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第59話 筆跡鑑定

 俺は隼人から情報を聞き出すため、いくつか質問していた。

 言葉はなるべく短めに、嚙まないようにゆっくり喋った。日ごろから椿から話し方についての特訓を受けていたが、いざ本番となるとなかなか難しい。

 俺はコミュニケーション能力が低いので、母さんや椿、紅葉ちゃんなど見知った人でなければ落ち着いて話すのに難儀する。偶然にも、俺は推理を進めていく中でメモ帳に聞きたいことや調べたいことをまとめていたので、これを使って質問した。ゼロから考える必要はないので、精神的な負担を軽くできる。

 そして、当然ながら仕事では依頼人が年下であろうと敬語を使う。


「お母さんが亡くなった、まさにその瞬間は見ていませんか?」


 隼人は首を横に振った。


「薬を飲まされた直後、身体がめちゃくちゃ熱くなって、反射的に目を閉じたから。前が何も見えなかったんです」

「悲鳴も聞こえませんでしたか」

「その時は……何も。そもそも体が熱すぎて苦しくて……ほかに意識を向ける余裕なんてありませんよ」


 今更だが、目の前にいる隼人に、ついさっきあれほど俺に悪態をついてきた姿は何もなかった。

 母親がいなくなって、何か憑き物が取れていたのか、表情もどこか穏やかそうに見えた。


「誰かが、近づいてきた様子は?」

「うーん……」


 何かを考えるように、隼人は右手の甲を小さな顎に当てた。


「あ、そうだ。誰かに突き飛ばされたような気がする」

「突き飛ばされた? その時の様子を、わかる範囲で構いませんので、教えてくれませんか?」

「わかりました」


 隼人は首を縦に振ると、その時の様子を話してくれた。

 もちろん、隼人はすべてを見ていないし、反射的に目を閉じていたので全貌を把握しているわけではない。

 しかし、目を閉じた刹那、どこからか大声が聞こえてきたという。


 ――離れて!


 その直後、身体に強い衝撃を感じ、隼人は後方に吹っ飛ばされた。

 焼けるような暑さを感じながらも体は空を切り、身体全体に体がたたきつけられた時の強い痛みを感じた。

 何が起きたのかわからなかったという。


 しばらく気を失っていたらしく、隼人が気付いた時には周囲は騒然としていた。隼人は家族を捜すため、人ごみの中を彷徨っていた。


「そして、俺たちと会った、ということですね」

「……はい」


 薬を飲まされ、直後に母親が殺害、そして何者かに突き飛ばされる……。

 隼人は悲鳴や何者かが近づく音には気づけなかったというが……。


 俺はある疑問が頭に浮かび始めていた。

 その疑問を解消するため、俺はある質問をぶつけてみた。


「隼人さん、最後に一つ聞いていいですか? 隼人さんにとって、家族内で味方になってくれる人はいましたか?」

「え?」

「隼人さんに優しくしてくれる人はいましたか?」

「そ、それは……」


 少しばかりの沈黙の後、隼人は口を開いた。その言葉は意外なものだった。

 その人から話は聞いているが、決してそんなことをしそうな人物には思えなかったからだ。


 ***


 その後も事情の聞き取りは続いた。

 次に聞き取りを行ったのは梔子家当主の、梔子喜之助氏。萌夫人の旦那さんである喜之助氏は会社の役員と一緒にいたことが分かっており、その場にいたほかの来客からの証言が得られていた。

 一方、喜之助氏は自分が父親失格だと嘆いた。仕事一筋で家庭を顧みず、育児にかかわりを持てなかった喜之助氏は、自分のせいで妻や子供たちがこうなってしまったのではないかと後悔していた。

 一介の探偵でしかない俺たちに、財閥のトップが聞き取りに応じてくれたのが奇跡のようなものだが、喜之助氏は素直で人当りもよく、俺たちの質問に正直に答えてくれていた。


 そして、最後に俺たちの前に現れた男。そいつは立膝姿で俺たちに顔を向けていた。どこか気だるそうな様子である。

 綾乃さんと隼人の弟、清介。脅迫状を書いたとされる人物だ。

 俺は目の前の男が不快でならなかった。もとから両親やきょうだいに悪態をついていたので印象はよくなかったが、こちらは仕事で聞き取りをしているのだ。少しくらい、人前に出ているという自覚を持ってほしかった。


「で、探偵さんは俺に何を聞きたい訳?」

「警察の人に話した内容をそのまま教えていただきたいんです」


 椿は努めて冷静で、いつも通りの様子に戻っている。

 しかし、清介は他人の神経を逆なでするかのようなへらへら口調で応答した。


「何度も言ってっけど、おれはやってないっすよ? 脅迫状書いたってみんな言ってるけど、おれはそんなの知らねえし、何よりお袋殺されたとき俺いませんでしたからね」

「じゃあ、なんで遺体が発見されたとき、一緒にいたんですか? 悲鳴に気づいて、駆け付けたんですか?」

「まあ、そんなとこかな。桐原のジジイもいたのが不快だったけど、まあ、おれにはカンケーねえし」


 清介の桐原さんへの一言に違和感を覚えたのか、椿はさらに質問した。


「桐原さん、梔子さん専属の執事さんですよね。あまり快く思っていらっしゃらないのですか?」

「まあな。桐原の奴、お袋の命令でおれたちを監視してたんだよ。そして事あるごとに口出しして説教する。場合によってはお袋より消されてもおかしくないぜ」

「そうですか」

「まあ、姉貴や兄貴には間を取り持つようにしてるみたいだが、表面上だけだと思うぜ?」


 そして清介は聞き取りの時間は終わりだともいわんばかりに、立ち上がるとしわのついたスーツのズボンを払うように整えた。


「さあ、これでいいだろ? おれは何もやってないし脅迫状も書いてない」

「でも、証人がいませんよね」

「桐原が説明してくれると思うぞ。聞いてないなら、尋ねたらどうだ?」


 清介はポーチを手に取るとさっさと部屋を出ようとした。


「ちょっと、清介さん!」


 俺は声を上げて止めようとしたが、清介は意図的に聞いていない振りをしているようだ。

 だが、清介が控室の戸を開けたとき、廊下には制服を着た警官が二名立っていた。警官は警察手帳を提示すると、清介に話しかけていた。


「梔子清介さん、ですね。少しお話お伺いしたいのですが」

「な、なんだよ、いきなり」

「脅迫状の事です。筆跡があなたのものと一致したんですよ」


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