第81話 現場百遍
その日の午後。
アパートのドアにラミネートフィルムで作成した下げ看板をつるす。
――しばらく休業します。 ときわ探偵事務所
俺たちは急遽新規の依頼受付を停止したうえで、しばらく探偵事務所を閉めることにした。持ち込まれた依頼が急を要する事態だったからだ。宣伝に力を入れていた矢先だったが、依頼人を守るためにも仕方がない措置だった。
二人から聞いた話は恐るべきものであった。
――今すぐに泰子を差し出せ。さもなくばお前の家族も、仲間も皆殺しだ 殺し屋X
朝永さんと泰子ちゃんの逃避行が始まったのは数カ月前。突然、もともと住んでいたアパートの郵便受けにこの脅迫状が届いた。
以降、二人の周りには何者かに監視されているような気配や、不審な物音がするようになったという。二人はそのたびに住むアパートやマンションを転々としていた。しかし、彼らの居場所は〈殺し屋X〉には手に取るようにわかるのか、行く先々で脅迫状や怪現象が起きていた。
〈殺し屋X〉を名乗る謎の存在に追われている――その悩みは朝永さんの話を聞く限り、切実なものと受け止められた。依頼人の話を聞いていると、彼らが住む部屋に盗聴器が仕掛けられているかもしれないことは想像できた。
現在、俺たちは依頼人の朝永さんと泰子ちゃんとともに、椿の車に乗って朝永さんらが暮らすアパートに向かった。アパートは常盤市北西にある住宅街にあるが、入居したのは今月に入ってからだという。
俺たちはまず、盗聴されているとみられるアパートを確認することになった。「現場百遍」という言葉が警察にはあると俺の父が話していたが、それは探偵も同じ。現場を何度も確認して、敵を探る必要がある。
とはいえ、殺し屋に追われているためこのアパートは近日中に引き払う予定らしく、今日のうちに入念に調べておかなければならなかった。
アパート「大西建託 ロングビーチ」。湖畔の砂花沿いに建てられたこのアパートに朝永さんと泰子ちゃんは住んでいた。築数年の比較的新しい二階建てアパートで、若い学生や会社員が入居していた。
朝永さんはカードキーを取り出すと、解錠してドアを開けた。
「ここです」
「今も盗聴されている可能性は?」
椿が尋ねると、朝永さんはこくりと頷いた。
「……あるかと思います。今朝も大学に欠席の連絡入れたときも、スマホがつながりにくかったんで」
俺はあたりを見回した。この部屋のどこかに、盗聴器が隠されているという。
いま、確認すべきことは二つ。盗聴器が本当にあるのか、そしてあるとしてどこに隠されているのか……。
俺は椿と紅葉ちゃんにあることをお願いした。
「椿、紅葉ちゃん、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
「なんなの?」
椿の言葉とともに紅葉ちゃんも駆け寄る。
「椿は一度外に出て、俺に電話をかけてほしいんだ。俺はスマホを持って盗聴器を探る。その時に、紅葉ちゃんも一緒に探してほしい。たぶん、物陰とかに隠されているはず」
俺の言葉に二人とも頷いてくれた。
早速、盗聴器の捜索を始める。椿が駐車場に止めてある自分の車に向かい、俺と紅葉ちゃんはスマホを片手に椿からの連絡を待った。
すぐに椿から連絡が入る。俺はすぐに電話に出た。
「もしもし、聞こえるか?」
【な○か・・・わ・か・・。そ・ち・・こえて・?】
たびたびノイズが入るのか、椿の声が聞こえにくい。
俺はSNSアプリ、SENNを使って椿にメッセージを送った。
リツ[雑音が入ってる。そちらはどうだ?]
すぐに返事は来た。
椿[同じく。部屋の中に仕掛けられているのは間違いないわね]
念のため、紅葉ちゃんのスマホからも椿に連絡を入れてもらったが、やはり同じような症状が現れた。
俺は盗聴器を見つけ出すために、黒い小型のアンテナがついたGPS無線機を取り出した。このように、盗聴器の発見依頼を受けることも増えたので、免許が不要なタイプのものを数機購入していた。
無線機の信号に注意を払いながら左右上下にゆっくり動かし、反応を探る。強い反応が出たらそこに盗聴器が仕掛けられている。
すると、突如無線機の信号が強く点滅した。そこはテレビの裏側。コードが複雑に絡まっているが、ここから盗聴器の反応があった。ちょうど子供が入れそうなスペースがあるが……。
「紅葉ちゃん、多分、この中に盗聴器があるかも。テレビの裏に入れる?」
「わかった」
紅葉ちゃんはテレビの裏に入ると、そのコードをかき分け根元を探っていた。
外から戻ってきた椿、朝永さん、そして泰子ちゃんもその様子を見守っていた。
しばらくして、紅葉ちゃんは何かを見つけたのか、つかんだものをゆっくりと引っこ抜いた。
「……あったよ。たぶん、これだと思う」
紅葉ちゃんの手には正方形の小型プラグが乗っていた。それを見た椿が確信めいたのか、口を開いた。
「これ……プラグタイプの盗聴器だわ。テレビの裏に紛れ込ませていたのね」
俺は椿の言葉に続けた。
「テレビの裏なんて普通コードがたくさんついているから、接続プラグ一つあっても目立たない。隠すにはうってつけだよ」
朝永さんと泰子ちゃんは開いた口が塞がらず、怯えも止まらなかった。
「そんなところにあったなんて……。きっと、あいつらが仕掛けたんだ。白い服の……奴らが」
朝永さんが漏らした言葉に俺はハッとした。
――白服の奴ら……!?
まさか……〈殺し屋X〉って……。




