第95話 おかしい弾痕
俺たちは常盤市最大の病院である常盤総合病院に来ていた。
ガラスで顔や肩にけがをした俺と椿は応急措置を受けた後、念のため検査を受けた。幸い、身体に異常はなく入院もする必要はないとのことだった。
一方、銃弾を受けた朝永さん、そして心理的に大きな負担を受けたとみられる泰子ちゃんと紅葉ちゃんは精密検査を受けるため、入院することとなった。
朝永さんは緊急手術室に搬送されたが、幸い急所を外しており、一命を取りとめた。意識もはっきりしており、その日のうちに一般病棟に移った。
俺と椿は紅葉ちゃんが入院している病室にいた。紅葉ちゃんはいろいろありすぎて疲れ切ったのか、虚ろな目をこちらに向けていた。
「紅葉、明日の夜にお見舞いに来るから、しっかり休むのよ」
「うん……」
「多分、病院だから大丈夫だとは思うけど……何か不安なことがあったら私に電話してね」
こくりと紅葉ちゃんは頷くだけ。
あんな光景を間近で見たんだ。意気消沈するのも無理はなかった。
同じ病室では泰子ちゃんもいた。彼女は一部をガラスで切っただけだが、精神的なダメージが大きかった。泰子ちゃんは疲れ切ったのか眠っていた。
「……まさ……や……」
夢を見ているのか、うわごとがこぼれていた。
一方、朝永さんは別の部屋にいるが、現在は面会謝絶。容体が安定するまでは絶対安静とされていた。
***
翌日の昼前、俺は椿とともに常盤署に来ていた。警察に押収された椿の車の確認が終わったため、取りに来てほしいと連絡があったからだ。
もちろん、警察署まではバスを利用していた。ホント、何年ぶりの利用だろうか。
しかし、バスの中で俺は違和感を覚えていた。
あの時の発砲音は三回。
うち二回はこの車に向けて発砲されたものだが、一発は明らかに近くで発砲されたものだ。
白装束が至近まで来て撃ったのか……。
警察署の駐車場では堂宮刑事と越川刑事が、押収された椿の車、小型車フィートの前に立っていた。銃撃を受けて、フロント、リア、そして両サイドのガラスに穴が開き、さらに一部ボディも被弾していた。
「……そんな」
あまりの痛々しい傷を負った自分の車に、椿は膝をつかざるを得なかった。
「やっぱり、改めて見ると車、ボロボロになったわね」
椿はため息をついた。
俺は何とか言葉を選び出して、椿に声をかけた。
「椿……。あんまり慰めにならないかもだけど、命が助かっただけましだと思う」
「そうよね……。そんなことより、今は事件よね。誰も命を取られなかっただけでも良かったわ」
なるべく椿は平静を装おうとしているが、彼女にとってつらい心境なのは間違いなかった。
堂宮刑事が声をかける。彼も慎重に言葉を選んでいるようだった。
「神原さん。車のキーは中に入っているから……」
「ありがとうございます、堂宮刑事さん」
俺は場の空気を変えること、そして事件の情報収集のため、堂宮刑事に話しかけた。
いつまでも意気消沈していては、精神的に気が滅入るだけだ。
「その、刑事さん。椿の車に何か変わったところとか、ありましたか?」
堂宮刑事は首を縦に振った。
「神原さんの車は少なくとも四発被弾しているはずなんだ。だけど、一発だけおかしい弾痕があった」
「おかしい弾痕?」
まさかと思った。
「後部座席のシートを見てほしい」
そういって堂宮刑事は車の後ろのドアを開けた。
後部座席には紅葉ちゃん、朝永さん、泰子ちゃんが座っていた。朝永さんが腰かけていたシートには十センチ程度の黒い染みができていた。
しかし、その弾痕が不自然だった。
よく見ると、シートには下から銃弾が撃ち込まれたような穴ができていた。
「この穴って、まさか、車内で撃ち込まれたんですかね」
俺が尋ねると堂宮刑事は首を縦に振った。
「ああ。恐らくだが……あの人が自分で撃ったんだ。拳銃を車に持ち込んでね……」
それは俺たちにとって衝撃の二文字以外では表しようがなかった。
俺は状況を詳しく聞くことにした。
「発砲した拳銃は見つかったんですか?」
「いや、車の中からは見つからなかったよ」
「じゃあ、まだ持ってるのかも……弾丸は見つかりましたか?」
「ああ。幸い、森の中で同じ弾丸が見つかった。一応、何か付着物がないか鑑識で調べてもらってる」
***
一体何の目的で銃を撃ったんだ? 追われる立場なのに、なんで自分をあえて窮地に立たせようとするのか……。てか、なんで銃を持ってるんだ? 普通に犯罪だと思うんだが……、暴力団とかどこかのスパイでもあるまいし……、まさか、自作したのか?
俺はファミリーレストランで注文した品が来るまでの間、書き留めたメモを見ながらいろいろ考えていた。
あの後、椿の車を修理に回すため、最寄りの自動車販売店に電話をかけ、レッカー車で運んでもらった。ただ、椿は車の損傷の具合がひどいため、修理の見積もりによっては買い替えも考えなきゃいけない、と話していた。
そして、夕食にするため、近くのショッピングモールのレストランを訪れていた。
今日は遅くなることは母さんに伝えてあった。
「リツ、顔怖いよ。落ち着いたら」
椿の声に俺は我に返る。
椿は不安そうな目を俺に向けていた。
「後部座席の弾痕について、いろいろ考えてたの?」
「ああ」
俺は首を縦に振る。乾いた喉をコップに入った水で潤した。
「正直、考えることが多すぎて頭が追い付かないんだよ。いったい、誰に命を狙われてるんだ……」
頭の中が混乱している。
もう一度メモに状況を整理するため、書きだしたほうがいいかもしれない。
椿が頬杖をつく。
「これまでのことから考えて、普通に白装束じゃないの? それか……姉川班の刑事さんとか」
「ああ。姉川班の警官たちは泰子ちゃんを捜してただろ? だけど、この事件はまた別の目的があるように思えるんだ」
「別の目的って?」
「あんまり考えたくないんだけど……」
俺はふと考えたことを椿に告げた。
「え、それ本気で考えてるの?」
椿が怪訝な顔をする。
「でもそう推測しないと、なぜ俺たちの周りで殺人事件が都合よく起きるのか、その説明がつかないんだ」
「……つまり、私たちは利用されてたって推測してるのね」
俺はこくりと頷いた。
「そんな……」
椿は複雑な感情を顔に浮かべていた。
俺たちを利用する理由は証人にするためだろうけど、今はわからない。
考えないといけないのは彼らが実行に移した動機だ。さらに、犯行を行った証拠を押さえないといけない。
「椿、提案があるんだけど、明日にでもまた現場に行ってみようぜ」




