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第73話 本当に伝えたかったこと

 睨みつける清介に周りの目が向けられる。

 清介は一歩も退かずにただ、二人のきょうだいを睨みつけていた。


「よくおれに濡れ衣を着せようとしたよな。お前ら、それがきょうだいにする仕打ちかよ」


 しかし、すぐに姉の綾乃が反論する。


「仕打ち? 清介、あんたは兄さんの気持ちがわからないの?

 私のことはどうでもいいけど、あんたの兄さんは人生そのものを否定されたの。一からやり直さなきゃいけなかったのよ!」


 しかし、清介がヒートアップする。


「そんなの知るか!

 逃げようと思えば、おれのようにいつでも逃げられただろ。

 聞きたいのは、なんでおれを犯人に仕立て上げようとしたのか。裏切ったからだろ?」

「……」

「自分から家から出ずによく言えるぜ。俺は逃げただけだっつーのに」


 清介は強い口調で二人を罵っていた。

 綾乃は何も言い出せずにいるが、図星というわけではない。

 絞り出すように、綾乃は口を開いた。


「何が逃げよ。私たちを見捨てたくせに」

「なんだよ」

「はいはい。私は殺人鬼ですよ。悪かったわね、濡れ衣着せて」


 呆れるように捨て台詞を放つと、綾乃はまた振り返った。隼人はそのやり取りを見守っていたが、姉に倣うとまた歩き出した。


「おい! 待てよ! それが謝罪かよ!」


 清介が走り出すが、近くにいた警官二名に取り押さえられた。


「清介さん、落ち着いてください!」


 そして堂宮刑事が大股で清介の前に立ちふさがる。刑事さんは清介を見下ろしながら、声を上げた。


「清介さん、ここで暴れても何にもならないよ。君には署に来てもらう。脅迫したことは立派な犯罪だからな」

「ああ……わかったよ……」


 清介はとぼとぼと歩き出した。

 毒親が家族やきょうだいにもたらした悲劇。それは、彼らをバラバラにし、埋めることができないような溝をも生み出してしまったのだ。


***


 俺たちも引き上げるため別館を後にしようとしていた。俺の隣で椿が浮かない顔をしていた。


「はあ、なんだか後味がものすごく悪いわ。結局、みんなバラバラになっちゃったじゃない」


 椿はもう一つため息をついた。


「そうだよな……。もとはといえば親に問題があったとはいえ、こんな結末はなあ……」

「やっぱり、子にとって親はいい意味でも悪い意味でも大きな影響を与えるのよ……。リツのところみたいにいい人なら問題ないけど、毒親だったら……」

「……」


 今回の事件と椿の言葉と併せて、俺は背筋がぞっとした。

 椿が言うように、俺は親に恵まれているかもしれない。だが、そんな親がこのきょうだいたちのような存在だったら――最終的に悲劇が起きて一家離散……。

 子供に親は選べない。そんな運命になる可能性も、無いわけではない。


「……で、でもさ、椿は紅葉ちゃんを守ってるじゃん。だから、大丈夫だって」


 慰めにもならないであろう言葉を椿に伝えた。


「だといいけどね……。父さん、今度はどんな手を使ってくるかわからない。少なくとも、結婚話は破談になると思うけどね……」

「お姉ちゃん……」


 紅葉ちゃんが不安そうに椿を見上げた。紅葉ちゃんに察したのか、椿は足を止めてしゃがみこんだ。


「紅葉、ごめんね。心配させちゃって」


 しかし紅葉ちゃんは顔を左右に振る。


「お姉ちゃんは悪くないよ。わたしが、ちゃんとしていればこんな姿にならなかった」

「紅葉こそ悪くないわ。あの時は追い詰められてたんでしょう? あなたは何も考えなくていい。私たちが絶対に元の姿に戻してあげるから」


 椿の言葉に俺はハッとさせられた。毒親から守ることだけが、椿の役割ではない。“人生をやり直せる薬”を作った奴らを突き止め、紅葉ちゃんをもとの姿に戻すことも一つの使命だった。そして、これは俺にも課せられた使命……。


 同時に俺は、薬のことに思考が移った。


 この事件には“人生をやり直せる薬”がかかわっている。ということは、事件関係者たちは何らかの形で組織の人間と接触しているはずなのだ。なら、薬に関する情報が得られるかもしれない……。

 だが、きょうだいたちは別館を出て、常盤署に護送されようとしている。なんとかして、彼らに接触しなければ……!

 早まる気持ちが俺を突き動かそうとしたときだった。


――神原……椿さん


 誰かが椿を呼んでいる。

 俺たち三人は顔を前後左右に向ける。


「あ……隼人さん……」


 紅葉ちゃんが指さす先、別館の自動ドア付近にその男と、主犯の女がいた。彼らは越川刑事とその同僚の警官に見張られながらも、俺たちを目で呼んでいた。


「あなたたち……いったいどうして」


 椿の言葉に越川刑事が答えた。


「署に向かう前にどうしても、あなたたちに伝えたい話があるそうなんです。10分だけ時間をいただけましたから、よかったらどうですか?」


 そして、隼人は数歩前に出て、椿に顔を向けた。

 はっとしたのか、椿も隼人に目を合わせた。隼人は小さくなってはいたが、彼の目ははっきりした、意志を持った目になっていた。


「……神原さん。申し訳なかった。結婚のことは、なかったことにしてくれ」

「え……?」


 唐突な隼人の発言に戸惑う椿。もともと椿は乗る気ではなかったし、状況的に婚約の破談は間違いない。とはいえ、一応神原家と梔子家の間で結ばれた協定だ。双方の家族を通じて、正式な手続きを踏んで解消するのが筋である。


「……でも、いいの?」


 隼人は顔を縦に振った。


「俺も……本心だったわけじゃないから。

 べ、べつに神原さんがダメってわけじゃないけど、神原さんが嫌だと思う行為を俺はやってしまった。

 もう俺は、神原さんに顔向けできる人間じゃない。正式に、婚約はなかったことにしていただきたい」

「……」

「そもそも俺は犯罪者だ。その時点で終わりだよ。 母さんを殺していなかったとしても、神原さんや君の家族に迷惑をかけるだけだったと思う。

 だから、正式に無かったことにしてほしい」


 椿は何も言わなかった。

 俺も、紅葉ちゃんも、周囲の人々もただそれを見守っていた。

 椿が、口を開けた。


「……わかりました。婚約は破棄しましょう。父には私から伝えておきます」


 ただ椿はそれだけを言った。

 隼人は腫物が取れたのか、清々しい表情になっていた。

 それはまるで、母親の呪縛から解き放たれたようだった。


「神原さん、ありがとう。感謝するよ」


 椿の表情も柔らかくなる。

 そして椿は改めてきょうだいたちに向き直った。


「あなたたちがしたことは決して許されることじゃない。

 だけど、自分の罪を償って出所したら、あなたたちの本当の人生を歩めるよう、頑張ってください。

 私があなたたちに臨むのは、それだけです」

「探偵さん……」


 綾乃はハンカチで目を押さえていた。

 そして何も言わずに頭を下げた。


「刑事さん……」


 綾乃が越川刑事に呼びかける。越川刑事は察したのか、綾乃の背中に手を当てた。

 二人の女性が歩き出す。隼人もそれに続こうとしていた。

 さっきまでしんみりしていたが、俺はとても大事なことを忘れていた。空気をぶち壊す思いで、俺は声を上げた。


「すみません! 綾乃さん、隼人さん! まだ、時間は残っていますよね⁉」


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