第79話 宣伝強化キャンペーン
七月、梅雨が明けて一気に暑くなってきたある日。探偵事務所は今日も通常営業になっていた。事務室はエアコンが効いていて、熱中症対策にテーブルの上に塩タブレットが置かれ、そして冷蔵庫に経口補水液が冷やされている。
俺は探偵事務所の事務室でパソコンとにらめっこをしていた。俺は今、探偵事務所のホームページを作っている。現在は、探偵事務所の宣伝強化月間。「ときわ探偵事務所」の知名度を上げて、依頼をさらに受けるため、俺たちは宣伝を強化していた。
ホームページ作成は、昔東京の会社に勤めていた時に経験があった。
「リツ、作業中悪いけどホームページよりも、先にチラシを作ってほしいのよ。少しでも外に出向いて、依頼が来るようにしたいの」
椿が常盤市の地図帳を持って俺のところにやってきた。地図帳には付箋がびっしり張り付けられている。
「わかった。一通り済んだら作るよ」
「お願いね。私はどこで宣伝と、聞き取り調査したほうがいいか調べてるから」
「近いうちにチラシ配りに行くのか?」
「今のところ明日予定が開いているから、どうかなって」
現在、俺たちは探偵事務所に来る依頼数を増やすため、【宣伝強化キャンペーン】を実施していた。
なぜ俺たちは宣伝を強化しているのか。いうまでもなく、少しでも“人生をやり直せる薬”と“ホワイトリップル研究所”の情報を得たかったからだ。
俺は五月下旬に収監されている毒親事件の犯人から、もう一つの“人生をやり直せる薬”について聞かされていた。そこでよくわからなかった薬に関することが次々と判明した。
その薬は姿を縮める効果がある薬と、元の姿に戻せる薬の二種類があるという。二つの薬はカプセルに刻印されている鳩のマークの色で識別できる。水色の鳩マークが刻印されているものは幼児化させる作用があり、黒色のものは幼児化した身体をもとの姿に戻す作用があった。そして、黒いマークの“人生をやり直せる薬”は、元の姿のまま使用すると強い毒性で死に至るという劇物だった。
話を聞いて俺は居ても立ってもいられなくなった。とにかく、これを早くみんなに伝えないと。
さっそく事務所に帰って椿と紅葉ちゃんに話そうとした……が、まさかの姉妹の父である柳さんがいたため、その場で話ができなかった。柳さんは俺に謝罪していたが、話によれば姉妹と父親の間で和解が成立したとのことだった。
その後の作戦会議で俺は判明した事実について椿たちに話していた。
「じゃあ、その黒いマークの薬があれば、紅葉は元に戻るのね」
椿は両手を合わせて、目を輝かせていた。
「ほ、ほんとなの、リツさん!?」
当事者たる紅葉ちゃんはさらに身を乗り出していた。
「ああ。間違いない。そもそもその黒い鳩マークの薬は、紅葉ちゃんや隼人が飲んでしまった水色タイプの薬を飲まないと効果がないんだよ」
「もし、そのまま飲んだらどうなるの?」
椿の質問に、俺は声を低くして答えた。
「間違いなく、死ぬ。黒いマークの薬は水色の薬の解毒薬なんだけど、普通の人間には猛毒の薬なんだ」
何かピンと来たのか、椿は顎に手を当てた。
「猛毒……。そういえば、この黒いマークの薬は去年の同窓会事件でも使われてたよね。その時は、飲まされた古川くんが死んじゃって……」
「ああ。あいつは元に戻す薬を誤って飲まされたんだよ」
「つまり、松山君は白装束の組織から、解毒薬を渡されたってこと?」
俺は頷いた。これまでに判明したことをつなぎ合わせると、組織側が意図的に、もしくは誤って黒いマークの薬を売ったのだ。
しかし、人生をやり直せることを売りにしている組織が、黒いマークの薬を売るとは考えづらかった。
「白装束側のミスの可能性がある。まあ、詳しいことはわからないし、その薬を使って本当に元の姿に戻るのか、確証もない」
「そうよね。でも、元に戻る可能性が少しでも出てきたのは嬉しいわ」
椿の声はいつになく希望に満ちた、明るいものになっていた。
少しでも、白装束の真の目的を暴き、紅葉ちゃんをもとの姿に戻す。暗く長いトンネルに、ついに光が見え始めた気がした。
だが、すぐに方法が集まるわけでもない。夕方のニュース番組(地元)で取り上げられたくらいで、多少依頼は来るようにはなったが、初めの一時期だけ。一カ月も経つと依頼数は探偵事務所設立時のレベルにまで落ち込んでしまった。
仕事を増やすには宣伝するしかない。そのため、俺たちは探偵事務所のホームページを作り、さらにチラシやビラ配りで探偵事務所の知名度をさらに強化する作戦に出た。
【浮気の素行調査、遺失物捜査、思い出の人を捜してほしい……どんな依頼でも承ります!】
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いろんな宣伝文句を考えた。駅前や公園に立ってビラを配ったり、ホームページを検索サイトやSNS上で宣伝したりとやることはとにかくやっている。
ただ、その中でも俺と紅葉ちゃんの顔写真の使用は避けた。最近は見かけなくなったが、白装束の連中に見つかる危険性もあったから。
まるで保険会社の営業のような毎日。特にノルマは設定されていないが、やっていることは東京にいたころとさほど変わらない気がする。しかし、あの頃のブラックさと比べたら今の仕事のほうが断然やりがいがある。
さらに、宣伝の効果はあったのか、依頼の件数は次第に増えていった。
そして、宣伝強化キャンペーンを始めて二カ月経った七月下旬のある日のこと。この日、俺たちは宣伝の成果を得ることになった。




