第70話 ふたりの勇者
「きょ、協力者!?」
俺の発した推理に周囲にいる人々は皆、声を上げた。
「リツ、共犯者がいるって、ほんとなの!?」
椿の耳打ちに俺は顔を縦に振った。
「ああ。まあ、俺に任せてくれって」
俺はみんなに向き直ると、説明を始めた。
この事件は、綾乃が単独で起こした事件ではなく、途中からもう一人の共犯者がいた。そいつは、萌さん殺害時にも現場にいた、あいつだ。
「共犯者は萌さんが手にかけられる時、その場にいた……」
俺はゆっくりと、指をさす。指の先には、瞳を隠して俺に体を向けている姉の影に隠れて怯える少年。
――梔子隼人さん
「あなたが、姉の犯行に加担した共犯者だ」
隼人という薬を飲んでしまった少年は、俺を睨みつけていた。
あたりがざわめく。
「お、おい、共犯って……隼人までもが⁉︎」
父親の喜之助氏が慌てふためいた様子で俺に詰め寄った。
何度も同じことをされると、少しではあるが慣れてくる。動揺も少なくなった。
「ええ。隼人さんは母親に手はかけていません。しかし、協力はした。姉の、綾乃さんの犯行をスムーズにさせるためにね」
「……まさか、まさか、兄さんは自分から薬を飲んだって言うのか? 普通ならひどく嫌がるだろ」
清介さんは動揺を隠し切れない様子でいた。
俺は一つ頷いた。
「そう。隼人さんは敢えて薬を飲みに行った。ひどい目に遭うこと承知でね」
隼人が薬を飲まされるその瞬間が不自然だった。
殺害された瞬間に意識が向かず、さらに姉に突き飛ばされて気絶する。
いくらなんでも都合がよすぎるのだ。隼人と姉は、事前のシナリオを考えたうえで、犯行を決行したのだろう。
「おそらく、隼人さんは気絶していたのではなく、綾乃さんから何も知らないふりをして部屋から出て行くように指示されたんでしょう」
椿の声が震えていた。
「自分たちを地獄に突き落とした人を殺害するために、薬を飲んで隙を作らせた……ということ?」
俺は頷いた。
「ある意味で捨て身の作戦だよ。毒親を斃すためなら、こうするしかないと考えてたんだろう」
だが、清介は納得いかない様子だった。
「なあ、でもその話がなんで破壊されたシンクとつながるんだ? 兄さんが姉貴の犯行に加担したのはわかるんだが」
俺は目を閉じると一呼吸した。
「話を先に進めましょう。今朝、新たな殺人事件が発生した」
執事である桐原さんの殺害。
この事件では弟の隼人が桐原さんを殺したと主張していたが、俺は姉の犯行を庇っていると考えていた。
実行したのは綾乃さんとみて間違いないだろう。幼児化している隼人が桐原さんの胸目掛けて、刃物を振り下ろすことはできない。
しかし、隼人が桐原さん殺害に加担しているのは明らかだった。
「犯行は姉の綾乃さんが、朝早くに理由をつけて桐原さんを呼び出し、殺害。同行していた隼人さんが刃物を消す工作をした……こんなところかな」
厨房には、踏み台に利用したとみられる椅子が置かれていた。
しかし、刃物を処分するときに、隼人は失敗し、シンクに穴を開けてしまった。金属を溶かすのに必要な、希硫酸の濃度を間違えたのだ。
刃物の消し方は、綾乃から事前に聞いていたと思われるが、希硫酸を厨房で使用する場合、その特性上濃度が濃かったり、銅板を敷かないと、シンクが溶けてしまう。
時間はなかったし、工作に手間を掛けられないことが痛いミスの原因となった。
「庇っていた隼人さんの言動からして、隼人さんから綾乃さんに自分が刃物を処分することを持ち掛けたのかもしれません」
俺が説明した、その瞬間。
――姉さんは、犯人じゃない!
大きな声が室内に響いた。
反射的に俺たちは声の主に視線を向けた。その先で、はあはあと肩で息をする隼人。
俺が説明する間、隼人は一切の反論を挟まなかったのに……。
「全部、俺がやったんです。俺が母さんと桐原を殺したんだ。あの、人の皮をかぶった悪魔を」
姉の綾乃は不安を感じたのか、目を強く閉じていた。
俺はあえて隼人に聞いた。
「証拠は?」
「え」
「もし隼人さんがやったとしたら、刃物は下から刺さないといけない。薬を飲まされて、背が縮んだあなたが、大人二人を殺めるのは非常に難しい。それに」
俺は一度目を閉じて、一呼吸整えた。そして、物的な証拠を話すことにした。
「あなたには返り血がついていない」
「それは……隠したから」
「どこに? 状況的に、あなたに血が付いた衣類を処分する時間はなかった。萌さんの殺害はともかく、実際に犯人は桐原さんが殺害されたときの証拠を、まだ持っているんですよ」
殺害を実行した長女の綾乃はまだ証拠を身に着けているはずだ。そこに俺がみんなをここに呼んだ理由があった。
俺の言葉に隼人は目を丸く見開き、微動だにしなくなった。
後ろでは綾乃が強く目を閉じていた。
「持ってるって、どこにだよ」
清介が身を乗り出すように俺と隼人の間を遮る。
俺は冷静になって一呼吸置くと、椿を呼んだ。
俺はみんなに犯人を告発する前に、椿にあることを話していた。もちろん、警察にも事情を話してあった。
「リツ、あのことよね」
「ああ。頼む」
そして俺はみんなに向き直ると、決定的な証拠をみんなに伝えた。
「綾乃さんは桐原さんを刺したときに、浴びた返り血がついたシャツをまだ着ているはずです」
「……!」
綾乃は目を開けて、俺を見ていた。口をぽかんと開け、わなわなと震わせている。
「大変申し訳ありませんが、見せてもらえませんか? 別室で、椿と女性の警察官が立ち会います」
「……」
椿は綾乃の前に立つ。彼女は少々申し訳なさそうな顔だが、瞳の奥は犯人を追い詰める、探偵の顔になっていた。
さらに女性警官である越川刑事も椿の隣に立った。
「綾乃さん、上着の中身を見せてもらえませんか?」
「……」
しばらく、現場を沈黙が覆った。
その時間が、やけに長く感じられた。
やがて、口を震わせていた彼女はがくっと肩を落とした。
「姉さん?」
「……もういいわ、隼人」
弟の手をつかんでそっとどけると、その勇者は立ち上がって俺たちの前に立った。
そして彼女は、着ていた上着を脱いだ。
反射的に、男性の数名は目を閉じたり壁のほうを向いたりして、彼女を目に入れないようにした。
しかし、その必要はなかった。
彼女の白いノースリーブは真っ赤な血で染められていた。
観念したように、綾乃は口を開けた。
「すべてあなたの言う通りよ、探偵さん。私が母と執事を殺したの」
その時、喜之助氏が綾乃のもとに寄ってくる。
「綾乃……本当なのか……本当にお前が、萌と……桐原を……」
「……ええ。私が手に掛けました……」
「し、しかし、いくらひどいことをしていたとはいえ、お前の母親だろう……?」
しかし、綾乃は首を横に振った。
「あんなの、母親じゃないわ……清介が言うように、紛れもなく魔女……いや、魔王そのものなのよ。私は……魔王とその取り巻きを倒しただけ」
俺は椿の横まで歩を進めた。
「綾乃さん……あなたがどれだけひどいことをされていたか、俺には想像できないけど、心が潰されるような思いをしたと思います。だけど、命まで……」
しかし、綾乃は俺の言葉を遮った。
彼女の声には涙が含まれていた。
「もう殺すしかなかったのよ! あのままじゃ私も隼人も……ずっと奴隷以下の扱いだわ。私たちの未来を取り返したかった。魔王を倒して、光ある未来を行きたかったのよ!」
綾乃のスカート、そして彼女が立っている床にぽたぽたと水滴が零れ落ちた。
あまりの感情がこもった嗚咽に、俺は何も言い出せずにいた。しかし、そのままにしておくわけにもいかない。
なんとか、言葉を探しだして、綾乃に問いかけた。
「……どうして、手に掛けようと思ったんですか?」
しばらく綾乃は泣き続けるだけで、何も話さなかった。しかし時期に落ち着いたのか綾乃はハンカチで涙をぬぐうと、少し枯れた声で口を開けた。
「わかりました。なぜこの事件を起こしたか、お話します」
それは、親の勝手な都合に振り回され、もてあそばれた、生き地獄のようなきょうだいたちの残酷な物語であった。




