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第69話 信じられない

 茶色いショートヘアに小顔で鼻筋が通った、赤い眼鏡が特徴的な女性――梔子くちなし綾乃あやの。彼女は顔を下に向けたまま、瞳を隠していた。

 俺の発言に周囲はどよめき立った。


「ちょ、それって、本当かよ。姉貴が……そんな……」


 清介は信じられないとでもいうように体がわなわなと震えていた。

 喜之助氏は気が動転したのか、俺の前にやってきて声を上げた。反射的に、一瞬やばいかもと俺の身体が反応する。


「た……探偵さん、それは本当かね⁉ 本当に、綾乃が萌を、萌を殺めたというのかね⁉」


 間近まで迫られると、心臓が止まりそうになる。


「綾乃が犯人というなら、証拠と動機を教えてくれないかね⁉」


 喜之助氏の大声が心臓に響く。

 しかし、状況を察した堂宮刑事が間に入ってくれた。


「落ち着いてください! これから順を追って説明してくれます。」

「……」


 刑事さんに制され、喜之助氏は渋々後ろに退きさがった。

 俺は気を取り直し、説明を続けた。


「綾乃さんが犯人である証拠――それを話す前に、萌さんが何で殺害されたか、説明いたしましょう」

「確か、刃物が凶器だったわよね」


 椿の問いかけに俺は顔を縦に振った。

 しかし、そのあとの俺の発言を遮るように、大声が響いた。


「し、しかし、事件現場には刃物なんてなかったじゃないか!」


 声を上げたのはまたもや喜之助氏であった。


「……刃物は消えました」

「凶器が消えたって、どこに行ったんだ。探偵さんの考えならその刃物に綾乃の指紋や、萌の血液が付いていることになる。証拠もないのに犯人にするなんて、言語道断だ!」


 俺は目を閉じて気分を落ち着けた。

 実は現在、俺は必死で心の中にいる怯えた自分と格闘していた。

 探偵業について早半年、俺にも少しくらい胆力が身についてきたと思ったが、やはりまだまだくそ雑魚メンタルである。

 だが、俺には推理力を買って、支えてくれる人たちがいる。少しずつだが、警察からの信頼も得られている。


 “お客さんあっての探偵業“


 椿の言葉が響く。

 俺は目を開けて、話を続けた。


「刃物は……消えた……いや、消したんですよ。犯人が考えた、巧妙なトリックでね」

「トリック……だとっ⁉」


 “トリック”という言葉に周囲はざわついた。

 一応、事件の大まかな真相については椿や紅葉ちゃん、堂宮刑事らには話していたが、彼らも驚きを隠せていなかった。


「ねえ、リツ。あなたの考えなら確かに凶器を消せるかもしれないけど、どうやって説明するの? 本当に犯人を追い詰められるの?」


 椿が改めて尋ねてくる。


「トリックの方法なら越川刑事さんに教えてもらったから。現場には証拠も残ってる」

「……そうね。誰も見たわけじゃないけど、実際に刃物は見つからなかったからね」


 喜之助氏の声が響いていた。


「綾乃がナイフを消したというなら、その方法を教えてくれよ!」

「わかりました。ですが、ここで説明するより実際に現場でしたほうが早いでしょう。その前に、皆さんに見ていただきたいものがあります」


 俺たちは刃物が処理された現場である厨房に移動する途中、俺は関係者たちを別館の玄関に案内した。


「ここに何があんだよ」


 清介が不満そうな声を上げる。事件関係者らは不快な顔をあらわにする者や、戸惑う者など様々だ、

 俺はみんなにあるものを見せた。


「絨毯を見てください」

「この染みって……まさか、血か?」


 喜之助氏が食いつくように俺の顔を見た。

 俺は一つ頷くと、さらに説明を続けた。


「犯人は荷台にシーツか何かを置いて刃物を隠し、厨房に向かった。その時血の海になっている現場に荷台のキャスターが血を踏んでしまい、跡が残ったんですよ。この痕跡は萌さんの殺害現場から厨房に向かって続いています。しかも、等間隔で並んでいる」

「どういう、ことなんだ?」


 食い入るように尋ねる喜之助氏に、俺は心を鎮めながら説明を続けた。


「殺害に使った刃物を荷台に隠し、厨房に運んだんですよ。おそらく、荷台はキャスター付きのもので、それを押したときに、現場の血だまりを踏んでしまったんです」


 荷台のシーツか、食器、食材が入った蓋の中に隠して運べば、途中通行人が見かけても会場の清掃に行くか料理をするものだと思って怪しまれない、という寸法だ。


「それで……厨房でその刃物をどうしたというんだ。トリックを使って消したんだろ?」

「ええ。さっそく厨房に向かいましょう。トリックの痕跡も残っていますからね」


 そして、厨房。

 刃物を消したトリックの現場の前に、俺たちはいる。

 俺はみんなに撮影した、ボロボロに壊される前のシンクの写真を見せた。これは堂宮刑事に渡していたもので、今回、一時的に返してもらっていた。


「現在シンクは大きな穴が開いてボロボロになっていますが、萌さんが殺害された直後はこのようになっていました。犯人はここで凶器である刃物を消したんですよ」

「だから、どんなトリックを使ったんだ」


 食いかかる喜之助氏。氏の顔を近いので、俺は反射的に後ずさりして背中をシンクにぶつけてしまった。

 気を取り直そうと前を見ると、先ほどから不安げな面持ちで、二人の姉弟がきょろきょろと目を泳がせている。

 俺は心の中で一呼吸置くと、推理を披露する。


「どうやって刃物を消したのか。それは、ある特殊な物質を使いました。その物質で刃物を溶かして、シンクの排水溝に流したんです」

「物質って……なんだよ」

希硫酸きりゅうさんですよ。これを使うと鉄製の刃物であれば溶かせるんです」

「なんだと⁉」


 喜之助氏が目を丸くする。

 越川刑事が話していたが、希硫酸は鉄製の刃物を溶かすことができる。ただ、シンクで行うと溶かしてしまう可能性があるので、銅板を敷いてから刃物を置いて希硫酸を上からかけ、排水溝に流してしまえば、見かけ上刃物を処分できる。

 そして、シンクから希硫酸が検出され、更に広い範囲にわたってルミノール反応が出た。ルミノール反応と周囲についていた血痕は、萌さんのものと判明している。


 ここで殺害に使用した刃物を処分したことが確定した。

 ところが、椿が不安げな面持ちで俺に問いかけてきた。


「でも、リツ……。最初私たちが厨房を調べたとき、シンクは穴が開いてなかったよね。なんで桐原さんの事件の後はシンクが壊れてたの?」


 その答えも一応出せている。


「直接手を下した人とは別の人が、同じ方法を使ったんだよ」

「桐原さんに使った凶器を処分するのに失敗したってこと?」


 俺は一つ頷いた。


「この事件には、犯人がもう一人いるんだよ。直接手を下した犯人の、協力者がね」


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