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第91話 根拠のない思いつき

 酒川は両手で台を強く叩くと、大きな足音を立てて部屋を出て行った。

 俺は心臓が止まりかけた。あそこまで追い詰めたのに、心の動揺が収まらない。


 しばらくして場が落ち着いてくると、すぐに沈黙は破られた。


「リツ……どうやら図星だったみたいね」


 ハッとして振り向くと、椿は肩を震わせて怯える紅葉ちゃんの背中をさすっていた。

 俺は顔を縦に振る。


「ああ。これであいつらの目的が分かった。でも、もしこれで背後の白装束がいるとしたら……」


 正直ここから先はわからない。なぜ白装束が泰子ちゃんを狙うのか?


「白装束が……何かあるの?」


 椿の不安そうな声に我に返る。


「いや、なんで泰子ちゃんを姉川班が捜してたんだろうって。普通捜索願を出すような事件じゃないのに、捜索願が出ているって言ってただろ? 確認を取る必要はあるけど、おそらく泰子ちゃんの捜索はフェイクで、何らかの理由で泰子ちゃんを拉致する必要があるんだ」

「別の目的があるってことよね」

「ああ。それで、白装束の話になるんだけど……」

「何らかの形で繋がってるのかもしれないって言ってたけど、さっきの聞き取りだけじゃねえ……」

「うん。何も情報はない。でも、よくよく考えてみたら白装束が背後で動いていた痕跡はあった。だから、関係ないとは言い切れないんだ」


 そして俺は根拠はないが、ある仮説を立てていた。それを椿に話すと彼女は顔をしかめた。


「ねえ、それって本当に考えてるの? 根拠もなくただの思い付きだけって、あなたらしくないじゃない」

「まあ賭けてみる価値はあると思うぜ?」


 憶測だけでも、そう考えたほうが大体の話の筋は通る。

 だが、それならなぜ姉川班の面々が殺されているのか……。謎はまだ残ったままだ。


 椿は腕時計を見ると俺と紅葉ちゃんに顔を向けた。


「とりあえず、堂宮刑事に報告に行きましょうか」


***


 堂宮刑事と越川刑事も事情聴取がひと段落したようで、玄関のソファに腰かけ休憩をとっているようだ。


「刑事さん、お時間いいですか?」


 椿が声をかけると堂宮刑事は右手を上げた。


「お、酒川巡査部長への事情聴取は終わったみたいだね」

「はい、なんとか……」


 椿は苦笑いを浮かべながらも、結果の報告に入る。

 酒川は入浴やトイレの時間を除いて、木田警部補と行動を共にしていた。一方で、彼が浴場から部屋に戻ってきたときに木田警部補が誰かと通話をしていた。木田刑事はその内容を酒川に教えてくれなかった。

 その後、二人は床に就いたが、事件は酒川が眠っているときに発生した。


「そして目が覚めたときには木田警部補は亡くなっていたそうです」

「ありがとう。酒川巡査部長のアリバイ証人はいない訳だね」

「はい」


 椿が答えると、越川刑事がその内容をメモしていた。

 越川刑事は眼鏡を整えながら、


「……そういえば、木田警部補と酒川巡査部長が宿泊した部屋には何者かが侵入した形跡はありませんでしたね。指紋も二人のものしかありませんでした」

「じゃあ、実際に二人しか部屋にいなかったんだな。部屋に荒らされた様子はあったのか」

「いえ。布団に不自然な点はありませんでした」


 二つ敷かれた布団は、両方とも起床時に布団から出る様子になっていたらしい。


 その話を聞いて俺はあることを考えていた。

 犯人は寝静まったのを見計らって、木田警部補を呼び出して殺害したんだろう。

 アリバイがない酒川が実行した可能性もあるが……現場に酒川の指紋がなかったのだろうか。

 だが酒川はこの事件にひどくおびえていた。上司二人が殺され、自分が狙われている可能性があるからだろう。


「それで、刑事さん。私たちからいくつかお願いがあるんですけど……」

「なんだい?」


 俺は椿に三つ、警察への依頼として伝えてほしいことを話していた。

 一つは酒川たちが泰子ちゃんを捜していたことについて。泰子ちゃんの家族から捜索願が出ているらしいが、本当に出ているのか調べてもらえないか。

 次に、証拠品。特に事件現場の指紋や血痕、そして紅葉ちゃんを眠らせるのに使った薬品の正体。

 最後に、酒川巡査部長を保護すること。酒川は犯人に狙われている可能性が高い。警察に保護を求めたほうが賢明だろう。

 これらのことを堂宮刑事に伝えると、刑事は顔をしかめた。


「うーん……わかったけど、酒川巡査部長の保護かあ……本人を悪く言うつもりはないんだけどなあ」

「なんというか、あからさまに私たちを見下していますよね」

「ああ……姉川班は酒川さんみたいな人多いからね」


 堂宮刑事と越川刑事の表情から、警察内部での軋轢が見え隠れしていた。

 父さんが話していたが、亡くなった姉川警部が所属していた姉川班の前身のグループは、捜査一課でも華と呼ばれる班。功績を上げれば署内で大々的に祝福される。

 一方、父さんが所属していた班は地味な事件や、警察が関わりたくない事件の捜査を押し付けられているという。


「足立警部から一声かけてもらうようにお願いしてみるよ」


 その後も事情聴取は続いたが、結局全員睡眠時間があること、同時に寝ていた時間もあることから、アリバイの立証は困難だった。全員が怪しいということで、連絡先を警察に伝えた後、事情聴取はお開きとなった。

 一方、現場の検証も進められていた。凶器はロープだが、木田警部補が吊るされていたロープからは何も指紋は検出されなかった。ゴム手袋や軍手などで手を保護して犯行に及んだとみられた。


 その日の昼前、俺たちは依頼人の朝永さんと泰子ちゃんとともに椿の車フィートに乗って、別の地区に移動していた。今度は日本一広い湖のほとりにある横山池近くのペンションに泊まることとなった。なお、今回提案してくれたのは泰子ちゃんだ。

 怪しまれないために途中のショッピングモールで、家族連れを装える服を買い、横山池に向かう。俺たちは親戚同士の付き合いで、夏休みを利用してペンションに泊まることになった――という設定だ。

 後部座席では紅葉ちゃんと泰子ちゃんが会話に花を咲かせていた。


「本当にキャンプ行くみたいな感じだね、泰子ちゃん」


 紅葉ちゃんは夏の太陽の光を浴びる木々を車窓越しに眺めていた。

 泰子ちゃんも目を輝かせて外の景色を見ていた。


「うん。わたし、パパやママとお泊り行ったことないから、なんか新鮮!」

「泰子ちゃんのお父さんとお母さんってお仕事忙しいんだね」

「うん。ほとんど家に帰ってこないもん。でも、まさ兄ちゃんがパパの代わりになってくれるから、寂しくない」

「パパの代わりかあ、頼もしいなあ……泰子ちゃんのお兄さんって」


 泰子ちゃんは俺たちにもなじんできたのか、朝永さんも交えて雑談も多くするようになってきた。朝永さんと話していたが、泰子ちゃんは本来は明るく誰とでも仲良くなれる性格なのだという。

 このまま、何事も起きなければいいが……と俺は楽しいムードの車内を横目に物思いにふけっていた。

 しかし、旅館を出たときの酒川の様子が気になる。酒川の保護を堂宮刑事が持ち掛けたとき、酒川はこちらを睨んでいた。俺が顔を向けると、酒川は磁石が反発するかのように顔を別の方向に向けた。


 すごく、嫌な予感がする。


 その刹那。

 誰かが大声を上げた。


――みんな、伏せろ‼


――バン‼


 耳を突き破って全身を揺らすような乾いた発砲音が車内に響いた。



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