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第99話 〈殺し屋X〉を捜せ

 その後、警察が俺たちに条件を付ける形で捜査は再開された。

 しばらく探偵事務所の周囲を警察が巡回すること。ボディガードとして足立班の警官をつけること。

 この事件が解決するまでは可能な限り堂宮刑事や越川刑事とともに行動すること。

 白装束が水面下で動きを活発化させている以上、やむを得ないことだった。


 俺たちは遺体発見現場に向かった。正直言うと、堂宮刑事と情報を共有したいことは山ほどあるが、話を順に整理する必要がある。

 俺と椿は相談して、警察のアリバイを確認する前に、遺体発見現場の状況や旅館を出る前にお願いしていたことがどうなったか、確認しておくことにした。

 警察内にいるであろう犯人を追い詰めるための証拠や犯行動機がまだぼんやりしているからだ。


 旅館裏手の遺体発見現場に向かう途中、俺は椿に深く頭を下げていた。


「椿、本当にありがとう! そしてすまねえ!」

「謝ることないでしょう。あなたが自己主張が苦手なのはわかってるんだしさ。あの場面は上に立つ人間として、私が言わなきゃいけなかったんだから」

「……だけどさ、最近俺助けられてばかりだなあ」


 俺は申し訳なく思い、かゆくなった後頭部を掻いていた。

 椿のおかげでこの場を切り抜けることができた。白装束に襲撃された時も、そしてついさっきの出来事も。

 椿は笑顔ながらもまるで部下を見守る上司の目で話した。


「まあ、あなたが気を付けないといけないのは、一人で抱え込まないこと。推理とか気合だけでどうにもならないこともあるし、何のために私がいると思ってるのよ」

「あ、そ、そうだな」

「頼りたいときは頼ればいいの。あなたには負けるけど、私もそれなりの頭は持ってるつもりだから」

「……ありがとうな、椿」


 思わず自分の心がすっと軽くなった気がした。これまでも椿に頼ってきたことはあったと思う。だけど、どちらかといえば自分の推理で突っ走るのが常だった。それでうまくいけばいいが、さっきみたいに壁にぶち当たることもあるのだ。

 そんな時こそ頼れる仲間がいると安心する。そして、俺自身も気持ちを落ち着かせられるようになる。

 感情的になってしまうと、推理だけでなく、チームとしての信頼関係にも亀裂が入ってしまう。

 そんな状況をうまくコントロールして、部下が行動しやすくするよう導くのも上に立つものとしての役割だ、と椿は話していた。


 一方、遺体が吊るされていた木の前では相変わらず警官や鑑識が現場の捜査に当たっていた。

 俺と椿は、越川刑事からこれまで鑑識さんと行った捜査で分かったことの説明を受けていた。


「被害者の遺体には犯人のものとみられる指紋は発見されませんでした。手袋をはめて犯行を行ったとみられます」

「殺害に使ったロープみたいなものは見つかりましたか?」


 俺の質問に、越川刑事は首を横に振った。


「すでに処分されたとみられます。旅館内やその周辺をくまなく探しましたが、怪しいものは何もありませんでした」


 そして越川刑事は顎に手を当てた。


「というより、可能な限り指紋や汗、自分たちが使ったものを拭き取ったり、消し去った痕跡があるんですよね……」

「証拠を残さないようにしてるってことですか?」


 俺はメモを取りながら、越川刑事に聞きたいことを尋ねた。


「ええ。堂宮刑事も仰ってたんですが、手際がかなりいいんです。それくらい、証拠が少ない。あえて見つかったものを挙げるとするなら、これです」


 刑事さんは俺たちにビニール袋に入った、緑色のハンカチを見せてくれた。


「これに、睡眠作用のある物質が検出されました」


 ハンカチから検出されたのは麻酔成分のある物質で、覚醒後に強い頭痛を伴うという。


「……これ、紅葉が眠らされたやつじゃ」


 椿が驚きの声を上げる。

 そう。麻酔から覚めても強い頭痛が続くことがあり、紅葉ちゃんが連れ去られる直前の状況と符合していた。


「でも、そのハンカチにも犯人の指紋はなかった……」


 俺の発言に越川刑事は顔を縦に振った。

 やけに手際が良い犯人……俺らと対峙している犯人はまさしく “プロ” であった。

 だが、これまでの情報を整理すると、やはりあの人なら俺らと行動を共にしつつ一連の犯行を進められる。


 次に俺と椿は堂宮刑事からお願いしていたことについての回答を受けた。

 昨日、俺たちが旅館を出た後いくつかの事実が判明したが、犯行現場や睡眠薬の成分が付着したハンカチから指紋が出なかったことはさっき越川刑事が説明したとおりだ。


 一番気になることは泰子ちゃんの捜索願が出されていないか。堂宮刑事が確認してくれたがやはり届け出はないとのことだった。つまり、姉川班の酒川刑事は何らかの目的――おそらくは白装束のために泰子ちゃんを拉致しようとしていたのだ。

 事件にかかわっているとみられる酒川刑事は警察のほうで保護をお願いしていた。姉川班を狙っているとすれば、間違いなく次のターゲットになるからだ。しかし、白装束とのつながりがある以上、油断はできない。

 情報の聞き取りは椿が相手に聞き、俺はその内容をメモする形をとった。


「酒川刑事はどうしてますか?」

「一応、署で監視付きで待機してもらっている。スマホみたいな通信機器や電子機器はすべて預かっているよ」

「ありがとうございます。白装束とのつながりは、何かわかりましたか?」

「ずっと黙秘を貫いているよ。でも、白装束にこっちの情報を流していた以上、連絡先は把握しているだろうね。警察内でも酒川刑事には何らかの処分は下ると思う」


 しかし堂宮刑事はあまり期待しないほうがいいという顔をしていた。上層部は白装束との関係を隠蔽したいだろうから、処分は軽くなる可能性が高い。

 もっとも俺は、だからこそ酒川刑事は狙われていると思っていた。あの人たちが犯人なら、確実に仕留めに来るはずだ。


 そして椿は堂宮刑事にホテルで調べたことを伝えた。警察も把握している情報もあるとは思うが、情報共有の意味合いもある。


「お伝えしたいことはいくつかあるんですが、どうやら姉川警部は毒殺された後で突き落とされたようです。毒物って青酸カリが使われたんですよね」

「ああ。君らも確認していると思うが、客室内の窓際にあるテーブルにコーヒーがこびりついていただろ。あそこにも青酸カリの反応があった」

「どうやって毒をコーヒーに入れたんでしょうか。姉川警部はブラックが好きだと聞いていますけど、私たちはそのことを知っている誰かが犯人かなと思うんです」

「と、いうと?」


 椿は俺に前に出て説明するように促す。俺は立ち上がると、考えていた推理を披露した。


「多分ですけど、警察関係者が犯人じゃないかと思うんです。一連の犯行と、俺たちの周りで起きたことを合わせると……犯人はあの人じゃないかなって」

「あの人って、いったい誰だい?」


 興味深そうに堂宮刑事と越川刑事が俺を見る。


「それは……その人なんですが、まだ決定的な物証がありません。それで、確認しないといけないことがあるんです。警察の皆さんの行動と……そして、ホテルで盗まれた制服の鑑定を」


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