第84話 被害者は警察官
パトカーが数台、ホテル前の駐車場に駆け付けていた。静かだったホテルが騒がしくなる。
まさか、泊まることになったホテルが殺人現場になるとは、誰が思っただろうか。
俺と椿、紅葉ちゃんの三人と依頼人の朝永さんと泰子ちゃんとともに、事の経過を見守っていた。
俺は上の階であったことを椿に伝えていた。椿はため息こそついていたが、
「深追いしなかったのは成長したわね」
と、まんざらでもない表情だった。
ただ、依頼とは関係ないという理由で現場の確認はできなかった(事件が俺を呼んでいるような気がするが、俺たちは依頼人のために行動している。この場はぐっと我慢だ)。
とはいえ、俺たちは事件の発見者でもあったので、警察から事情を聞かれることになった。
空き部屋を借りての事情聴取となる。俺と椿、そして紅葉ちゃんの三人の前には二人の警官がいた。なお、朝永さんと泰子ちゃんは別の部屋で事情を聞かれていた。
黒いショートヘアにすっきりした顔立ちの長身の刑事、そして茶色い髪の知的な女性の警官――堂宮刑事と越川刑事だった。
堂宮刑事は俺たちを見るなり、苦笑いを浮かべた。
「……また君たちか。ほんと、重大な事件が起きると必ずいるんだねえ。【ときわ探偵事務所】さんは」
「そ、そうですねえ」
椿も苦笑を浮かべる。
「お姉ちゃん、ひょっとしたら事務所に悪霊がいるんじゃない?」
なぜか不気味な低音ボイスで紅葉ちゃんが顔を下げながら俺たちを見ていた。
「ま……まさか……。紅葉、怖いこと言わないでよ」
いや、一応実家神社なんだから怖いんなら払ってもらえよ……というか幽霊とか悪霊とか信じてるのか。
俺はため息をつくと、軽く咳払いをした。そして、メモを見ながら事件に遭遇してからの経緯を話した。
「元々は、依頼人の警護のために、このホテルに来たんです。それで、今後どのように依頼を進めるか、椿や紅葉ちゃんと相談していたら……」
そう言って俺は窓を見た。
「窓から人が落ちてきたんです」
「ほう。みんな、それを見ていたんだね」
堂宮刑事の問いかけに椿と紅葉ちゃんも頷く。
「ほんの一瞬でした。でも、悲鳴は何も聞こえませんでした」
椿が話を続けると、堂宮刑事は警察手帳に目を通しながら、なるほどと頬杖をついた。
その時、越川刑事のスラックスのポケットに入っていたスマホが鳴った。彼女はスマホを手に取って通話に出る。
「はい、越川です……はい……えっ?」
いつもは落ち着いた雰囲気の越川刑事の表情が一気にこわばった。
「ちょっと、それ……どういうことですか? 本当なんですか?」
しばらくして、「わかりました」と告げると、越川刑事はスマホの電源を切った。
俺たちは越川刑事の様子を見守っていたが、彼女の様子を見て上司の堂宮刑事が話を切り出す。
「鑑識から連絡があったのか? 何か、わかったのか?」
「ええ……。遺体の身元と、死因がわかりました……」
そして越川刑事は一呼吸置くと、ゆっくりと通話内容を話し出した。
「殺害されたのは姉川班長の姉川警部。そして、死因は……中毒で嘔吐物を喉に詰まらせたことによる窒息死です。体内から青酸カリ反応がありました」
***
越川刑事の話を聞いて、空間の時間が止まった。堂宮刑事も驚きが隠せず、開いた口が微動だにしない。
俺は戸惑うしかなかった。いつも見せる刑事さんの表情じゃない。
そして、被害者の名前。どこかで聞いたことがある。
「おい……嘘だろ。姉川さんが?」
「ええ……。ホテルに潜入捜査に来ていたようで……。班の部下の木田警部補と酒川巡査部長も同行していました」
しばらく堂宮刑事は沈黙を貫いた。
越川刑事は堂宮刑事の顔を不安そうに眺めた。
「堂宮警部補?」
「……わかった。報告ありがとう。話を続けてくれ」
「はい。姉川警部が飲んだブラックコーヒーに毒物が仕込まれていました」
「姉川さんはブラックが好みだったからな」
「ええ。シロップやミルクも入っていなかったそうです……」
殺人事件の被害者が警官というだけでも前代未聞である。俺の父のように犯人から攻撃されて殉職したのならわからないことでもないが……。
その後も話が続いていたが、どうやらホテルの従業員からコーヒーと緑茶、そしてブラックコーヒーが振舞われていた。同室にいた警官三人がそれぞれ注文したという。
越川刑事にねぎらいの言葉を発した後、また堂宮刑事はまた無言になった。
また沈黙が場を支配する。
椿も、紅葉ちゃんも顔を見合わせている。
事実上、事情聴取はストップしてしまっている。
なんとか行動を起こさないといけないが、なぜか俺から声が出ない。
「リツ、私たちどうする」
椿に呼ばれ、俺ははっとした。
「……どうって。とりあえず、事情聴取を一度切り上げさせてもらって、朝永さんと合流しようぜ」
「……そうね。許可をもらわないと」
椿は比較的正気を保っていた越川刑事に今日の事情聴取はまた後日にお願いしてほしいと尋ねた。
越川刑事は堂宮刑事にそのことを伝えると、堂宮刑事は気を取り直して俺たちに向き直った。
「申し訳ない。被害者がかつての上司だったからね……」
「そうだったんですか……」
「ああ。姉川警部って名前、君の父さんから聞いたことないかい?」
その名前は父から聞いたことがある。
父より年下の警部でそれなりに優秀な実績も持ち、性格は冷静かつ大胆で、その機転の利く頭脳で部下に指示を出し、凶悪事件を何度か解決している。しかし、暴力団や秘密結社といった裏社会との関係も噂され、後ろめたい背景も持った人物だった。
実は父は姉川警部の裏事情を探っていたこともあり、姉川班の面々から嫌われていた。堂宮刑事は父の死後、姉川班に所属していたことがあったが、彼は堂宮刑事は父の班所属だったため、姉川班にいづらかったという。
「今じゃ別の班だけど……なんか班の秘密主義的なところが不快でね……」
「へえ……」
「まあ、警察にもいろいろ事情があるんだよ。君の父さんはすごい人だったけど、むしろ少数派なくらいだ」
「俺の父さん、警察で孤立してたんですか」
「そんなことないさ。だけど、警官だって人間。その場の雰囲気とか空気で変わってしまうんだよ」
どこか悲しそうな顔をした堂宮刑事。
どんな言葉をかけようか迷うが、俺は堂宮刑事の信念は俺の父さんから引き継がれたものだと確信していた。
「……でも、堂宮さんは父さんの意思を受け継いで、頑張ってるじゃないですか」
「ああ、そういってくれると助かるよ」
その時、堂宮刑事が苦悶の表情で顔をゆがめた。歯を食いしばって何かをこらえている。刑事の耳が越川刑事の指でつままれ、引っ張られている。
「いてて……」
「堂宮さん! 話はそこまでですよ。今は仕事中ですし、ぺらぺらと一般の人に事情を話さないでくださいよ……」
「あ、越川……すまない」
「探偵事務所の皆さんにお世話になってるのはわかりますけど……」
越川刑事は苦笑いしながらも「ダメ」という意思を上司に向けていた。
いつもは大人しくどちらかというと頭脳派な越川刑事だが、堂宮刑事の前ではこうして彼を律する動きも見せるらしい。
一方、隣で椿も呆れたように笑いながらも、片目で俺を睨みつけていた。
「リツ、とりあえず引き上げるわよ。越川さんに事情は話したから」
「あ、はい」




