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第6話 お姉ちゃんを捜して


――ズボン脱げよ。男なんだろ?

――罰ゲームだからな。王様の仰られることは絶対であるぞ?

――おらおら、早くしろよ。愛しの椿ちゃんはいないぜええ?

――古川ふるかわ、流石にまずくね?

――いいんだよ。こいつが自分からやったことにすれば。どうせ教師は保身に走るさ

――ふっ、露出狂で警察に突き出せばいいだけだしな

 

 ニヤニヤ笑いながら俺の周りを囲むガラの悪そうな男たち。それに同調するクラスメイト。

 当然、野次馬の中には女子もいる。

 俺の心は、最悪というものでは言い表せなかった。屈辱が俺を襲い、人格や尊厳が完全に否定された。

 

 しかし、当時の俺はいじめグループに対抗する術を持ち合わせていない。

 俺はファスナーを下ろすのを必死で拒否するしかなかった。だが、奴らが持つ力に俺が叶うはずもない。

 

――おい、やめろ!


 どこかから聞こえる快活そうな青年の声。振り向くと、あいつがいた。クラス委員であったあいつは、いじめグループたちを睨みつけた。


――ち、桜鳩さくらばとか……。何の用だよ

――金谷かねたにをいじめるな

――はあ?


 目の前にいる背はひょろ長いが、芯はしっかりとした青年。そいつは、いじめグループたちの威圧を物ともせず、立ち向かっていた。

 俺にはそいつが、大きく見えた。

 

***

 

 はっと目が覚めた。

 窓を開けると、すでに太陽が昇り始めていた。

 

 もう朝か……。最近、時たまこの夢を見る。

 紅葉もみじちゃんのいじめの話を聞いてから、たまに昔の記憶がよみがえってしまう。

 

 俺が「ときわ探偵事務所」で働き始めてからすでに一週間が過ぎていた。椿つばきも話していたが、持ち込まれる依頼はペットの捜索や家出人の捜索依頼が中心で、中には子供の世話を見てほしいなど、探偵業と関係ない依頼が持ち込まれることもある。

 本来なら断るべきなのだろうが、椿は探偵事務所の知名度のためなら仕方ないと考えているようだ。

 当然、“人生をやり直せる薬”に関する情報は何もない。

 

――行ってきます

 

 俺は母さんと写真の中にいる父さんに声をかけると、事務所に向かった。


 「ときわ探偵事務所」は常盤市の中心部、常盤駅から徒歩五分の立地である。この辺りは大学生や新卒向けの安い賃貸アパートが多く、探偵事務所は数あるアパートの一室を借りて運営されていた。

 どうやら椿は依頼料だけでこの探偵事務所を経営しようと考えているらしい。


 だが、数日前に初めて探偵事務所に案内されたとき、俺はふと疑問に思ったことを口にした。


 なぜ実家の神社からお金を借りないのだろうか。


 椿や紅葉ちゃんの実家は常盤神社という、由緒正しき神社である。全国的に有名で、裕福な家庭であった。


――借りられるんなら、もう借りてるわよ


 そういって椿は深いため息をついていた。

 まずいことでも聞いてしまったかと思ったが、これ以上は聞かないことにした。


 事務所のドアを開けると、建物の中は新築の家屋のようにきれいだった。

 白い壁に、茶色く鮮やかなフローリング。玄関には受付とみられるカウンター、そしてこのご時世に合わせて消毒液が設置されていた。

 事務室に向かう途中には台所とトイレにつながるドアがある。


 ドアを開けようとすると、探偵事務所の所長である神原かんばら椿つばきの声とともに、どこかで聞き覚えがある話し声が……。


――へえ、あんたもなかなか運がいいじゃん。雇えたのが幼なじみなんて。あんたたち、お似合いじゃない

――ただの昔なじみだってー

――でも心強いと思うよ?


 事務室のドアを開けると、八畳ほどの部屋の向こうに大きな窓ガラス、テレビ、入り口のすぐ隣に椿が使っているであろう事務机、応接用のテーブルとソファ。

 ソファには来客とみられる人物が椿と紅葉ちゃんの前に座っていた。

 椿と紅葉ちゃんの対面に三つ編みを下ろした、俺や椿と同じくらいの年頃の女の子がいた。彼女は嬉しそうに椿との会話に花を咲かせていた。


「椿、お客さんか?」


 俺の声に気付いたのか、椿は顔をこちらに向けた。


「あ、リツ。おはよ。ええ、仕事の依頼よ」


 だが、俺と彼女のやりとりに割り込む別の声が、


――お、早速渦中のボーイがお出ましじゃん。だいぶイケメンになったんじゃなーい?


 椿と話していた三つ編みの女の子が俺に顔を覗かせる……ち、近い!

 目の前の女性は小顔で整っており、可愛かった。

 加えて、女性特有の香りが俺の鼻腔をくすぐり、理性が吹っ飛びそうになる……。

 俺はもともと陰キャだから、母さんや椿以外への女性に対する免疫はついていないのだ。


「ちょ、ちょっと……」


 思わず後ずさる。


「リツさん、大丈夫? 顔赤いよ?」

 

 不安そうな様子の紅葉ちゃん。

 状況を察したのか、椿はため息をついた。


樹里じゅり、顔が近いわよ。」

「あはは、ごめんごめん」


 女の子はまたソファに戻った。

 俺は胸を撫で下ろした。


「あの……どなたですか?」


 抗議の念も込めて、ソファに座る三つ編みの女の子に訊いた。


「やっぱり忘れてるかあー。まあ、お喋りするのって六年ぶりだからねえ」

「そうだね。まあ、その時からリツって、あんまりあなたとしゃべってなかったと思うけど」

「そういえばそうね」


 昔懐かしむように話す椿と女性。どうやらこの女性と俺は面識があったらしい。

 気を取り直したのか、女の子はあらためて自己紹介した。


「あたしは生野いくの樹里じゅり金谷かねたにくんとは高校以来ね。久しぶりっ!」


 その名前を聞いて、俺の記憶の中にあった彼女の記憶がよみがえる。

 生野樹里。彼女は高校時代の同級生であり、一時期同じクラスメイトだった。椿と仲が良く、俺が彼女と一緒に行動していた時に、ともに遊ぶことがあった。

 椿以上に社交的で他人の恋バナが好きな生野は、警戒心が強い俺にとって少し苦手なタイプだった(別に嫌いでは無いが)。

 しかし、大人になり美しくなった生野。今は市内の県立大学院に通い、研究に明け暮れる毎日らしい。

 俺も社交的でないとはいえ、年頃になっているので、美女があれだけ近寄られると理性を失いそうになる。


 俺は少々不満げに問いかける。


「それで……生野が何の用なの?」

「リツ、一応樹里はお客さんなんだからその応対はダメよ」


 椿の忠告が入る。

 彼女はこの探偵事務所のトップ。つまり、俺の上司でもあった。


「あ、ごめん……」

「まずこういうとこ、少しずつ改善していかないとねー」


 その様子をみて生野は微笑んだ。


「さすが、探偵事務所の所長さんね。部下の教育もちゃんとしなきゃね」

「ははは。とりあえず樹里、何の依頼なの?」


 そして、生野は妹の紅葉ちゃんが出したお茶を一口飲むと、話を始めた。


「実はね、捜して欲しい人がいるの」


 そういうと、彼女は手提げ鞄から写真を一枚取り出した。

 黒いセミロングの髪をポニーテールに束ねた女の人の写真。


「私の……お姉ちゃんなんだけど、半年前から行方がわからないの」


 たまに入る家出人の捜索依頼。大体すぐ見つかるケースが多い。しかし、今回の依頼はそうではなかった。

 大きな事件が、起きようとしていた。


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