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第68話 忌々しき魔女

 俺の前には梔子家の面々や景観をはじめ、事件の関係者がいる。間違いなく、犯人はこの中にいる。

 彼らから放たれる視線に臆することなく、俺はまとめ上げた推理を話していく。


――事件の全容を話しましょう


***


 梔子くちなしもえさんの殺害。この事件は事前に計画されていただろう。

 しかし、脅迫状を書いたのは次男の清介。清介は母親を殺害する計画を立てていたわけではなく、清介に対する母親の想いをあきらめてもらうために仕掛けたと話していた。

 清介はずっと県外の福平大学にいたことから、直接この事件の計画に関わっていた可能性は低いだろう。清介はほかのきょうだいとも疎遠になっていた。

 しかし、それが犯人に好都合だった。


「犯人は清介さんの脅迫状を利用した。これには二つのメリットがあります。これから行う犯行を清介さんがやったことにしてしまえば、脅迫状を使って既成事実化できること。そしてもう一つが、実行を決行できる日が定まることです」


 かねてから母親に恨みを抱いていた犯人は、脅迫状を使って清介に罪をなすりつけつつ、ターゲットを確実に仕留める、という作戦に出たのだ。


「……探偵さん、それ本気で言ってるのか?」


 清介は口をぽっかりと開けたまま、半歩後ずさっていた。

 俺は強くゆっくりと、首を縦に振った。


「脅迫状が届けられたのは誕生会の一週間前。それくらいの時間があれば、脅迫状を利用して殺害する計画を練ることはできるでしょう。最も、俺は、犯人はそれ以前から萌さんを手に掛けようとしていたと思います」

「ど……どうしてだ?」

「ある“野望”から、大切な人を守るためですよ」

「“野望”?」


 萌さんはあることを企てていた。それは、世にも恐ろしき計画であった。

 何かを察したのか、隣にいた椿が口を開く。その声は震えが止まらなかった。


「“野望”って、まさかあなたが言ってた……」


 俺はこくりと頷いた。


――“人生をやり直せる薬”を使って、自分の思い通りになるになるような子供を育て直すこと


 その刹那、周囲がざわついた。

 椿も、紅葉ちゃんも心配そうに俺を見る。

 この事件に“人生をやり直せる薬”が深くかかわっていた。だから、この話をしない訳にはいかない。作戦会議中に椿や堂宮刑事に何度も釘を刺されたが、必要最低限の情報だけを公開することを条件に、俺は話をすることに決めた。


「“人生をやり直せる薬”だと……」


 言葉を漏らしたのは喜之助氏だった。


「それは……どんな薬かね……?」

「一言で言うなら、大人を子供の姿に戻すことができる薬――堂宮刑事はじめ警察の皆さんが調べてくださっております。詳しいことはわかりません」

「そんな……。そのために隼人はやとは……」


 喜之助氏はそのまま、隣にいる小さくなってしまった隼人を、憐れむように見ていた。

 さらに隣にいる綾乃あやのは手を口に当てて、目を見開いていた。


「うそ……お母様が、そんな……」


 しかし、次男だけは他の家族と様子が異なっていた。


「ふ、やっぱりかと思ったぜ。あの忌々しき魔女が考えそうなことだよ」


 そう言って、清介は半分侮蔑の目で兄を見る。


「兄貴もかわいそうだよな。おふくろのめちゃくちゃな計画の犠牲になっちまった」


 隼人はただ下を見て、俯いているだけである。

 この場で清介の発言を耳にして、怒らない者はいないだろう。警官も喜之助氏も、椿も、紅葉ちゃんも、手を強く握りしめ、隼人に非難の視線を送っていた。

 俺も一瞬怒気を荒げそうになった。

 だが、


――清介! あなた、人の心がないの⁉


 罵声が部屋中に響いた。周りの視線が一斉に、その大声の主に向けられる。声の主は息を切らせながらも、発言を続けた。


「あなたが同じ目に遭ったら、どう思うのよ」

「いや……それは……」


 綾乃のあまりの大声のためか、清介は後ずさっていた。

 しかし、このまま話が脱線するのはまずい。今は推理中なのだ。

 俺は深呼吸すると、強めの声で言い放った。


「皆さん、少しでいいですから、俺の話を聞いてください!」


 皆の視線が俺の方に向き直った。

 それを確認すると、俺は続きを話した。


「ええ。人の心がない……それは、言っては悪いですがそれは犯人にとって、萌さんも同じだったでしょう。だから犯人は、絶好の機会であるこの誕生会の日に、萌さんを殺害する必要があったんです」

「でも、どうやってボディーガードを引き離したの?」


 椿が尋ねる。

 俺は人差し指を立てて、椿に顔を向けた。


「簡単だ。犯人は、萌さんの行動を把握さえすればいい。萌さんの計画は薬を隼人さんに飲ませることだろ?」


 椿は何かを考えこんでいるのか、天井を見上げた。


「……そうか。薬を飲ませるのを見られるとまずいから、その時だけボディガードから離れるのね」

「そう。このタイミングで殺害の絶好のタイミングが来るってわけさ」


 そして、俺はみんなに向き合う。


「そして萌さんは、薬を隼人さんに飲ませるために隼人さんを連れ出した。犯人はそれを確認して、素早く行動に移した」


 時間は一瞬だけ。気づかれるまでに魔女を斃さないといけない。萌さんが隼人に薬を飲ませる、その瞬間。そのタイミングを見計らい、犯人は飛び出した。

 萌さんを殺害後、すぐに返り血を処理するため、犯人はその場を離れた。そして数分後、騒ぎを駆けつけて現場に現れたのだ。


「つまり、初めから会場の外にいて、一番最後に殺害現場に来た人が犯人です」

「ま、まさか……犯人は……」


 清介が驚きを隠せず、後ずさった。


「そう、犯人はあなたです」


 俺が指さすその先を、場にいた者は皆顔を向けていた。俺の指の先では、真犯人がただ茫然と立っていた。


――梔子家の長女である梔子綾乃さん! あなたが、梔子萌さんを殺害した真犯人です!

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