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第97話 父の同僚

 旅館の玄関。少々離れた人目につかない階段下の倉庫前に彼らは立っていた。

 よく見慣れた若い男女の警官の前に彼らの上司とみられる男性がいた。身長は彼らよりも十センチ程度低い。しかし、長いこと現場に狩り出され、様々な悪党と対峙してきたのか、顔に古傷が刻まれていた。

 年齢は四十代後半か。彼は二人に諭すように語り掛けていた。


「君らの考えは理解しているつもりだ。それでも、市民を守るためにも手を引くべきだ。すでに捜査協力者が負傷する事態になっているんだ」


 若い男性刑事……堂宮刑事は深く頭を下げた。


「それは……我々のミスです。認めざるを得ないと思っています」

「理解しているなら、すべきことは一つだ」


 だが、上司とみられる男性の発言に堂宮刑事は食い下がった。


「警部、この事件は我々の信用にかかわるものでもあるんです! 彼らの実績は警部もご存じでしょう! 上層部が触れたくない事件ですが、第三者で事件解決の実績もある彼らなら、この事件の解明の力になってくれるはずです! どうか、私どもにもう一度チャンスをいただけないでしょうか」

「私からも、どうかお願いします」


 女性刑事である越川刑事も堂宮刑事に倣って頭を下げている。

 堂宮刑事が何をやらかしたのか、俺には分からなかった。「捜査協力者が負傷した」のは昨日発生した白装束の襲撃で、俺たちがけがをしたことを指しているのだろう。

 だが、あれは俺たちのミスで、警察が防げた事態ではないはずだ。


「……それは重々承知と言っただろう。だが、これはわれわれでどうにかできるものではないんだ。我々、S県警だけじゃなく、日本警察全体に関わってくる。今後しばらく “薬” に触れてはならん」

「事件についてはどうするおつもりですか」


 堂宮刑事はなおも食い下がった。


「……上層部と相談する」

「……まさか、もみ消すとか、お考えではないでしょうね」

「どうするかは私の決めることじゃない。県警本部が決めることだ」

「でも……警部はどうなるかの見当はついていらっしゃるんじゃないですか?」

「堂宮……」


 二人の刑事の前にいる男性は深いため息をつく。

 その男性を俺はおぼろげながら覚えていた。

 父の武勇伝にもたびたび名前が現れた警官、足立(あだち)秀哉(しゅうや)。現在の地位は話を聞く限り警部のようだ。優秀な警官で、父とともに数多くの難事件を解決してきたという。昔は口より手が先に出るタイプで、殺人犯相手に取っ組み合いの死闘を繰り広げたこともあったと聞く。


 しかし、目の前で繰り広げられていることは椿が懸念していた事態であった。

 俺は顎に手を当て、考え込んでいた。

 事件の全貌はまだ明らかにはなっていないが、分かった部分も多い。そして、この事件は俺たちも当事者であり、さらに白装束もかかわるとなれば、打ち切らせるわけにはいかないのだ。


「リツ、どうする。私は絶対にあきらめられない。今もどこかで薬に苦しめられている人がいるもの。簡単に引けないわ」


 同感だ。


「行こう。事件のわかった部分を話せば何とかなるかもしれない。昨日の事件だって、もとはといえば警察は関係ない」

「そうだよね」


 目立たないように、どんなことを話すか作戦会議を行う。

 俺と椿は目で合図をすると、警察関係者たちのもとへ歩き出した。


「……だから、今から探偵事務所の人を呼んで」

「お話し中すいません」


 足立警部の話の途中で、椿は声をかけた。ここで気持ちを奮い立たせ、気を引き締める。

 生半可な気持ちでは事件捜査から撤退せざるを得なくなる。

 警部と刑事二人の視線が俺たちに向けられた。


「君たちは……」

「すいません。事件の捜査に協力している私立探偵です。お話の一部を聞いてしまいました。白装束の襲撃に関しては、こちらの不注意でした。ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」


 椿が頭を下げ、俺もほぼ同時に椿に倣った。

 俺と椿はそれぞれ自己紹介をした。


「神原さんに、金谷君……」


 堂宮刑事の口から零れ落ちるような声が発せられた。

 刑事たちにとっては不意打ちだったようで、堂宮刑事も越川刑事もぽかんと口を開けていた。


「……そうか、今日はこの旅館に来ると話してたね」

「はい。私たちが捜査で得た情報を提供する代わりに、そちらで開示できる情報の確認をしたいとの約束でした」

「でも、なんで君らが謝罪するんだい? 君らは何も悪く……」

「いや、それでも白装束がかかわる事件である以上、警戒はすべきでしたから」


 そして、俺と椿は足立警部にも向き直った。


「警部さん、本当に申し訳ございません」


 俺と椿が頭を下げると、足立警部は興味深そうに俺たちを見上げていた。


「白装束事件の協力者の私立探偵は君たちだったね。うちの班で話題になっているよ。それでも、白装束の組織に撃たれたとなれば、君たちを協力させるわけにはいかない。一歩でも間違えば、君たちの命もなかった」

「それは承知です。私たちも “人生をやり直せる薬” で苦しんでいる人を救うために行動してますから。確かに、白装束に襲われた以上、対策は練らなければなりません。でも、これは私たちの不注意であって、警察の皆さんの責任ではないはずです」


 足立警部は考え込むように顎に手を当てた。しかし、首を横に振った。


「そうではないんだ。警察としては、市民を守る立場。最低でも君らに護衛をつけるべきだった」


 警部は俺に顔を向けた。視線が俺の目に定まる。


「で、金谷君、確か君は高名な金谷元警部の息子さんだろ?」

「あ、はい……」

「元警部は私の同僚でもあって、彼は素晴らしい警部だった」


 謎の威圧感が俺を押さえつけていた。何とか俺は喉の奥から言葉を絞り出した。


「警部さんのお名前も……父から聞いてます」

「そうか。それなら、話は早いな」


 足立警部は目を閉じると、淡々と話し始めた。


「金谷君のお父さんは殉職された。彼は、白装束の実働部隊に殺されたんだ」

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