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マホロバのモノノフ   作者: しふぞー
第二章 降り積もる罪と責
13/46

好景気の立役者

 ホームルームが終了して俺はすぐに帰る準備をしつつ携帯端末で部下からの報告を確認する。

 洛都を震撼させた百鬼夜行から4か月弱が経った。真秀暦は12月に入り、冬になったことで大分寒くなって来た。寒くなってくると年中行事がいくつか思いつく。聖カルナの誕生祭(クリスマス)、大晦日にお正月、そして受験シーズン。

 俺たちは中学3年生。高校受験の年だ。この国ではかつてのギャラクシーのソルジャーテストに倣って中学3年と高校3年が1月に全国で一斉にテストを行う。一般的にそれぞれ高校受験と大学受験の一次試験に利用されており、このテストの点数だけで合格判定を行う学校もある。さらには公務員試験ではこのテストで高得点を取っておく必要がある。就職でも大手企業では高校生用のテストの点数が問われることも多い。

 一応高校生用のテストは2回目以降無償でなくなるだけで何度でも受けられる。結構平民華族問わず毎年受けるっていう人は多い。目的はそれぞれだけど。

 中学生用のテストは一回こっきり。つまり失敗は許されない。華族ならば腕っぷしで入れる学校に行けばいいが平民はここで進学、さらには就職にも影響が出る。

 となればみんな血眼になって勉強している。

 俺?俺はね…


「哉人はもう特待生で内定もらえてるんだっけ?いいよなぁ、受験勉強しなくて良くて」

「まあね」


 ふと顔をあげると友人学生かばんを片手で背負いながら話しかけてきた。

 彼の名は大原拓也。華族の序列では最下位の半家の出自。俺も夏までは半家だったので同じような境遇だったからとてもよく遊んだ。小学校以来の幼馴染ってやつだ。

 同じ志望校を志していた同士でもある。まあ俺はもうその志望校に内定してしまったのだが。

 

「そういえばもう一人修道館を目指す奴がいるらしいぜ」

「知ってるよ。本人から聞いてる」

「そんなのとっくに喋ったわよ」


 拓也の隣にいつの間にか立っていたのは中学から仲良くなった女子、上杉文香。彼女も半家の出自。この中学校では華族はこの三人だけだ。だからこそずっと同じクラスにしてもらえたし、仲良くなった。

 

「あれ?こないだ造士館と迷ってるって言ってなかった?」

「そんな遠いところ行くわけないでしょ」


 別に遠くないと思うんだけど。

 この国の華族養成機関兼最高峰の難関高校がこの洛都に三校存在する。

 藤原氏が創設した明倫館、源氏と平氏が共同で創設した造士館、そして橘氏が創設した修導館。合わせて三館と呼ばれている。

 真秀一の名門校にして多くの華族と平民の中でも資産家政治家など名家がこぞって通う明倫館。

 源平が仲が良かった時に共同で設立したものの対立して分裂しようとしたけど政府(当時は完全に藤原家の言いなり)が許してくれなかった優れた武人を次々輩出する造士館。

 そして橘家の勢力が度々後退するせいでどんどん志望者が減ってしまったので平民に門戸を開いて平民の登竜門となった修道館。

 華族の多くは基本的にこの三館を目指す。四摂家とそれに次ぐ清華家などの家格高い家はこの三館からスカウトするからだ。


「私も橘家への仕官を目指すの!」


 文香は声高らかにそう宣言する。かつては落ち目だった橘家は家格が低く血族の勢力を作れない下級華族が曲がりなりにも摂家である為仕官を目指すが一段下の清華家の方が有望という立ち位置だった。

 しかし百鬼夜行を鎮めたあの源義臣と互角に渡り合う空亡なるデバイサー。会盟を開き復興を主導し今一番の投資先として海外からも注目を浴びている跡継ぎの橘京介。脳筋野生ゴリラゲリラ軍団を率いて百鬼夜行で妖魔を殲滅しついでにPMCを駆逐し妖魔被害をほぼゼロまで抑えている名将楠木正貴。

 その他多くの者たちが百鬼夜行以後名を揚げて勢力を盛り返しており、仕官を目指す者も増えてきている。


「それ、哉人が橘家に仕官したからか?」

「ち、違うわよ!」


 嘘だ。文香はツンデレなんだ。元々わかりやすかったけど神通力を使いこなせるようになって非常に自分に好意的であるとわかった。

 俺を追いかけようと高校も、その後の仕官も同じところにしようとしているのだ。

 ちなみに俺が橘家に仕官したことは周知の事実だが空亡であることは言っていない。少なくとも高校を卒業するまでは黙っておきたい。


「別に、実家から通えるからよ!」


 そもそもこの中学校も橘領内にある。橘家の勢力が弱いから結構俺みたいな曰くつき華族や二人のような下級華族が隠れて住んでいたりする。平民が多いから華族同士で対立とかを持ち込みにくいのだ。

 でも仕官するなら住み込みとかの方が多いんだから実家が近い必要はなくない?


「ま、何でもいいけどさ。哉人、帰ろうぜ」


 二人は学習塾に通っているが立地的にも時間的にも一度家に帰るのだ。帰る方向が家出する前も家出した後も変わらないからいつも三人で帰っている。


「いや、今日は急に仕事が入ったんだ。悪いな」

「そっか、頑張れよー!じゃあなー!」

「ケガするんじゃないわよ!」

「ありがと!じゃあまた明日!」


 俺はかばんを片手に駆け足で下校する。

 学校の近くに停まっている車に乗り込む。中で待っているのは自分の旗本の学文路(かむろ)(おさむ)

 青田刈りされて一度辞めた元橘家配下である。

 百鬼夜行以降結構戻って来た人が多く、その中でも有望な若手を何人かスカウトしたのだ。

 実際はPMCが撤退して路頭に迷っていたのを京介さんが一度辞めたことは不問とすると布告し、戻ってきた人を新しく幹部に昇格した者たちの配下に配ったのだ。

 これ京介さん自分で考えて采配したんだぜ。急成長しすぎだろ。


「じゃあ現場までよろしく」


 そういうと揺れることなく車を発進させる。実に優秀だ。



 隣国、蓬莱の故事。「会盟」とは国を打ち立てた第一人者がこの世を去った時、その第一人者の息子がすかさず残った父の家臣を集めて一つの卓に座らせ、これからのことを決める会議を主導し、その会議を主催することで後ろ盾も知恵も力も無かった息子が国家運営の主導権を取ることができたのだ。

 最初は別に父親の方の橘右京が行えばいいと連絡したのだが、橘氏長者として勢力の立て直しに集中するために息子の京介さんに会盟の代表者をさせたのだ。

 京介さんは会盟をつつがなく司会進行し、そして自信がついたのか抑揚のない話し方をやめ、良く通る声で次々と指示を飛ばし、そして多忙な中でも必ず部下の報告は立ち止まって聞いた。

 自信がついても別に能力が伸びたわけではないから神輿の中から外に出ただけだが下で担ぐ者たちのやる気はそれだけで変わるものだ。みんな上を向いて仕事ができるようになった。能力で劣っても気持ちは劣らなくなった。

 それはとても良いことだ。だがこの世の万象は常に零に収束するもの。良いこともあれば同時に良くないこともどこかで起こっているのだ。

 そう、京介さんも例外ではない。


「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおああああああああ!シャーーーーーーーーーッ!逆転だー!」


 飛び上がってガッツポーズを決め何度も拳を握りしめて感情を爆発させるのは今この洛都で一番話題の男、橘京介。

 七曜杯、準決勝第二試合。グラフィティ洛都対七代(ないしろ)紫泉(しせん)

 試合は強豪の紫泉が前半で大幅なリードを取って折り返したが後半に入るとグラフが凄まじい追い上げを見せて今まさに逆転したところだ。


「はいはい、少し冷静になってください。はい、お飲み物をどうぞ」


 俺は京介さんの肩を掴んで椅子に座らせ、スポンサーからの提供品の良く冷えたスポーツドリンクを飲ませてクールダウンさせる。

 そう、京介さんはスポーツ観戦が大好きなのだ。特にこのグラビティボールというスポーツは格別なようで橘家(今の代表者は橘京介)がオーナーを務めるグラフィティ洛都の熱狂的な大ファンなのだ。

 昔から観戦する時には熱の入った応援をしていたが会盟を成功させて以来感情を爆発させて応援する様になった。

 

『おや、どうやら貴賓席でグラフィティ洛都のオーナーである橘京介氏が感情を爆発させてお喜びしていますね』

『苦節20年、強豪と言われながらタイトルに縁がありませんでしたからね』


 そう、実況解説にも笑われている通り我らがグラフィティ洛都はリーグイチの金満球団でありながらここ20年の獲得タイトルが見事ゼロであり、ネット上ではお笑い球団として親しまれている。資金力があるのに強奪しないしプレーもリーグイチクリーンであり何より設備投資や戦術研究などにも余念がなくっさらにはスポーツ振興や次世代への投資も積極的という好感しかない球団である。

 近年ではリーグを3度2位を終えたりトーナメント形式の大会でも準決勝進出率が第二位にも関わらず毎度ボロ負けして敗退する姿はまさしく一年かけたコントである。

 対する七代紫泉は真秀の一番西にある軍港であり、かつてギャラクシーを相手に真秀を守った伝説的名将、望月湊(もちづきみなと)が率いる艦隊の母港にして隠居していた場所、七代をホームタウンとするチームである。そんな大英雄の妻、(ゆかり)(こちらも当時の英雄的活躍をした神通力使い)の名を頂き強者のメンタルを代々受け継いできた結果現代まで常に優勝争いを続ける常勝軍団となり、今年もリーグ戦でも2位以下に圧倒的大差をつけて優勝した。

 だが今日は奇跡的な大逆転でグラフィティ洛都が優勢である。

 試合は終了目前、そこそこのリードを保っており大崩れしなければ再逆転もないだろう。


「そこだ!行け!決めたァ!」


 グラフ(グラフィティ洛都の略称)の未来のエースと言われている高卒新人がゴールにボールを叩き込んでさらにリードを広める。

 グラビティボールは立体空間で行うゴール型チームスポーツ。つまり他の競技同様の地上戦が空中にも広がって行われるためよりアクロバティックな動きが大きくオフ・ザ・ボールで芸術的な動きが良く見られるのも特徴だ。

 そう、ムーンサルトでマークを躱してバイシクルシュートという美しいプレーに会場中が沸き立ち、そして試合終了のブザーが鳴る。


『試合終了ー!グラフィティ洛都!決勝進出ー!』

『決勝の相手も同じ洛都をホームタウンとする洛都天狗団ですからね、洛都ダービーということになりますね』


 実況解説も驚いている。この試合の結果予想は大半が紫泉だと予測していたが結果はこの通り。となればファンは尚更大喜びだ。


「シャアアアアアアァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーッッッッッッッ!」


 再び京介さんが飛び上がって大暴れ、そしてジャケットを脱いで投げ、そしてシャツのボタンに手をかけた。


「不味い!」


 ジャケットは俺の部下の吉良成彦(なるひこ)がスライディングしつつキャッチ。ナイス!

 俺は京介さんの郎党と共にしがみついて腕を抑える。


「脱がないでください!」

「放せ!俺は脱ぐんだ!」


 何が人をここまで熱くさせるのだろうか。スポーツがまさか裸族を生み出すとは想像できたものがいただろうか。

 チームスポーツは弱者が一人では叶わぬから徒党を組んで行うもの。強者たちはそう言って嫌煙するが果たしてどうだろうか。

 みんな彼を弱者だと思っていた。しかし武人が数人がかりで抑えているのに個人の膂力でその玉体をあらわにするために筋肉を躍動させていく。

 華族がなぜ平民と一線を画す身分として許されているのか、その一端を見せつけるように手はもう一度ボタンへと少しづつ近づいていく。


「嘘だろ!?」


 まずい!止められない!しかしさすがは摂家跡継ぎの郎党。既に貴賓室の窓に備え付けられているカーテンを掴んで走る。

 既にボタンが二つほど外れており、既にタンクトップがもろに見えてしまっている。


「急げ!」


 そしてついに京介さんは叫びながら俺達を振り払い、シャツのボタンを一瞬で全て外し、タンクトップを脱いで振り回す。

 俺達が振り払われるのと同時にカーテンが閉められる。


『今橘京介氏が脱ごうとしていたので周囲に止められていましたね』

『あ、今カーテンが閉められました。あれ部下に組み付かれて止められていましたね』


 ガッツリ中継映像に収められた苦労を見ながら俺は貴賓室のふかふかな絨毯を堪能する。なぜかとても疲れた。千沙希はこんな人と毎日暮らしていたとか尊敬の念を禁じ得ない。

 他の部下がいる手前いつまでも転がっているわけにはいかないのでむくりと起きてふと端末を取り出す。

 その瞬間に緊急出動要請(スクランブル)警報(アラート)が鳴り、振動し始める。

 急いで飛び起きてデバイスを取り出し装備を纏う。


「学文路!吉良!行くぞ!」

「「了解!」」

「御影様!ご武運を!」


 京介さんはどう見ても正気ではないので郎党の一人が代表してこちらは任せろとばかりにジャケットを吉良から預かり、また一人が貴賓室の扉を開けてくれる。

 そのまま窓を開けてスタジアムの外へ飛び出す。そのまま空を蹴って流星のように空を翔る。

 街中で空を飛ぶのは基本的には法律で禁止されているが許可された緊急出動要請を受けたデバイサーなど緊急時に限り空を飛び回ることが許されている。

 実際に重力に反して飛べるのは神通力使いに限られるのでほぼ全てのデバイサーは壁を走ったり三角飛びしたり屋上を飛び移ったりして移動する。

 だから俺の機動力に追いつける人はそうそういないんだ。

ちょこっと登場人物紹介


大原拓也 「アイボー」


哉人の小学校からの幼馴染。病床の両親を支えるために隠れてバイトしたりしている苦学生。ずっとバケモノの相手をし続けてきたのでそこそこ強い。学生の中では…と付け足す必要があるが。


上杉文香 「馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


哉人の中学校での友人。絵にかいたようなツンデレ。哉人がただの鈍感だったら致命的だったが心の読める鈍感なので空回りにしかなれない素直になれないお年頃。

ちなみに哉人が大切にしているのは手の届く日常。つまり家族を除いて一番大切にしているのは学友。そう、千沙希を越してヒロインレースナンバーワンだ。


学文路修 「アッシー君」


運転が一番うまかったばかりに例え火の中水の中お呼び出しのかかる苦労人。拓也と同じような境遇の苦労人。

かつて明倫館で三本の指に入る有望格であり、今も橘の幹部候補だがどうも報われなさそうなフラグを次々立てている。

がんばれ。


吉良成彦 「恥と外聞は浜で死にました」


学文路の一つ年下であり、スカウトされた先も同じだったのでずっと一緒に働いている。武士の誇りも何もかも投げうって体を張ることに定評があり、例えその人気の高い甘いマスクが泥にまみれようと笑顔でいられるすごい人。修導館のOB。

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