第98話 金谷警部の未解決事件(コールド・ケース)
父は白装束に殺された。
そのワードが俺の中で大きくこだましていた。
比喩的な表現にすぎなかった言葉が、現実に変わってしまった。
「殉職した君のお父さんはある未解決事件を捜査していた。金谷君は “5億円事件” という事件を知っているかい?」
「……名前だけなら」
「当時は今ほど情報統制も厳しくなかったからね。ある財閥との関係で日本の警察だけでなく、司法、政治家、大企業のトップに至るまで、日本を震撼させることとなった大事件だよ」
今から十年以上前、日本全体がある疑惑に揺れていた。当時の内閣総理大臣をはじめとした国会議員たちが、国会答弁において釈明をするほどまでになった事件。
とある警察の不祥事が発覚し、その背後にいた財閥。さらに調べていくと、その財閥が日本の各所でこの国の権力と結びついていたことが判明した。
この事件は、あるSNSの匿名の投稿を週刊誌が報道し、テレビや新聞、ネットメディアにまで取り上げられ、瞬く間に拡散された。
「その財閥って……」
「君らも知っている財閥……桜鳩グループだよ」
「え……本当ですか」
俺は驚きを隠せず、発声と同時に一歩後ずさった。隣にいる椿も開いた口が塞がらないといった様子で、その口を両手で覆っていた。
「さ……桜鳩グループって、超優良企業を数多く抱える日本を代表する企業グループじゃないですか……! 初めて聞きましたよ!」
椿の言うように、桜鳩グループは日本屈指どころか、世界でも名の知れた大財閥である。国内のインフラから情報、交通、金融各所に関連企業を持ち、この企業体なくして日本は成り立たないといわれるほどだった。
足立警部はため息をついた。
「無理もない。報道で名前は徹底的に伏せられていたからね。当時から財閥は日本のありとあらゆる場所に影響を与えていた。もし、財閥と政治家の癒着関係が公になれば、それだけで大混乱だよ」
「で、でも、実際に桜鳩グループと政治家に関係はあったんですよね」
椿の言葉に足立警部は首を縦に振る。
「その関係を明らかにしたのが金谷警部……金谷君のお父さんなんだ」
俺は息を呑んだ。
父が絶対武勇伝として語らなかった、独自に捜査していた事件。
「……父が、調べていたんですか」
「ああ。5億円という巨大な資金が、この県警に流れていた。そして警察はその見返りに、とんでもないものを渡していた」
「それって……」
「拳銃と“人生をやり直せる薬”の原料だよ。原料は主に押収された危険ドラッグや麻薬だった」
「……⁉」
その言葉に俺は驚いて目を見開いた。椿も一歩も動けずにいる。
俺の父が“人生をやり直せる薬”と白装束の連中について調べていたのは周知の事実だ。だが、薬がここでつながってくるとは思っていなかった。同時に、白装束と桜鳩財閥に関係があることも明らかになった。
椿は彼女に似合わぬ震え声で尋ねた。
「そ、その、財閥と白装束の関係って何なんですか」
「ホワイトリップル研究所――君らが言う白装束の組織は、桜鳩グループの研究機関と武装した実働部隊を兼ねた集団なんだ。
“人生をやり直せる薬”の営業と販売、そしてグループ全体の裏の活動全般を行っている……極めて危険な組織なんだよ」
そして警部は俺に顔を向ける。
「金谷警部は白装束に殺された。君らを襲った、実働部隊の連中の手によってな」
「実働部隊って……」
椿に代わって俺が口を開く。
誰だ、父さんを殺したのは。
「本名はわからないが、コードネームは伝わっている」
――パーチメント
「それが、金谷警部を暗殺した実行犯だ」
パーチメント。どこかで聞いた名前だ。
脳内で記憶を探っていると、昨日のことが思い浮かんだ。
そうだ、あの時俺らを襲撃した白装束四人組の中にいた、あの長身の男……!
中世の中東で暗躍したアサシンを思わせるような白装束に身を包み、ライフルを発砲した男にアイボリーが指示を出していた。
俺は椿にそのことを話した。彼女も一つ頷いていた。
「……確かに、いたわね」
「君たちも面識があるのかい」
俺と椿のやり取りを見ていた足立警部が問いかける。椿が答える。
「はい。私たちを襲った四人組にパーチメント”を名乗る男がいました」
その特徴を説明すると、足立警部が頷いて答えた。
「そうか。紛れもなく、そいつがパーチメントだ。銃の名手と言われ、主人の命令には忠実に従う。人殺しもためらわず実行する、白装束の危険な人物だよ」
警部の話にはリアリティがあって、俺は思わずぞっとした。父さんを殺した男たちはガチの殺し屋だったのだ。
そして俺の中で使命感が湧き上がってくる。
白装束の連中は、何が何でもこの手で捕らえて、壊滅させなければならない。
“人生をやり直せる薬” に苦しめられた人を救うため、そして父の仇を討つためにも……!
同時に疑問も湧いてくる。
なぜ警部は、これほどまで白装束の連中のことを知っているのか。
秘密裏に調べていたのはわかるが、かなりの熱の入れようだ。
一方、足立警部は難しい顔を俺たちに向けていた。いや、さっきより険しい顔で、まるで部下に忠告する上司のような表情だ。
「繰り返すが白装束の連中は本当に危険な組織なんだ。そして、君らがかかわろうとする問題は、下手をすれば、日本中のありとあらゆる組織が君たちの敵になるかもしれない。これ以上、薬に首を突っ込むのはやめたほうが身のためだ」
その言葉が告げられることはわかっていた。警部に言われると一瞬怯んでしまうが、俺は胸の前で右手拳を強く握った。
「いや、できません。俺には……薬に苦しめられている人を救う使命があるんです」
「使命感なんて言葉、安易に使うんじゃない。相手は日本全体を支配できる強大な存在だぞ? 君らには悪いが、素人なんて、赤子の手をひねるように潰されておしまいだよ」
「……でも……でも俺の知人に薬のせいで小さくなった人がいるんです。父さんも殺されてるし、それに……」
なぜか言葉が詰まる。
勢いだけで義憤に駆られたが、何かが足りていない証拠だった。
「それに? 個人的な理由で首を突っ込むとは、いい気はしないねえ。君のお父さんは偉大だったけど、向こう見ずなところもあった。その点は君にそっくりだった」
「……」
「警察からの命令ではないけれど、手を引いたほうが無難だ。今ならまだ間に合う」
何も言えない。俺は心臓の鼓動が速くなった。
堂宮刑事も越川刑事も不安そうに俺を見ている。
すると、俺は肩を誰かにつつかれた。
横目で見ると、椿が少し下がっていて目で合図をしていた。
「……わかった」
椿は前に出ると、冷静に話し始めた。
「警部さん……危険な組織であれば、私たちが手を引いても同じだと思います。現に、私の妹は救いを求めて薬を飲んでしまい、金谷君もうっかり服用するところだったんです。薬の事件以降、私たちは何者かに監視されている可能性が高い。薬を飲んだ人が失踪していることを警部さんはご存じですか?」
「……話には聞くね」
「私も、妹のことで相談したんですが、警察は取り合ってくれなかったんですよ」
椿がそう言うと、その場の雰囲気が若干変わった。
堂宮刑事も、越川刑事も驚いたのか、視線を椿に向けていた。
足立警部も驚いたのか、椿に目を合わせていた。
「それは本当かい?」
「ええ」
「相談を受けたのは……どんな警官だったんだい?」
椿が相談した警官について話すと、足立警部は顔をしかめた。
どうやら、足立班の面々は薬を服用した人の失踪事件を知らなかったらしい。
「……そうか。門前払いして、受けた案件をもみ消したのか」
「恐らくそういうことかと思います」
椿は俺に軽く顔を向けて、俺をまるで紹介するように話を続けた。
「私たちは、いや、金谷君はこの事件についても粗方の情報を入手して、大体の犯人の目星はつけています。
白装束の組織が危険なのは強く認識しています。ですが、何もせずどうなるかわからない恐怖に怯えて暮らすより、こちらから行動を起こして、一人でも薬に苦しんでいる人を救ったほうが、みんなのためになると思います」
椿の意志の強い瞳は足立警部に向けられていた。
「そうか……」
「事件の情報提供なら惜しみなくさせていただきます。ぜひ、引き続き協力させてください」
しばらく、その場に沈黙が訪れた。
俺も、堂宮刑事も、越川刑事も向かい合う椿と足立警部を見守っていた。
「……わかった。君らがどうするかはそちらで判断すればいい。こちらも、君たちの要望にできる限り応えようと思う」
その瞬間、俺の心臓にのしかかっていた重しが取れた気がした。椿がフォローする形にはなったが、何とか俺たちは現状をつなぎとめることができたのだ。




