第85話 安全確保
俺たちは事情聴取から解放された。また必要があれば警察署に来てもらうかもしれない、と堂宮刑事は話していた。
椿と相談した結果、俺たち三人は朝永さんや泰子ちゃんと合流することになった。
「しっかし、同じ仲間なら似た者同士、気が合うものねえ」
椿は笑っているものの、若干の皮肉も込められている気がする。
「仕方ないだろ……。父さんと堂宮刑事は気の知れた関係だったんだしさあ」
「まあ、警察の人と仲良いのは大事なことだけど、今は依頼人を守ることが最優先なんだから、メリハリはつけてよね」
「……わかりました」
「わかればよろしい」
そんなやり取りをしながら朝永さんらがいる客室に向かう。二人ともすでに事情聴取は終えており、俺たちがドアを開けて入ると、心配そうな面持ちを向けていた。
「探偵さん……」
朝永さんがソファから立ち上がると俺たちの前にやってきた。泰子ちゃんもパタパタと駆けてくる。
二人の前に立つと、椿は一呼吸を置いて話し始めた。
「ホテルに到着して、早々に大変なことになってしまいましたね……」
椿はかけるべき言葉を慎重に選んでいるようだ。
朝永さんもため息をつく。
「ええ。僕たちもみっちりと事情聴取を受けました。事件の時は自室にいただけなんですが……」
「まさ兄ちゃん……あたしが外出てたからだよね」
泰子ちゃんが申し訳なさそうな表情を朝永さんに見せていた。
「いや、泰子は悪くないよ。夏だし、喉は乾くだろうからさ」
事件があったとき、泰子ちゃんは事件現場の近くにいた。実は、俺たちがいる階には自販機がなく、彼女は上の階にジュースを買いに行っていた。
「その時にね、あたしくらいの子がいてね。その子はこのホテルの制服を着てて、お客さんにコーヒーを運んでいたんだけど、なんでかなあって思って」
確かにそんな子供を何人か見た。このホテルが子供のアルバイトを雇っているのだろうか……。だけど、バイトにしては幼すぎる気がする。母さんが言っていたが、アルバイトを雇ってもいいのは満十五歳になってからだ。
「職業体験かしらね」
泰子ちゃんの言葉に椿は反応した。
「職業体験? このホテルって、そんなことやってたのか?」
椿に聞くと、彼女は一瞬不思議そうな表情を見せつつ、話を続けた。
「あれ? 小学校のころやらなかったっけ? 市内の企業に三日間職業体験に行くやつ」
「ああ……確かにあったなあ」
椿の発言が起爆剤となって、微妙な記憶が鮮明によみがえる。確か、親が勤めている会社はダメだとかで、俺は銀行を希望したんだっけか……。
窓口業務の手伝いをしたが、口足らずで活舌が死んでいた記憶しかない。幸いお客さんは怒らなかったが、笑いものにされたっけ?
「確か、このホテルは職業体験を受け入れていましたね」
朝永さんが口を開く。
俺はスマホを操作して、ホテルのウェブサイトを確認した。どうやら、最近は市内の小中学校から短期間の職業体験を実施しているようだ。
「まさか、子供が犯人?」
椿が信じられないというふうに口を開くが、俺は首を横に振った。
「いや、子供はコーヒーを運んだだけだろう」
事前に、警部さんの嗜好を知っている人物が、毒を仕込んだとしか考えられない。
「姉川警部のことを知っている人間が毒を仕込んだんだ」
「……まあ、そうよねえ。ブラックコーヒーにだけ、毒が入っていたみたいだからねえ」
それより、これからどうするかだ。殺人事件だから、このホテルはしばらく警察の捜査が入る。そうなると、ホテルに入れなくなる。
俺は椿に相談した。
「いっそ、別のホテルを借りて、一夜を過ごすしかないよな」
「そうね。現場を荒らすわけにはいかないわ」
「料金が惜しいけど仕方ない」
依頼人の安全確保が最優先だ。
今はちょうど午後二時。夕方までまだ時間があり、外は猛暑をもたらす太陽が照り付けている。
どこか、涼しい場所にある宿泊施設だといいのだが……。
椿は朝永さんにこれからどうするか説明していた。このホテルを後にすることになるが、朝永さんと泰子ちゃんは受け入れてくれた。
「それなら……血原野公園とかどうですか? あそこなら、いい感じの宿があるんです」
提案したのは朝永さんだった。
血原野公園……物騒で生々しい響きの公園だが、その昔戦国時代に天下統一を進めていた武将が、北国のライバルを打倒したとされる激しい戦闘が繰り広げられた場所だ。今は公園として整備されているが、当地が合戦場であったことが碑文として残されていた。
公園周辺は避暑地としても知られていて、周囲に別荘も数多くある。もちろん、旅館やホテルも建っている。しかし、人通りも少なく、隠れられる場所は無数にある。ここなら、一時的とはいえ<殺し屋X>から逃れられるかもしれない。もちろん、奴らが潜伏していないことが前提になるが。
椿は朝永さんの提案を受け入れた。
「わかりました。お金は私たちがお支払いします。それで、宿泊先ですが……」
相談の結果、朝永さんが提案した旅館、血原野公園のすぐ南にある、『千川荘』に決まった。
念のため、白装束の連中が潜んでいないか確認する必要がある。俺たちは椿の車で血原野公園に向かった。
運転中、旅館に行くまでの道中で俺は椿と今後の動きについての打ち合わせをしていた。
駐車場に着いたら、俺と椿は旅館までの道とその周辺に何か不審なものはないか、確認することになった。紅葉ちゃんと朝永さん、そして泰子ちゃんは椿の車の中で待機するのだ。
夕方四時を回り、日が傾いてきた。外はまだ暑いが、ここは森の中。小川のせせらぎと、ヒグラシの鳴き声が響いていた。ほのかに涼しく、昔合戦場だったとは思えない風景が広がっていた。
駐車場に車を停め、俺と椿は外に出た。
「それでは、私たちは周りを確認してきます。紅葉、カーテンを閉めてくれるかしら」
「わかった。お姉ちゃん、無理しないでね」
「ありがとう」
紅葉ちゃんが了承するのを確認すると、紅葉ちゃんは車のカーテンを閉めた。




