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連載未定の短編集

【短編】理想のクズと誓約子づくり

作者: たみえ


『なんか急にごめん、今までの関係は終わりってことでよろし――』

「は?」


 ぴこん、と鳴った音と通知に偶然気付いてスマホを確認し目を疑った。

 一瞬だったが、看過できない内容が見えたからだった。


「……ブロックされたのか? チッ」


 アプリを開いて電話を掛けてみたが、いつまでもコール音しか鳴らない。

 まさかと思ってネットで調べてみたが、間違いなくブロックされていた。


「――あーもうめんどくせえ」


 とっとと連絡を諦め、特注した高級ソファへぞんざいに寝転がり最後に送られた読みかけの長文を見直す。

 言い訳のように色々並べ立てられていたが、つまるところ「関係を終わらせる」ということだった。


 想定外の不意打ちだったせいで多少驚いたが、おかげで今までに何人もの女性と同時に関係を持って同じことの繰り返しだったことを思い出せた。

 ――ただ最近はそうでもなかったから油断して思わず唐突な関係の終わりに驚いただけで、と。


「……飽きたのか? それとも他に男が出来たとか? まさか送られた言い訳文の内容まんまってことじゃねーだろうし」


 ぶつぶつとらしくもなく推測しようとするのは、それほどまでにお互いに良好な関係を築けてきていたという自信の表れからでもあった。

 それに今までの女たちとは別れで揉めて縋られることはあっても、あっさり手を引かれることが無かったせいもあったのかもしれない。


 ブウウウウ。


「――んあ? 吉岡じゃん」

『ミサキくん、最近調子良いからクライアントの評判も上々で――』


 再び振動したスマホを思わずバッ! と反射で確認してしまい、マネージャーであることを確認して内心ガッカリした。

 思っていたより未練たらたらだった己に自嘲の笑みが浮かぶ。


「……まあ、あいつがどこまでも都合が良い女だったせいかもな」


 未練があると感じるのは――。


「んで? 吉岡が拾ってきた仕事はっと――」


 ――こうしたあっさりとした別れの五年後、まさか相手に縋って公で求婚する事態になろうとは想像も出来ないミサキは、自らの仕事へと意識を切り替えた。


 ◇◆◇◆◇


 ――約1年前。某所。


「――で? 結局別れちゃったの? あいりちゃん可愛かったのに」

「この頃なんかヒステリックに束縛してくるし、もうなんか会うのも面倒になってきた」

「最低ー」


 にやついた顔でゴロゴロと寝転がった態勢で笑った女は最近知り合った頭のおかしな、けれどやたらと綺麗な顔と身体つきの女だった。

 ミサキにとって、遊びで夜を共にするだけなら見た目が良ければ正直中身はどうでもいいことだった。

 だから頭のおかしなことを言われても気にせず関係を持った。


『ねえ。あなたの子どもが欲しいからさ。誓約しない?』


 繁華街の裏路地、痴情の縺れか何かなのかしつこく男に絡まれてた女を気まぐれで助けた時、開口一番に言われた言葉だった。

 真っ先に出るのが礼でないのはともかく、しなだれかかって誘惑するでもなく一定の距離を取って警戒しているようなそぶりで、真っ直ぐ真剣に見上げられながら言われるような言葉ではない。


『あ、よければそこのラブホでどう?』


 ミサキはここでやっと行為を誘われてるのだと悟って、同時にこの女は頭がおかしいのだと結論付けた。

 そして男から逃れた直後に男を誘うような女だったからこそ、しつこく絡まれていたのかもしれないと遅まきながら気付いた。

 ――それから始まった二人の関係は常に爛れていたの一言で済ませられた。


 そうなってしまった主な理由は、彼女が最初に言葉にした誓約のせいだった。

 なにせ、彼女と結んだ倫理観度外視した誓約書に書かれた簡単な内容は主にこうだ。


 お互い合意の上で避妊しなくていいこと。

 子どもが出来ても父親として認知しなくてもいいこと。

 お互いの私生活や仕事に対して過度に干渉しないこと。

 恋人としての関係や行動を強要しないこと。

 全ての誓約の内容を必要もなく言いふらさないこと。


 有体に言えば、ミサキに何の責任も伴わない都合の良い身体だけの関係の女になります、と自ら宣言するような頭のイカレタ内容だった。

 ――言葉だけでなくきっちりと予備も含めた書面まで用意してて、いざ男女の関係に……なる直前に書かされた誓約のサインは、内容も手際も彼女の本気が伺えるほどのものだった。


 とりあえずお互いの関係を言いふらされないのなら良いとミサキは安易に考えていたし、何なら毎回こっそりミサキの目を盗んでは何か錠剤を飲んでいた様子の彼女に、最初からミサキと関係を持ちたかったがために用意した方便だけの内容かと勘違いしていたくらいだった。

 ――だからそうした関係が当たり前になって1年ほど経った頃、一方的に別れを告げられミサキは心底驚いたのだ。


 彼女と会う前にも色んな女性と関係を持っていたし、なんなら彼女と関係を持ち始めてからだって好き放題女とみれば食い散らかしていた。

 ミサキは世間での評判はともかく、夜の街では有名な遊び人だった。


 だからもしかしたら、今思えばそれを知ってて後腐れが無いからとミサキを誘ってきただけだったのかもしれない。

 今まで長くても2週間で関係を切って来たミサキにとって、1年はあまりに長い関係だった。


 どんどん上がり調子で順調な仕事とは裏腹に、別れから5年ほどの時が過ぎても、どんな女と寝ていても、何故かふとミサキの脳裏に過ぎるのはいつだってあの頭のおかしな女のことだった。

 別れた当初はまだ良かったが、日々違う女と寝るたびに起こされる面倒ごとに毎回思い出されたのは都合が良過ぎた女のことだった。

 おかげで悪循環のように「あいつなら」と女どもを無駄に比べてしまって、ずっと彼女が忘れられずにいた。


 お気に入り設定のまま定期的にブロックが解除されてないか確認したり、SNSで似た容貌の女が居ないか投稿されてる写真を探ってみたり、手元に残っていた誓約書の名前を元についには探偵に依頼して捜索してみたり、……最近のミサキはもはやほぼストーカーのようになっていた。

 おかげで副次的にではあったが女遊びも鳴りを潜め、業界内での悪い噂も共に減り、気付けばいつの間にか上がっていた評判に比例するように割のいい仕事がどんどん増えた。

 ……バレていないと思っていたのはミサキだけで、どこにでも耳があるということだった。


 そんな女遊びが表面上落ち着いたように見えたことで増えた仕事は、ミサキにとっては有り難くも迷惑なものだった。

 なにせ有名になればなるほどパパラッチに私生活を追われるせいで、落ち着いて人探しも出来やしないからだ。


 ――半面、もしかしたら有名になったミサキに彼女も会ってみようとしてくれるかもしれない、という幼稚な考えもあった。

 そう考えたのは昔抱いた女たちが、ミサキが有名になればなるほど己の欲を隠さず連絡してきたからだった。


 ――しかし今までの音沙汰の無さ具合に、絶対そうはならないだろうという確信に近い予想もついたからこそ、ミサキは口が堅く腕も良いと評判の探偵を何度も何度も吟味して、彼女と別れて5年も経ってやっとのことで決めた事務所に口止め料込みで相場の5倍で捜索を依頼したのだ。

 調査にあたると紹介された探偵から、前置きとして時間も経っているからあまり期待しないでほしい、だからこの金額は成功報酬として受け取りたいと言われた時はむしろ好感で期待したほどだ。

 ――そして期待した通り、少ない手がかりで彼女は見つかった。


「深雪ちゃん、アイス食べたいの?」

「うん! ちょこばにらあじがたべたいの!」


 シングルマザーとして。


「――――」


 ――愕然とした。


 いや、そういえば初対面で子どもが欲しいだなんだと言っていたから念願叶っておめでたいことだ。

 が、てっきりただの方便だと勘違いしていたからか、脳が状況を咀嚼しきれていなかった。


 ――大きい。何歳くらいだ? というか相手は誰だ?

 いやでもシングルマザー? ならなんで急に別れて――。


「じゃあ今日食べるお菓子は減らそうねー?」

「えー!」


 仲良く手を繋ぎながら楽しく会話する容姿端麗な母娘に、周囲が微笑まし気な視線を送っている光景からまるで目が離せなかった。

 思わず一歩踏み出そうとして、――横で待機していた探偵がすかさず身を乗り出そうとしていたミサキの肩を掴んで強引に元の場所に引き戻した。


 遠目に彼女であるという確認はしていいが、直接的な接触はしないでほしいと事前に注意されていたからであった。

 そう言われた理由を思い出した途端、この場の穏やかで幸福に満ちた雰囲気にとてつもなく己の存在が恥ずかしいと思ってしまった。

 ……都合の良い女に戻って欲しい、という自己本位な理由で彼女を探してた最低な己が。


「……彼女で間違いありませんか?」

「あ……間違いない、です……」


 何のショックからなのか、遠ざかる二人を細い路地から片時も目を離さずに覗きみて、上の空のままで付き添ってきてくれた探偵に返事をした。

 ミサキの状態にどこか気の毒そうに探偵が肩を叩き、慰めの言葉らしきものをくれたらしい記憶が妙にミサキに残った。


 ◇◆◇◆◇


 どうやって自宅に帰ったのか、あまり記憶になかった。

 しかし習慣とは恐ろしいもので、気付いたら帰宅して風呂に入り歯を磨き、明日以降のスケジュールを確認し終えてからいつもの如く考え事のために例の高級特注ソファに寝転がって天井を見上げていた。


「……なんだよ、シングルマザーって」


 そうしてたっぷり無心で天上を見つめたまま気付けば溢していた言葉は、ただの愚痴のようなものだった。


「――――」


 懐に入れていたスマホを取り出して、毎日何度も確認するせいで履歴がいつまでも上にあるままのトーク履歴を開いた。

 相変わらずそこにあったのは一方的な別れの通告と、5年の間に何度も何度も送った未読のままの未練たらたらなメッセージたちだけだった。


「何してんだろ、俺」


 思い返せば単純なことで、頻繁な身体の関係があったところで両者に伴うような心の繋がりが何かあったわけではなかった。

 履歴を遡ってもあるのは日時と場所の事務的な、一見したらただの仕事のやり取りみたいな内容ばかりで、男女関係にある者同士のそれらしい会話なんて全くありはしなかった。

 ……なのに実態は身体だけの爛れた関係しかなかったという、いっそ分かりやすい履歴の内容だった。


 探偵に依頼したほどだ。もともと最初から彼女の何かを知っていたわけでもないし、特に知ろうとしたことも無かった。

 頭がおかしい都合の良い女。ミサキの認識ではずっと、それ以上でも以下でもなかった。


「……くそっ、気になる」


 両目を覆うように腕を翳して見えたのは、彼女と彼女の娘の後姿だった。あの時に焼き付いてしまったのか、ずっとあの光景がミサキの頭から離れなかった。

 調査を依頼する前はなんとか関係を戻せないか、なんて都合の良いことばかりを考えていたが、調査結果でシングルマザーだと判明した時には既に半ば諦めていた。

 なにせミサキは子どもが好きではなかった。特に女の子は。


 それに詳しくは体験出来ないからミサキには本当のところは分からないが、シングルマザーというのは色々と大変らしいとはよく聞いた。

 たとえヨリを戻すことが出来たとて、いつもミサキの都合で呼び出せていたあの頃とは全く状況が異なる。優先順位が異なるのは想像に容易い。


 そうして内心で諦めつつも彼女かどうかと直接確認しに行ったのは、単に短期間で見つけ出してくれた探偵の仕事ぶりの最後の確認と高額な賞賛の為でもあったが、最後に彼女を一目見て区切りを付けたかったというのもあった。

 ――5年。5年だ。女遊びの激しかった頃のミサキが今の大人しく仕事に邁進するミサキに変わったように、人が変わるには充分過ぎる期間だ。


「母親の顔だったな……」


 慈愛に満ち満ちた笑みは、母性というものを自然とミサキに想起させた。ミサキがもうあの頃のミサキではないように、彼女もまたあの頃の彼女ではない。

 過去に未練があったのはミサキだけで、彼女はとっくの昔に小さな家庭を築いて幸せそうに笑っていたのだ。

 ……堂々巡りにどうしようもなく変わらない現実と答えの出ている結論をぐるぐる考え過ぎて、ミサキは色々と萎えた心地だった。


 ◇◆◇◆◇


「おにいちゃん、かくれんぼしてるの? ばればれだよ?」

「何してんだ、俺は……」


 自嘲の言葉とともに、見つかってしまったミサキは大人しく電柱の裏から出て、すぐにしゃがみ込んで頭を抱えた。

 周囲ではひそひそと会話する買い物帰りらしい見た目の主婦たちがミサキを警戒してかそれとなく待機していた。


「おねつあるの?」

「無い……」


 季節外れの厚着とマスク、サングラスと帽子をした不審者スタイルのミサキを前に、無防備にミサキの額に手を当てて熱を測る彼女の娘は積極的だった。

 そのあまりの警戒心の無さに、一体今までどういう教育をしてきたのかと直接問い質したいほどだった。

 このままでは将来、悪い男に引っ掛かって――。


「――――」


 ……そういうところはそっくりなんだな。


「いっしょにあそびたいの?」

「……いや、別に」

「そうなの? でもきのうも、きのうのきのうも、きのうのきのうのきのうのきの、あれ? んー。なんかずっといたでしょ!」

「…………」


 完全にバレていた。無理も無いが。


 待機している主婦たちが今のところミサキを通報しないのは、ミサキが本当に遠目に彼女の娘である深雪を眺めているだけで何もしてないのと、通りがかった老人を介抱したり、走り回って怪我した子どもを助けてくれたりしたからとひとまずの様子見だった。

 ついでに美人と近所で評判の母親が迎えに来ると、すぐさま逃げるようにいなくなることに色々と勝手に察して話に盛り上がっていたからでもあった。


「うきゃっ」


 と、ミサキが遊んでくれないと知って踵を返した深雪が唐突に転んだ。思わず素早く駆け寄って助け起こし、アスファルトの固さにやられて派手に擦りむいたらしき膝に流れる血に顔を顰めた。

 泣き出す前に素早く持ち上げて公園にあった蛇口まで連れて行って栓をひねり、傷口を丁寧に洗って慣れた手つきでハンカチで拭ってやってから、ここ最近携帯し始めていた救急箱を取り出して手際よく大き目の絆創膏を貼ってやった。


「……おにいちゃん、じょうずだね」


 転んでからずっと無言の涙目で耐えていたはずの深雪が、ミサキを何か言いたげな顔で見ながら褒めた。

 ――実は、こうして深雪から話かけられたのはこの日が初めてだった。


 一瞬どこか感慨深い想いに駆られ、次の瞬間には何をやってるんだと己への呆れの感情が湧き上がった。

 いくら気になるからって、彼女の子どもを何故か見守るような形になっている最近のミサキの行動は、完全に変質者そのものと化していた。

 何故か今までに一度も通報されていないことだけが唯一の救いであった。


「――だったらよかったのに……」

「え」

「またね! もうかえるじかんでしょ! おにいちゃんがでてるてれび、ちゃんとみてるからがんばってね! じゃ、ばいばーい!」

「え」


 バレている。色々と。


「おう、おかえりテレビの兄ちゃん」

「やめてくれませんか? というかこの距離でとんだ地獄耳ですね」

「これでも専門家だからな。こういうのは慣れだ」


 迎えに来た男の言葉に慌てて返答しつつも、素早く車の後部座席に乗り込んだ。

 特殊なフィルムを窓に張っているおかげで、後ろだけは外から中が見えないようになっていた。

 暑苦しいマスクや帽子を外して、雑な変装を解く。


「どうだ。区切りはつけられそうか」

「いえ……まだ自分がよく分からなくて。なんか、お忙しいだろうにこんなことに付き合ってもらってすみません」

「いや、お前さんの気持ちは分かるから気にすんな。俺も昔、女房が外で男を作ってたのを知った時にゃあ――」

「あ、その話はもう何度も聞いたので勘弁して下さい」

「そうかあ?」


 男は調査依頼を出した凄腕の探偵であった。

 彼女を見つけてから約ひと月。


 依頼は終わったが、どこかミサキを危うく思った男が業務外にも関わらず気にかけて、ミサキのストーカー行為に監視も兼ねてだろうが快く付き合ってくれていた。

 ただし、多少ミサキに同情や哀れみがあって変質者と化してるミサキに付き合ってはくれても、彼女に関する情報だけは調査依頼の報告書以降の情報は一切、全く、これっぽっちも教えてくれないのが徹底していたが。


「……DNA鑑定とかって依頼出来ますか」

「……………………出来るが」


 たっぷりと間を空けた後で溢された探偵からの肯定の返答に、深雪の膝の傷を拭った時についた血濡れたハンカチを手に、ミサキは覚悟をとうに決めていた。


「――鑑定依頼をします」


 ◇◆◇◆◇


「――話があるんだけど」

「え……あ、うそっ! もしかしてミサキくん? わあ、久しぶり~」


 色々な覚悟を決めて臨んだ彼女との久々の対面は、思った感じにはならなかった。もっと別の、ネガティブな反応を想像していたミサキは普通に面食らった。

 というより、娘を迎えに来てまるで偶然旧友に出会ってしまった時のような軽いノリと、過去に何も無かったかのような平安な態度に咄嗟の反応に困って言葉に詰まった。


「ここじゃなんだから、近くのファミレスでもいい? 今の時間なら人も少ないだろうし」

「え。あ、ああ。大丈夫」

「おっけー。ちなみに深雪も一緒でいい? あ、私の娘なんだけどね」

「……いいけど」

「ありがと! ちょっと待ってて!」


 本当に久々に旧友に会った以上の態度が見受けられなくて、ミサキは内心でとんでもなく困惑した。

 というより、どんどん勝手に話が進んでしまって口を挟む隙がなかった。


 昔からこんなに気安く会話してたか? と一瞬過去を振り返ったが、残念ながら主な彼女との記憶は会話よりも運動という酷さであった。

 ミサキはその場で反射的に頭を抱えたくなったが、ちょうど彼女が戻って来たことで上げかけた手を無理やりズボンに突っ込んだ。

 ……少し、己の酷過ぎる記憶にバツが悪くなったからかもしれない。


「――それで。話って何?」


 国道と住宅地の狭間の立地に存在していたファミレスは、彼女の言葉通りちょうど人が少ない時間帯だったのか、身バレの心配は低かった。

 ――こういうことはハッキリと結論から言ったほうが良い。


「……俺の子、か?」


 ミサキは意を決して、りんごジュースに夢中な深雪を一目見てからひと息に短い確認の言葉を紡いだ。

 そして彼女の言葉を待つことなく言葉を続けようとして――。


「実は先日鑑定結果が――」

「そうだよ? って……えっ、鑑定?」


 もしかしたら違うと否定されることも想定し先手を打つ意味でも言葉を続けたが、ミサキの予想とは裏腹に彼女はあっさりと深雪がミサキの子であることを認めた。


「……勝手に調べて悪い」

「うーん。まあちょっと驚いたけど、気にしてないから別にいいよ」

「そうか……?」


 なんでもないことのように受け流した彼女の態度に安堵を覚えつつも、ミサキはどこか違和感を覚えた。

 何故だろうと沈黙して彼女の様子を窺っていると、にこりと笑みを浮かべて彼女がとんでもないことを喋り始めた。


「話ってもしかして父親として認知するか云々ってこと? それとも養育費とかの話? それなら前に交わした誓約の通り必要ないから安心して」

「いや、おい、子どもの前で何もそんな……」

「大丈夫。この子も幼いながらに簡単な事情は大体理解してるから」


 何でもない事のように濁さず笑顔で明け透けに話す彼女に、むしろミサキのほうが慌ててしまった。

 いくらなんでも子どもの前で話すようなことじゃないからと、なるべく濁して話す努力をしていたミサキの気遣いは無用の長物となる。


 先程からジュースに夢中だと勘違いしていたが、よく見ればその中身はあまり減っておらず、深く俯いて聞いているようであった。

 違和感の正体はこれだったか、とミサキは気付いた。あまりに静かすぎたのだ、深雪が。彼女の言う通り、まるで状況が理解出来ているように。


「……普通は色々要求するもんだろ、男側に」

「うーん。普通の人ならそうかもね。でも私、そういうの特にいらない派だから」

「――――」


 想定していた会話からあまりに遠ざかってしまったせいで、とうとうミサキは一般論に頼ることとなった。

 が、間髪入れずに彼女から拒絶の言葉を返されて固まる。


「困ってることや苦労は無いのか、その、女手一つじゃ……」

「実家に居座ってる弟がよく面倒見てくれてるし、うちのママも久々の子育てだって喜んで手伝ってくれてるから、特に困ってることや苦労なんかは無いけど?」

「弟……」

「ああ、そういえばミサキくんには家族のこと何も言ったことなかったっけ」

「……みたい、だな。はは……」


 怒涛の情報と言葉にぐさぐさと心を抉られながら、本当に彼女自身のことについて何も知らなかったのだと、知ろうとしていなかったのだとミサキは思い知る。

 そんなミサキの様子を憐れに思ってか、深雪がぽそりと「ママにはくちでかてないよ……」と呟いた言葉をミサキは拾ってしまった。

 ……本当に何も知らなかった。彼女のこと、何も。


「あ、もしかして一丁前に責任でも感じたの? そんなの別にいいのに、だって――」

「――悪いか」


 笑顔で言葉を続ける彼女の顔がだんだんと見られなくなっていって、気付けば俯き加減に愚痴るように言葉を漏らしていた。

 ミサキの思わぬ言葉に会話を途切れさせた彼女は、暫しの間を空けて驚いたような声を出した。


「……え、うそ、あのミサキくんがほんとに? 女なんて消耗品としか思ってなさそうな遊びの激しさだったあのミサキくんが!?」

「そこまでじゃねえよ!」

「そうだったっけ?」


 反射的に顔を上げて見えた、本気で不思議そうに首を傾げた彼女の疑問の表情に喉の奥から迫り上がるように苦々しいものが込み上げていた。

 ……ミサキは自分の株や印象が彼女の中でとんでもなく低かったことに気付き、表情を引きつらせた。


「――まあ、でも。ミサキくんにどんな心境の変化があろうと、私の答えは一生変わらないかな。――ミサキくん、ハッキリ言うけど父親は必要無いの。居なくとも間に合ってる。本当に要らないの……夫も父親も」


 しまいにはその言葉を残して、これから深雪の習い事があるからと彼女はあっさりと去って行ってしまった。

 暫く唖然としたまま向かいに残された飲みかけのりんごジュースと千円札を見つめていると、見知った男が向かいに無遠慮に座って話しかけてきた。


「区切りはついたか?」

「…………」

「って、んな顔見りゃ誰でもダメだって分かるか」


 話しかけてきておいて勝手に結論を弾き出した男は、ある数字と記号の書かれたメモを渡して立ち上がった。

 去り際に――。


「そのメモにあるページをしっかり見てみろ。俺から出来るアドバイスはそんだけだ。……ま、あの様子じゃ相当根深そうだし、結局全部が無駄に終わるかもしれないが」


 と言い残して。


 ◇◆◇◆◇


「――母親の離婚に際し、精神的なショックを負ったのが原因と思われ――精神科へと通院している記録は長く――特に精神安定剤を処方された時期は約5、6年ほど前の一年ほどがピークで――」


 金額が金額だったせいか渡されていた膨大な調査資料が、あまりに膨大過ぎたせいで時間が無く、面倒に思ってまるっきり確認不足だった中身を今度は面倒くさがらずに指定された部分を先に、指定されなかった部分すらも後で全て確認した。


 ……本格的にストーカーになっている気がしないでもないミサキだったが、それもこれもそもそも変態的なまでに細かい調査を行った探偵が原因なので、同類ではないと自らに言い聞かせた。

 結局、ミサキ自身で隅々まで調査結果資料を読み込んだ時点で同類かもしれないことは棚に上げた。


「そういうことかよ……」


 どおりで彼女と過度な接触をしないよう念押しで注意されたり、業務外だろうに何故か毎回どこから聞きつけてんのか周囲を疑うほどのタイミングでひょっこりしつこく付き添ってきたり、何故かいつまでも憐れみの視線をくれたりと、妙にミサキたちの関係を気にしていた理由が分かった。

 ――彼女はもう、誰にもどうしようもないほどに男性不信だった。


 ……つまるところ、そういう話だった。

 だから男であるミサキにはどうしようもない。

 何をしようとも、男だから全て無駄に終わる。

 特にミサキの数々の過去のクズ行為が彼女にとって致命的だった。

 ――そういう話、だったのだ。


『私の答えは一生変わらないかな』


 笑顔のままでさらりと答えた言葉の裏に、どれほど根深いものがあったのかも知らず、今思えばミサキは何も知ろうともせずに薄っぺらな一般論なんてもので彼女を傷つけていたのだ。

 思い返せば最初は旧友に会ったかのように和やかだった彼女の雰囲気も、何故かだんだんと薄っぺらで事務的なものに変わっていったように思えるのもそのせいだろう。

 ……ミサキは致命的に間違えた。最初から。


『本当に要らないの……夫も父親も』


 ミサキのこれが上っ面な責任と薄っぺらな覚悟だと、彼女には思われたのだろう。そして彼女がそう考えたのを本能的に悟って、ミサキは苦々しく感じて無理に引き留める言葉も出せなかったのかもしれない。

 ――彼女と直接対面するまで、ミサキは色んなことを考えていた。


 仕事のこと、娘のこと、彼女のこと、――そして己の覚悟のほどを。


 仕事はもしかしたらクビになるかもしれなかったし、最悪違約金なんか求められるかもしれないからと、ずっと支えてくれたマネの吉岡に全ての事情を洗いざらい話して一発ぶん殴られてから、あらかじめ上に話を通しておいてもらった。


 急に父親としてミサキが名乗り出たところで、まだ幼い深雪はただただ困惑するだけだろう。

 自分の父親はどうだったか思い返しても女ばかりの家族で、ずっと肩身が狭そうにして小さく縮こまって頼りない背中しか朧気に記憶になかった。

 だからか、自分が父親になった場合がまるで想像もつかなかった。


 そもそもミサキは高齢出産で生まれ、親と共に過ごした期間は姉たちの誰よりも極端に短かった為に育ての親は姦しい姉たちであり、普通の親というもの自体も良く分かってはいなかった。

 結局、前から鬱陶しいくらい家庭の話を聞いていた身近な良い父親代表であるだろう吉岡に父親とは何をすればいいのかと聞き、ミサキの発言に呆れた吉岡が何故か出産に密着したドキュメンタリーという完全に畑違いな仕事を持ってきて、直接見て知って聞いてこいと送り出されることとなった。


 そうして自分の子ではない出産現場に実際に立ち会い、帰ってから一人になった時、――ミサキは言葉に出来ないどうしようもない何かの未知な気持ちが心からたまらなく溢れ出しそうになった。

 何も言わずあっさりと別れ、深雪を一人で産んで育てようとする彼女が何を思っていたのか、どれほどの痛みに苦しんで産んだのか、――ミサキは何も知らなかった。

 言い換えれば、自分の都合ばかりで彼女のことを何も知るつもりがなかったのだ、と。


 ……分からないなりに、取材していた途中で急に慌ただしくなったかと思えば、訳も分からず母親が苦しむ声を子の父親と共に壁越しに永遠とひたすら聞いているだけだった。

 まるで断末魔の叫びのように恐ろしい悲鳴がずっと聞こえているのに、ミサキたちに出来たことは壁越しにただただ自然と、普段は祈りもしないくせにこんな時だけ不信仰な神にひたすら祈り願うことだけだった。


 やっと産声が聞こえたのは約半日以上経ってからで、母親は一度生まれたばかりの赤子を抱いてから気絶するように眠ってしまった。

 父親となった男は、ただひたすらに「ありがとう、ありがとう」と助産師たちや疲れて眠る妻へと感謝の言葉を壊れた機械のようにひたすら泣きながらかけ続けていた。

 ミサキは入口で呆然と、ただただその光景を目に焼き付けるように眺めるだけだった。


 ――そうした経験の後、最後にミサキは彼女をどう思っているのかということをより真剣に考えることになった。


 最初の出会いから男女関係に至るまでの流れは、今思い返してもどんな女とのそれより酷いものだったかもしれない。

 その後も最悪の所業の連続だった。都合の良い女だからと好き勝手に呼び出したし、苛ついてた時なんかには言葉にするのも憚られるくらいにかなり乱暴なことに付き合わせたこともあった。

 それでも文句のひとつも言わずにずっと都合の良い女のままでいたから、良好な関係だとミサキはずっと勘違いしていた。


 ――最初からだ。思えば最初から。


『ねえ。あなたの子どもが欲しいからさ。誓約しない?』


 それらしい誘惑をするようなそぶりもなく、真摯に告げられたイカレタ言葉には思わず面食らったが、凛とした立ち姿が綺麗な女だと思った。

 そのくせ頭のおかしな女だとずっと内心で嘲って、――けれど、いつまでも関係を断ち切ろうとしなかったのは何故だったのか……。


『今までの関係は終わりってことで――』


 彼女との想定外の別れに焦ったのは、――。


「――――」


 それからずっと彼女のことが忘れられずにいたのは、――。

 つまり、あの時には既に――。


「――――」


 ……だからこそ、彼女に会う前からミサキの結論は出ていた。


 今まで頼られなかったから、もしかしたら拒否されるかもしれないという覚悟をあらかじめ決めていた。

 急に現れた父親という存在に拒否反応を深雪が起こすかもしれないという覚悟もあらかじめ決めていた。


 ――ただひとつだけ。彼女に拒絶される。

 そのどうしても決められなかった覚悟だけを除いて。


 ◇◆◇◆◇


「――ミサキくんってこんなキャラだったっけ?」

「しつこく付きまとって、悪かった……」


 なんとかもう一度話し合いの場を設けるためにとあれこれするうちに、ミサキは気付けばほぼストーカーと化していた。

 おかげで彼女の実家に訪問という、流石に躊躇していた最後の一線も軽々超えてしまっていた後だった。


「ホントだよ。完全にストーカー。おかげでママにミサキくんのことがとうとうバレちゃったでしょ」


 いつかのファミレスではなく、完全個室の高級フレンチの席に堂々と座った彼女が呆れたようにやれやれとあからさまな態度で言葉を溢した。

 初っ端から異様なほどの緊張で渇いていく喉を、銘柄も良く知らない、高級だからと頼んだだけのワインで適当に潤し、ミサキは酔いの力を借りて言葉をなんとか返すことにした。


「お母様には一応ご挨拶だけでもと……」

「――余計なことしないで」


 一瞬、彼女の眉がピクリと不快そうに動いて、次いでハッキリとした拒絶の言葉をにこやかな笑顔で紡いだ。

 ミサキは、早速彼女の拒絶の態度と言葉に尻込みしそうになっている己が嫌になった。


「知りたいこと、私に聞きたいことがあるんでしょ? 今回で全部済ますから、もうなんでも聞いて良いよ」


 だからさっさと聞け、とっとと終わらせろ、という裏の言葉が彼女の笑顔の向こうから圧力のように届くのを感じて、固く閉ざされていた己の口をなんとか抉じ開ける。


「だ、男性不信だって聞いた」

「…………」


 笑顔のままピシリと固まった彼女に、勢いよく彼女の繊細な部分に突っ込んでしまったのだとすぐさま後悔した。

 慌てて別の話をしようと口を開いたが、初っ端のミスにミサキの頭の中は真っ白となっていた。


「あっ、いやっ、じゃなくてだな」

「――それがどうかした?」

「え……」


 一拍の後、彼女が初めて見せた無表情でミサキに答えた。


「――ああ、もしかして男性不信だったくせに、どうしてミサキくんに迫ってふしだらな関係を持ってまで深雪を産んだのかって聞きたかったってこと?」

「っち、ちが、……いや違わなくもないこともないが」

「それどっちなの」


 ふふっ、とミサキの言葉に思わずといった感じで無表情から達観したような淡い笑みを見せた彼女が言葉を続けた。


「簡単に言うと、ミサキくんが理想のクズだったから」

「理想の、クズ……」


 クズに理想も何もあったものではないだろうが、ミサキは彼女のさらりとした言葉に「あ、やっぱりクズだとは思われてたのか」と傍目にも今更なことを知って勝手に気持ちが沈んだ。


「……昔、正直で誠実で一番信頼してて、……常に自慢に想っていた男に裏切られたの」

「…………」

「正直で誠実な人柄だったから余計付け込まれたのね、きっと。生まれてこの方、妻一筋だ! って公言して憚らなかった人だったのに、他の女を知らなかった弊害なのかあっさりと下手な誘惑に引っ掛かっちゃって……どこまでも馬鹿な男だった」

「……それは」


 淡々と語る彼女の言葉からは言葉以上に深い何かが感じ取れた。

 ミサキはふと、『理想のクズだったから』と何のてらいもなくさらりと言った先程の彼女の感情が僅かだが理解出来たような気がした。


「しまいには家族の預金にまで手を出して、どうしようもなく使い果たしてしまった自責の念でやっとバレバレの浮気を白状したの」

「…………」

「ママは信じたかった。自分の過ちを認めて、また自らの元へかつてひたむきだった夫が戻ってくるのだと。夫の急激な変化に耐えられなかったともいえるけど。だからこれは何かの間違いだと、馬鹿のバレバレの浮気にもじっと耐えて、何ひとつとして最後まで文句を言わなかった」

「…………」

「でも結局、ママの想いをあっさりと父は裏切った。正直で誠実な父が選んだのは、父に対してどこまでも不誠実だった浮気相手との一時の刺激と熱だった。……自分自身に嘘が付けなかったのね。自らが築いた家庭を崩壊させといて、堪え難きを耐え続けていた妻への謝罪は何もなく、あったのは浮気相手への熱に浮かされた大量の罪深い戯言の羅列だけだった」


 ……なんとなく、彼女が言いたいことをミサキは理解し始めていた。


「常に複数人と関係を持ち続けたい気質の女とは知る由もなく、今も楽しく熱に浮かされたまま生きられてればいいだろうけど、……あんな相手じゃ無理な相談かも」


 タイミングよく届いた失礼致します、という声と共に頼んでいたコース料理が運ばれて来た。

 ミサキは頭を整理するためにも、彼女とともに食事に舌鼓を打つために切り替えようとした。が、頭の中は今まで知ることの無かった彼女のことでいっぱいだった。


「……一番許せないのは――」


 配膳の去り際、正面に座っている彼女からぽつりと聞かせるつもりはなくこぼした風の口早な言葉の羅列を尽く拾ってしまい、ミサキは硬直した。

 一番許せないのは、――家族を、大切にしていたはずの妻を平気で裏切っておいて、その妻と血を繋いだ子どもをも同時に裏切った自覚もなく、あげく夫婦の問題に子は無関係だと勝手に省いて、父親としての権利をいつまでも当たり前に享受できると思っている甘い考え。


「誠実なクズより真正のクズのほうが断然マシ」

「…………」

「この話を聞いて、そうは思わなかった?」

「……俺は裏切られた当事者じゃないから、軽々しいことは何も言えない」

「そう? とても単純な話でしょ? 自覚のないクズより、自覚のあるクズのほうが私は断然好みだーってつまらない話ね」

「――――」


 明るい表情で「んー、これ美味しい!」と雰囲気を一転して食事を楽しむ彼女にかける言葉がミサキは見つからなかった。

 何故なら完全に彼女の言いたいことが、ミサキだからこそこの時点で理解出来てしまっていた。


 誠実なクズより、真正のクズ。

 自覚のないクズより、自覚のあるクズ。


 ……つまるところ、自らの所業がクズのそれであると理解しているクズ相手であれば、そもそも最初から信用も信頼もする必要が無い相手だから安心するのだと、彼女はそう言いたいのだ。

 これでミサキと久々に会った直後の彼女の和やかな態度と、話をしていくうちにだんだんと拒絶されるように固くなっていった彼女の態度の差にも説明がつけられた。


 彼女の中で変わらず()()()()()だったはずのミサキがある日急に現れて、彼女の知るかつてのクズなら絶対に取ろうとしない責任を感じて行動しているのだ、ミサキが彼女の立場なら手の平を急に返して余計信用ならない相手だと疑うだけだろう。

 ――がしかし、彼女の場合は疑うよりも先に、相手を信じてしまう可能性を考えて怖く感じてしまうのだ。もしもこの先ミサキを信じることになって、それで結局裏切られた時に自分がどうなってしまうのか分からなくて怖い、と――ミサキには彼女の言葉がそう聞こえていた。


「だから話を戻すと、単純にミサキくんのクズ具合が一番好みだったから偶然出会ってイケるかと思って勢いで迫ったってだけ」


 懐かしい素敵な思い出を語るように話す彼女の姿に、ミサキは今にもやめてくれと叫び出したい衝動にかられていた。


「というより、あんな場所をうろついてるくせに、あの誓約書の内容を見せられて同意する男って案外いないんだよね……あ、ほら、あの時ミサキくんが助けて追い払った男の人もサイン拒否したクズになりきれない類の人種でねー。だから即決したミサキくんは本当に特別だったの!」


 嬉し気に彼女が語る内容はどこまでも過去のミサキのことであって、今のミサキは眼中にも存在していないことが痛いほど伝わってきていた。

 今にも彼女が望んでいないだろう言葉の多くが溢れ出て来てしまいそうで、ミサキは変わりになんとか無理やりな笑みを浮かべた。


「いつか自分()()()子どもが欲しいと常々本気で思ってたし、妊娠相手が()()()ミサキくんだったのは偶然だったけど幸運だったかも?」


 あっけらかんとした表情で何てことないように言葉を繋げた彼女の想像以上の傷の深さに、ミサキは会ったら告げようと前もって考えていた全ての言葉を失ってしまい、自然と口を閉ざした。

 ――そうして気付けば、前もって用意していた言葉たちとはまるで正反対の言葉をミサキは口走ってしまっていた。


「――実はな、お前以上に面倒が少なくて、都合が良いような女がなかなか見つからなくってさ」

「……へえ。だからわざわざ私を探してまで会いに来たんだ? なあんだ。それなら最初からそう言えば良かったのに、らしくない変な話ばかりされたせいで妙に身構えちゃってたでしょ、もう」


 あからさまにはっきりと安堵したような笑みを浮かべ、あっさりとミサキの最低な話に勝手に納得した彼女の姿に、ミサキはずきり、と今まで痛んだことの無かったはずの心が、まるで深く刻まれた過去を忘れさせない為の後遺症としてジクジクと痛みが増していくのをしっかりと感じ取っていた。

 ――この時、ミサキは彼女にだけ今後一生語られることのない、知られることもないひとつの誓約を立てていた。


 彼女が望むのなら望むままに()()の全てを掛けて、理想のクズであり続けるというお互いそれぞれにとって最低で最高だろう理想の誓約を。

ちなみにもしも今後続き書くことあったら、紆余曲折の色々あって普通の!!

本当に普通のハッピーエンドです(´・ω・`)先に盛大にネタバレしておく


この話はもう毎年毎年ジャ…アイドルのカウントダウンを見るたび思い出し、

書いては全消し書いては全消しと繰り返して来た曰く付きの作品でした。

今年やっとめでたくお目見え叶いまして良かったです。(´・ω・`)何が?


なーんか書いてて妙に既視感があった時、

実は過去に一字一句ほぼ同じに書いてた下書き作品なのだと気付いた今日この頃。

我ながら恐ろしい記憶力に唖然。興味のない事にはまるで役立たずの記憶力ですが。


ちなみに書いては全消しの理由は単に

「やばい!取材と人生経験がまだ圧倒的に足りん!」

「ついでに容量も圧倒的に足りんぜよ!」となってたからです。

この話を思いついたときはまだ未成年で、人生経験足りないのは当たり前ですけどね。…今もですけど。

思えばポチポチとなろう自体知らなくて別サイト(アプリ)別名で投稿頑張ってましたよ。

まあIDとPWを携帯に覚えさせたまま自分はうっかり忘れたせいで機種替えで垢ごと消えましたが。


そんなこんなでどうでもいい制作秘話は置いときまして。

設定では深雪ちゃんママも美咲希という名前です。が!

違和感があるという理由で、ミサキくんにあまり呼ばれたことはないようです。


そして実は深雪ちゃん……いえ。やめておきます。

気付いてしまった熱心な読者の心の内に留めてひっそり楽しんでおいて下さい。



というところで後書きを強制的に終え、最後の重要な確認項目。


――タイトルに釣られて読んでしまった人!

素直に手をあ~げて!\(^o^)/いいね!

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