かつての親友
源義臣はとある一室で酒を飲んでいた。正面に座るのは平氏長者、平将清。
「…聞いたか?」
将清が静かに口火を切った。義臣も頷いて答える。
「ああ、音羽の娘が橘に転がり込んだんだってな。まさかと思ったがアイツならやりかねん」
「最近な、お前の倅達、鞍馬党とか言ったか。アイツらを見る度思い出すんだよ」
5人で自転車に乗って登下校する鞍馬党。まさしく青春だ。
眩しく、実に楽しそうで。
「…そうだな…」
「このままいけば橘は有美と衝突するぞ」
「それも、運命だったのさ。きっと、あの少年のな」
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時を遡り20年前。
三館武闘祭。
「うぐっ…ぐすっ…」
「まだ泣いてんのか」
「だって…だって…」
造士館の平正清が飲み物を片手に待機ラウンジに戻ってきてもまだ橘右京は瞼を腫らして涙を流していた。
「よしよし、右京も頑張ったよ。なあ将清」
右京に付きっきりで慰めているのは修導館の音羽飛鳥。右京と同級生ということ以上に親友として付き添っていた。
「そんなこと俺に言われてもなあ…」
「婚約者に…ぐすっ…必ず勝ち抜くと…約束したのに…ぐすっ…」
「いやいや、流石に無理があるから」
将清にそう言い切られてしまい右京はまた大粒の涙とともにむせび泣く。
「あーあーあー」
「知らね」
大会は準々決勝第四試合まで進み、準決勝に進出を決めたのは第一試合の勝者音羽飛鳥。第二試合で右京を破って進出した有美影俊。第三試合の勝者平正清。
そして最後の一枠をかけて第四試合が行われている。
今のところ丁度修道館、明倫館、造士館の3館からバランス良く一人ずつ輩出している。
いつまでも泣き止まない右京が面倒くさくなって遠巻きに位置取りながら第四試合を観戦している有美の隣に座る。
「おつかれさん」
「…ああ」
有美はいつも通り不愛想に返す。いつもこの調子なので最初こそぎこちなかったが将清はなんとか適応して上手くコミュニケーションをとれるようになった…と考えている。
「アイツ(右京)、強かったか?」
「…あまり…」
「だよなぁ…」
有美はいつだって端的に正直に本質だけを伝えてくる。彼にとって無駄は省くべきものである考えているのも大きいのだろうが今回は言い切ってしまった方が良いと考えたからなのだろう。
確かに右京はこの高校三年間で強くなった。本来は此岸の学校に通う必要のない彼岸のモノノフである飛鳥に鍛えられて自分でも努力して強くなった。
だがそれでも埋められない差があった。
「アイツには不向きだったというだけだ」
「同意。いい奴なんだけどなぁ…」
そう言っている内に試合に決着がつき、勝者に歓声が上がる。
これで準決勝の四人が揃った。
今戦いを終えたばかりの二人もラウンジに合流する。
「だぁぁぁぁぁぁぁっぁっぁぁぁぁぁぁぁ負けたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!」
部屋に入るなり叫んだのは造士館の源義臣。結構善戦したが最後に一歩、遅れたのが致命傷だった。
その後ろから現れたのは勝者、最後の準決勝進出者、明倫館の生徒会長である藤原巽。
「とても危なかったよ。応援のおかげで勝てたんだ」
「ハァァァァァ!ウッゼ!うっぜぇ!クソッ!腹立つゥ!」
巽は悪気無く言っただけなのに義臣が荒れている姿を見て自分が何か至らぬ点があっただろうかとしょんぼりする。
「将清ォ!次はお前だろ!?コイツぶっ飛ばしてくれよ!!」
「俺を巻き込むな」
準決勝の組み合わせは飛鳥と有美、将清と巽。だがこの6人全員を見ても飛鳥と巽の力はまた一段上だ。無論、右京はさらに一段下だ。
有美と将清と義臣に実力の差はほとんどない。なんなら飛鳥と巽に次ぐのは義臣だろう。二人とさえ当たらなければ最高で決勝まで進めただろう。決勝の相手は間違いなく二人のどちらかになってしまうが。
事実去年は準々決勝で有美を、準決勝で将清を破って決勝に進出した。決勝で巽に負けてしまったが。ついでに言うと一番盛り上がったのは言わずもがな飛鳥と巽の準決勝だ。
「義臣、敗北は誰にでもあるんだ。受け入れなきゃ」
「テメェ高校三年間で負けたの一回だけだろ!親善試合とか含めても!」
その一回こそ決勝より盛り上がった準決勝だ。その年は準決勝に3年生が残れず話題になった。
一年生の時はなんと準々決勝の3試合で6人で埋まったのだ。結果準決勝に一人残ったが飛鳥に瞬殺されて話題になった。
結局この6人はこの世代の中で突出していたのだ。
この戦いも決勝で飛鳥がギリギリで巽を破って優勝した。年間成績でついに修導館が明倫館を上回ることが確定した。
飛鳥はこの激戦の中でも一際輝いていたのだ。
6人で自転車に乗って良く遊びに行った。ゲーセンに行って、スポーツセンターにも行って、道場破りもした。
眩い青春時代を過ごした。
いつだってリーダーは巽でいつだって一番だったのは飛鳥だった。
それから5年後、音羽飛鳥は23年という短い人生を終えた。洛都のとある病院で、まだ生まれる前の娘と体の弱い妻を守るために戦って、そしてまともに戦える状況ではなかったのにも関わらずに戦い抜いて果てた。最後まで彼は敗北しなかったのだ。
まだ13歳になったばかりの愛弟子と、身重の妻を残して。
彼の命を奪ったのは、政府内の反華族派閥だった。この事件を期に政府の平民閥はどんどん弱体化していき、藤原家が勢力を増していった。その性急さゆえに内部抗争も苛烈化していったが主導者の巽は気にも留めていないようだった。
そしてやがて巽、将清、義臣、右京はそれぞれの氏族の長者となった。義臣は数年前に既に長男にその座を渡して院政を敷いているがそれぞれの家で最高の権勢を持っているのは相違ない。彼らは背負うものがあった。
それぞれの方法で飛鳥の死を受け止めていった。しかし自分の家の勢力のない有美は違った。
彼に失うものは無い。結果、もう引き返せないところまで進んでしまっていた。
そして現在。
有美影俊討伐の命が、御影哉人に下った。
ちょこっと登場人物紹介
平将清 「合理的は全てを解決する」
百鬼夜行以前の橘の比じゃないぐらい没落していた平氏を一人で立て直した怪物。本当になんで源氏と対立していたかそもそもどうやって戦い続けられていたかもよくわかっていない。
造士館在学中は生徒会長を務め、卒業時の三館序列は第三位(造士館だけだと第一位)。
元ネタは平清盛。
音羽飛鳥 「飛べない」
名前のわりに空中機動力は別にそんなに高くない先代マホロバのモノノフ。
対人戦だけ矢鱈強く、対妖魔では多分義臣の方が強い。
修導館卒業時の三館序列は第一位。
藤原巽 「存在しない正解答」
婚約者に生徒会長選挙で惨敗した藤原の跡取り。
人を誑すことに関しては文句無しの此岸一である色男。だが鈍感だ。
神通力が毛ほどだけ使えるが戦闘には全く使っていない。それでも飛鳥を何度か下すぐらい強い。
明倫館卒業時の三館序列は第二位(明倫館だけだと第一位)。
元ネタは藤原道長