表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マホロバのモノノフ   作者: しふぞー
第一章 一縷の希望
12/46

虚しき夢の果て

 百鬼夜行から数日。

 土岐駅の大通りと若者に人気の繁華街をどちらも見下ろせる一等地の超高層タワーマンションビルのペントハウス。

 哉人は高級品のテーブルで優雅に昼食を食べていた。


「覚えているか?俺がいつぞやの運動会の帰り道を」

「覚えていますよ。まさか本当に実現してしまうとは…。あの日には夢にも思っていませんでしたよ。()()()


 哉人の正面に座って昼食を共にしているのは弟の晋士。

 哉人と晋士は夏前まで親子三人で暮らしていたのだが母が入院、兄は家出、弟は父に引き取られて共に暮らせなくなっていた。

 時は遡って二人が小学生だった時。運動会の帰りに三人でこんな会話をしていた。


「タワマンってさ、上に行けば行くほど偉いらしいぞ」

「兄さん、それは景色がいいほど高い値段が付くからです」


 当時から晋士は家庭内でもとても礼儀正しい口調だった。他人行儀のように見えるが晋士が心を開く相手は家族だけで小学校には友人もいなかった。

 そんな二人の会話に静流はこういった。


「ねぇ、二人共。タワマンの家は何階に行っても二軒三軒と入っているんだけど、最上階のペントハウスだけは最上階から屋上までまるごと一つの家にできるんだよ」

「母さん、ペントハウスに入居できるのは建物のオーナーだけですよ」

「晋士!母さん!俺はいつかデバイサーになって稼いでオーナーになってペントハウスに住むんだ!」

「万が一という確率ではないと思いますけど、もしもペントハウスに住めたなら、招待してくださいね」


 そんな微笑ましい団欒。子供の夢見物語がまさかの実現である。


「まさか兄さんが家出したのに再会がペントハウスに招待になるとは思いもしませんでしたよ」


 今日は哉人が晋士を招く形で約一か月振りの再会を果たしていた。二人で食卓を囲み、朝食の団欒の時間。


「母さんの病室に桃を差し入れたのは兄さんですね?」

「そうだよ。師匠の親戚にもらったんだ」

「どうして母さんに会いに行ったのに僕には会いに来てくれなかったんですか?」

「だって…そりゃぁ」


 哉人が言葉を濁すが本心はしっかりと晋士は分かっている。

 これまで何もしてこなかった父親を家族だと認めたくないのだ。だから父親が引き取ると言っても家出してまで抵抗した。

 その末に他家に仕官した挙句の果てに、


「どうして橘千沙希が家事をしているんですか?」

「そりゃ俺の記念すべき郎党第一号だからさ」


 主君の娘を分捕って独立した。今の哉人は自分の勢力として御影衆を立ち上げ、橘右京の食客から橘氏勢力の幹部に成り上がったのだ。裏切りが相次いで幹部の席が半分空き、そして百鬼夜行を集結させるという大手柄をあげたことで褒美を好き放題せびることが出来たのだ。

 哉人が望んだのは食客から幹部への昇格、一等地に立つ売り出し中のタワマンの権利(建物自身と周囲の土地込み)、そして千沙希を自分の配下に加えること。


「千沙希は俺の郎党に頂く」


 許可を確認することなくそう宣言して自分の手元に置いた。ちょっと強引過ぎたかと反省はしている。

 橘右京や橘京介は呆気に取られてまともに受け答えできなかったので押し切った。

 でも二人の本心は神通力で読み取れてしまった。二人は千沙希の苦悩をちゃんと理解していた。だから仕事の調節はしっかりとしていたようだ。

 そもそも橘の没落も千沙希の準星への覚醒から始まっていた。妖魔を強弱問わず引き寄せるため千沙希には精鋭を護衛に付けていたが24時間欠かさず護衛を付ける必要があり、それが配下の負担となっていった。悪徳業者やスパイがこれを聞きつけ、精鋭を片っ端から引き抜いてしまった。普通の待遇でも橘氏よりも待遇が良くなってしまい、橘氏の戦力はもちろん千沙希の護衛も弱体化してしまった。その結果千沙希と共にいた母親が犠牲になってしまい、橘右京はここに至って準星の恐ろしさを後悔し、不干渉の暗黙の了解を破ってまで在原にすがった。

 千沙希が平穏に暮らせるようになっても失った戦力は元に戻らなかった。さらには精鋭から逃げ出す様を見て信用を失い、尚更没落は止まらなかった。

 幹部の多くも裏切りはじめ、残っているのは楠木家を筆頭とした縁戚関係にある現政権成立以前からの譜代だけである。

 それが残った2軍の戦力を他家に張り合えるぐらいには増強させ、源氏からも認められ、あまつさえ平家との交渉にも立ち会い、ついには四摂家が組んでも倒せなかったデイダラボッチを打倒して愛娘を救い出してくれた。

 これはもう全幅の信頼をして娘を預け、そのままくれてやっても納得がいく。親心としては忘れられぬ初恋が成就して目出度い事この上ない。一等地のタワマンも百鬼夜行のせいで買い手が使いないのも背中を押した。

 結果破格の褒美をポンと与えることになった。ついでにボーナスも大金を与えた。独立の支度金にするためだ。

 哉人は橘氏の軛を外されてもしかたないとも考えていたが、もうここまでくると申し訳なくなってくる。

 細かい裏話は千沙希の護衛件お目付け役、簡単に言うと執事の爺やである楠木正則から聞いた。この話を土産に千沙希とともに配下に加わって今はこのタワマンの中層階に住んでいる。

 千沙希はそんな周囲の思惑は露しらず、不愛想に家事をしているが内心はとても幸せに感じていることを哉人は神通力で読み取る。


「もう理解することは諦めましたよ」

「実は俺も理解することを諦めた。現状は俺の制御の範疇にはない。見ろ、あれを」


 そう言ってテレビを見るとそこには此度の事件についての特番がどのチャンネルに回しても報道されていた。

 橘家の秘密兵器『空亡』!、だとかあの源義臣が認めた剣聖!、だとか一騎当千万夫不当の大英雄!、だとか。

 どうやら俺の二つ名は空亡に決まってしまったらしい。そのあとは尾ひれがついて俺の手から離れて育ってしまっている。逃した魚が成長してでかくなった。

 

「でもどうして空亡のイメージがどこもボディビルダーか野性味あふれる強面なんだ?どいつもこいつもそろって頬骨が目立ってるんだ?」

「それはあの脳筋野生ゴリラゲリラ集団の橘氏武者をまとめ上げる人物と言われたら誰もがボス猿を想像するでしょう」

「しょーがねぇーだろどいつもこいつもセンスねぇーんだから」

「センスが無いからこそスカウトされなかっただけでしょう」


 哉人は口を尖らせて膨れるも晋士は慣れたように流す。


「どうやら実名はまだ公開していないんですね」

「俺は別に何も言っていないけど本家とか源義臣とかが黙ってくれているっぽい。今度なんか土産(みやげ)でも持って行った方がいいかな?」

「桃とかは避けて市販品にしておいた方がいいですよ」

「わかってるさ。なんのしがらみもない奴にするよ」


 昼食を食べ終えると食器は千沙希が片付けて、食後のコーヒーを出してくれる。

 千沙希は晋士が来る前に昼食をとっていたので給仕に専念している。

 

「…これからは橘氏でやっていくんですか?」

「そうだな。もう、引き返せないしな」


 橘氏が完全に復権したことで橘氏内での伏見さんの立場がなくなり立て直しに手を貸したという僅かな功績だけを手土産に彼岸へ帰らなければならなくなったのは完全に哉人が引き起こした事態だ。得られるはずだった影響力はそっくりそのまま哉人のものになり、哉人の郎党に千沙希が入ったことで此岸に手を出そうとすれば二人にまだ恩を売っている在原家が邪魔になって身動きが取れなくなる。

 簡単に言うと裏切ったということになる。ほとぼりが冷めるまで天文台には関われない。

 自分が大きくなったが頼りになるものをまた一つ、失った。

 哉人は何を考えたかコーヒーを一気に飲み干してから窓から洛都の市街を見下ろす。


「でも、何があっても俺たちは兄弟だよ」

「兄さん…」

「千沙希、一つ頼んでいい?」



 御影静流は病室の窓から流星が流れた空を見上げる。手元の携帯端末にはとても仲の良い兄弟が肩を並んでタワーマンションの大窓を背景に揃って笑顔を浮かべている写真が写っていた。

ちょこっと登場人物解説


橘千沙希 「完璧で究極のメイド」


ついに本性を現したメイド。元々はかしずかれる立場だったがかしずく方が向いていることを自覚した結果自ら奉仕し始めた。幸せならオッケーです。

実に数奇な運命である。


御影晋士 「兄より優れた弟」


父が異母妹に構っていた陰で苦労していた弟。厚遇していた兄は逃げたのに冷遇されていた弟がやってきて本家の人はみんな首をかしげている。

小学校のころから大暴れしていた兄に並び立ちたいと礼儀礼節を学んだが兄に並べるわけがないということに気付いて独自の道を進み始めた真の天才小学生。

なお既に名字は御影ではなくなっている模様。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ