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第65話 見えてきた真実

 俺たちは再度、梔子家の人々から事情を聞くことにした。もちろん、事件当時何をしていたか、そして被害者である桐原さんとの関係の再確認を含んでいる。

 とはいえ、関係者たちが白を切る可能性があるので、相手の逃げ道をふさぎつつの真相究明となる。これ以上、犯行を重ねさせるわけにはいかない。

 事情の確認は、昨日の聴取と同じ控室で行われた。

 俺、椿、そして紅葉ちゃんの正面には、きょうだいの次男である梔子くちなし清介せいすけが座っていた。清介はすっかり意気消沈していた。


「……なんだよ。おれはやってないぞ。確かにおふくろに恨みがあったのは本当だ。だけど、殺しちゃいねえ」

「一応聞きますが、あなたは萌さんを本当に手に掛けようと思っていたんですか?」


 清介は首を縦に振った。


「ああ。あいつは文字通りの“魔王”だよ」

「殺したいほど恨んでいたんですね」

「まあな。あのババアのせいで、小説も台無しになっただけじゃなくて、付き合ってた彼女にもフラれたよ。もっといい女と付き合えって」


 筆跡鑑定が一致してしまった以上、脅迫状を送ったことを認めざるを得なくなっていた。清介が母親をひどく恨んでいたのは、自分の将来の夢に口出しされたからだった。


「だけど、れなかった。脅迫して俺が考えたトリックであいつの息の根を止めようとしてたんだ。だけど、おふくろは死んでしまった」


 隼人はもう一度俺たちに顔を向けた。


「繰り返しになるが、俺はやっちゃいねえぞ」


 一方、椿は首を横に振った。


「それは今回問題ではありません。執事の桐原さんが殺害されたときの、あなたの行動を教えていただきたいんです」

「殺害時刻は朝四時ごろだろ? まだ寝てる時間だよ。証人はいねえけど」

「桐原さんはあなたにとってどんな人でしたか? 刑事さんは、あまり印象はよくないと仰っていましたが」


 清介は少し考えこむと、ため息をついた。


「正直、うぜえって思ってた。俺らが実家に帰ってくるといっつも監視するし、何かにつけてきょうだい仲良くしろとか、親の顔を立たせろとかさ。昨日も言ったけど、俺らとおふくろの仲を取り持ってるつもりだろうけど、おふくろと結託してるようにしか見えねえ」

「結託してる、というと?」

「あいつはおふくろのイエスマンなんだよ。おふくろの言うことすべてに同調してた。姉貴もそうだけど、おふくろの発言は絶対賛成、従わない奴は陰湿に説得するふりして捻じ伏せる。やばい奴だよ」


 まるで溜まりに溜まった鬱憤うっぷんを吐き出すように清介は桐原さんへの不満をぶちまけた。そこには、昨日の事情聴取で見せたどこか、他人事を装った雰囲気は見られなかった。

 メモしながら俺はあることを考えていた。犯人しか知りえない情報を知っているか、あぶる必要がある。

 俺は椿に耳打ちした。


「なあ、一つ質問していいか?」

「何を聞きたいの?」

「さっきの厨房のことだよ。厨房で見つかったことを話せば、犯人につながる重要な情報が得られるかもしれない」

「そうか。その時の相手の反応で犯人を絞り込むのね」

「ああ」


 清介は俺たちのやり取りを怪訝そうな様子で伺っていたのか、不満を漏らした。


「なあ、まさかお前らまだ俺が犯人だと疑ってるんじゃないだろうな」


 はっとしたのか椿は振り返る。

 顔をしかめていた清介に気づくと、すぐに気を取り直し、冷静な表情に戻った。


「あ、ごめんなさい」

「どうなんだよ、探偵さん」

「そうじゃありませんよ。ですが、外部犯がいない以上あなた方の中に犯人がいると考えるのが自然です」

「……」

「それで、一つあなた方に質問したいんです。こちらの金谷からお話します」


 椿に話を振られ、俺は気を落ち着かせるために、軽く胸に手を当てて一息ついた。

 目の前では、清介がしかめっ面を向けている。

 俺はゆっくりと、だがはっきりした声で清介に問いかけた。


「清介さん。突然ですが、鉄を溶かす方法ってご存じですか?」

「鉄を……溶かす方法?」


 ***


 その後、梔子一家への事情聴取は続いた。俺たちは事件発生当時の様子のほか、家族と桐原さんとの関係などについて聞いた。そして、犯人しか知りえないであろう、凶器を消した方法も。


「私は……部屋で寝ていました。事件を知ったのは今朝方の救急車とパトカーのサイレンでした」


 そう話すのは父親の喜之助氏。

 喜之助氏は椿の質問にしっかり受け答えをしていたが、顔に涙があふれていた。

 妻と執事を失い、愛する長男もあんな姿になってしまい、気が滅入っているのだろう。


「いきなり何事かと別館に向かったところ、桐原が……あのようなことに」

「少し失礼なことをお伺いしますが……桐原さんは恨みを買うような人だと思いますか?」


 椿が問いかけると喜之助氏は立ち上がって声を荒げた。


「そんな馬鹿な! 桐原は子供たちと私や、萌とをつなぎとめてくれたのですよ。絶対……殺されるような人間ではない! 外部の人間がやったんだ」


 思わず俺は怯んでしまうが、すぐに立ち上がる。相手は梔子財閥の会長だが、今は相手が誰であろうと、怖気づいているわけにはいかない。

 声を上げて、静止に入った。


「き、喜之助さん、落ち着いてください!」


 喜之助氏は俺の呼びかけに応じたのか、意外にすんなりと落ち着きを取り戻した。


「……すまない。君たちに悪気がある訳じゃないことはわかっている」


 喜之助氏が着席すると、椿が謝罪した。


「申し訳ありません。でも今は、事件の解決に協力していただきたいんです」

「そうだな。桐原が殺されたのは事実なんだ……」


 その後も事情聴取は続いたが、やはり桐原さんには恨まれる動機はない、と喜之助氏は話していた。

 最後に俺たちはあぶり出しの質問を喜之助氏に話したが、喜之助氏は家庭内の事情に疎いのか、そんなものは知らないと話していた。


 そして、次に控室に現れたのは長男の隼人はやと。彼は子供の姿のまま、控室の椅子に腰かけた。

 事件が起きたとき、清介も部屋で寝ていたという。清介が事件を目にするのは、警官が家に来た時だという。

 このことは警察も聞いていたが、事件時のアリバイ以外は黙秘を貫いていた。


 実は、堂宮刑事からある話を持ち掛けられていた。


 ――清介は君たちと年齢も近いし、君たちなら話せないことも打ち明けてくれるかもしれない


 そう。こっちには同じ境遇になっている女の子、紅葉ちゃんがいる。

 刑事の発言は、そのことを見越してのものだった。


「桐原さんが……死んじゃうなんて……なんで……」


 泣きじゃくる清介。

 きょうだいたちの話を聞く限り、清介は桐原さんが大好きだったという。桐原さんは、母親に叱られた清介をよく励ましていたらしい。

 しかし、桐原さん当人はそんな気はないようだった。


「清介さん、桐原さんが誰かから恨まれているとか、ないですか?」


 その瞬間、清介は押し黙った。

 場を沈黙が支配した。


「その……」


 時間としては数分の事だったが、俺たちにはその数倍のような長さが感じられた。

 そして、清介から意外な言葉が現れた。


「確かに、桐原さんは恨まれていました……僕たち、きょうだいから……」


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