのだ。そして普段使うことも前提に高い生地を使うというオプションが付いているので今回は全て高い生地の方にした。普通に安かった。以前の小遣いでも買い集めれるぐらい安かった。

 優等生でお嬢様育ちの千沙希にはこういうのを目にする機会はほぼほぼ無かっただろう。それだけに困惑と驚きが見て取れる。


「まあ取り合えず試しになんか気に入ったやつを着てみてよ」

「えっ…!?いや…その…」

「俺に選んで欲しかったんだろ?」

「えっと…あの…」


 完全に混乱している。神通力のコントロールが乱れて心の壁が崩れ始めた。

 いいぞいいぞ。


「じゃあ俺が選ぼう。じゃあこれで。とりあえずそこの物置で着替えてね」

「え?えっ!?」


 否定も肯定もままならない混乱状態の千沙希に自分が選んだお気に入りのコスプレを持たせてまだ何もない物置に押し込む。コスプレグッズを押し込む予定だ。

 電光石火で押し切ったのが功を奏したのか戸を一つ挟んで千沙希が着替えている音が聞こえる。

 やはり物事を解決するにはパワーだな。


「サンキュー、モミジ」


 難題を相談したのにもかかわらずまっすぐに助けてくれた友人に感謝しながら千沙希のコスプレ姿に期待する。

 その時意外な人物からメールが届いた。


「都?」


 妹弟子(と哉人は思っている)から珍しく連絡が来たので中身を確認する。


哉人へ

指定された屋敷はもぬけの殻だったよ

密航した痕跡もあったからもう彼岸にいないんじゃないかな

凌雲は多分観測して知ってたっぽくて私が代わりに確認だけしてきた

密航についてはもう此岸に通達したらしいからそっちの管理局に問い合わせてみたら

在原都より


 突っ込んだら負けだ。

 管理局とは彼岸と此岸の移動及び通路を管理する機関、三途管理局の事だ。四摂家からのみ人員を集めており、これが此岸側が彼岸を華族が独占するシステムになっている。

 往来するにはここに届け出をしなくてはならず、天文台で往来を観測し密航を割り出す仕組みだ。なお管理局には往来があったかを調べることはできないので天文台が黙っていれば密航は可能にもなる。天文台側は密航が出来るともいうが。

 取りあえずは密航技術の出所を調べてもらいつつ此岸に絞って捜査をしよう。

 明日から。今日は遅いし管理局も閉まってる。何より千沙希のコスプレ姿が見たい。

 もうすぐかな?


「着替え終わった?」

「終わりましたけど…布面積が狭すぎませんか?」


 彼女に渡したのはオーロラベール・アイシィロイヤルというコスプレ。何かの叙事記の登場人物の服装らしい。 

 オーロラを模したシースルーで覆われた氷の意匠のマイクロビキニ。当然あってないようなもの。

 俺が戸を開けるとそこにはまさしく女神がいた。


「可愛い…」


 その言葉は思わず溢れた。

 千沙希は恥ずかしくて赤面しているが心は褒められてまんざらでもなさそうだ。

 そんな彼女の手を引いてベッドに腰掛けさせる。


「可愛いよ千沙希可愛いよ」


 赤面し、完全に混乱の中で身動きが取れずに焦点が合ってるんだか合っていないんだかわからない目でこちらをじっと見ている姿がとても可愛らしい。

 むにむにと顔を揉んだり撫でたりして遊ぶ。千沙希はふやぁとかやぁとか言ってなされるがままになっている。可愛い。

 やはり買ってよかった。


「うりゃうりゃうりゃうりゃよしよしよしよし」

「や…やめ…うにゃあ…」


 やめてと言っているが心の声は真逆のことを言っている。

 そんな幸福な時間を割くように緊急通信を着信した通信端末がアラートを鳴らす。

 無視するという選択肢も無くは無いがこれが本当に危険な事態だったら取り返しのつかないことになる。

 ため息をついて心惜しいが千沙希から手を放して着信の要件を確認する。


「正貴…?」


 送り主は楠木正貴、先日ついに京介さんの食客にまとめられていた旗本を部隊編成しなおし組織改編した際にその卓越した指揮能力を見込んで幹部に取り立てられて旗本衆を取りまとめる立場になった。序列は俺の方が遥かに上だが立場は同じ幹部になった。

 どうやら地下街に発生した妖魔が増殖するタイプだったらしく巡回部隊だけでは埒が明かないらしい。ネットワーク型かクイーン型か判別の付けられないあたり大分苦戦しているらしい。

 他の部隊にも動員がかかっているから放っておいても明朝までには解決するだろうが地上に溢れたり地下鉄路線に入って移動し始めたら面倒極まる。

 自分の部下たちにも動員をかけて行こうかとも考えたが芦屋という追手が襲撃してきたら千沙希では絶対に勝てない。

 少し逡巡した末に自分一人で解決することに決めた。


「千沙希、今から一人で行ってくる。もしも帰りが遅かったら先に寝ててくれ」

「う、え?あ、はい!」


 俺はデバイスから装備を呼び出し、窓を開けて身を躍らせる。最近追加した着脱式の翼を広げて飛行姿勢を安定させ速度を上げて一気に夜を駆ける。

 一人残された千沙希は少しの間呆然としていたが開けられた窓から吹き込む肌寒い冬の風で火照った体が冷えていくと共に混乱していた思考が冷静になっていく。

 恥ずかしさ、嬉しさなどがひとしきり駆け抜けていったあと僅かな後悔と大きな充足感、そして出来心と山のように積みあがったコスプレグッズの山が残っていた。


「へくちゅ!」


 ほとんど裸に近い恰好では12月の夜の風は寒すぎる。

 千沙希は窓を閉めて空調で暖房をかけてからもしかしたらととあるコスプレを探し始めた。

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