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第55話 絶対に必要な人材


 俺たちは警察に依頼内容を含めて、情報提供を行った。今までに分かっていることを整理する。もちろん、“人生をやり直せる薬”についても言及するつもりでいた。警察はこの薬が絡むと途端にフェードアウトするが、相手は堂宮刑事だ。彼ならむしろ協力してくれる貴重な人物なのだ。


 殺害された梔子萌さんは子供たちから相当な恨みを買っているようだった。怒りを顕わにしているのは次男の梔子清介。だが、長女の綾乃や長男の隼人も表向き母親に従順であっても母親に対して恨みを持っているようではあった。


「そうか、被害者は何者かに脅迫されていて、君たちはその調査を行っていたと」

「はい。脅迫した人の目星はついています」

「ほう」


 俺の前で椿は堂宮刑事に事の顛末を話していた。

 脅迫状の送り主、それはあいつしかいない。


――梔子清介さん


「証拠はあるのかい?」


 堂宮刑事に聞かれると、椿は俺に指示を出した。


「リツ、コピー持ってきてくれた?」

「ああ」


 俺は鞄からクリアファイルを取り出すと、中から脅迫状のコピーを取り出した。以前、梔子夫人が探偵事務所に依頼を申し込んだとき、断ってコピーを取っていた。椿は、父の柳氏と同行する以上神原家の人間としてふるまわなければならず、探偵関係の書類や道具は持ち出せなかったのだ。

 なるべく鮮明な印刷ができる機械を使ったので、はっきりと文字が浮かび上がっている。


「これが、その、脅迫状のコピー、です」


 なぜか緊張する俺。やましい事は何もしていない。ただ、俺がコミュ障で舌足らずなだけである。


「ほう。これが証拠か……。原本は夫人が持っているのかい?」

「はい。萌さんが事務所に、依頼に来られた時、ご本人が持って来られてました」


 ふむ、と一声口を開くと、堂宮刑事は脅迫状を眺めた。


「これ、借りてもいいかな。筆跡を調べたい」


 俺は椿に軽く確認をとると、椿は首を縦に振った。

 そして、俺の返事を代弁するかのように、堂宮刑事に応じた。


「お願いします。何かの役に立てられたら、幸いです」


 一番に疑われるのは次男の清介。脅迫状を書いていた本人だし、何より遺体が発見されたとき、その場にいたのだ。

 しかし、彼が母親を殺害した証拠はどこにもない。彼が殺害したのなら返り血を浴びているはずだが、そんなものはない。


 知りたい情報が多い。

 今一番知りたいことは捜査の状況。特に現場の様子だ。

 俺はポケットからメモを取り出した。椿が話を聞いている途中でその質問の内容を聞き取るためのもの。俺は自分の推理を整理するためにも使っていた。この中には、自分が気づいたことも書かれている。

 事件現場では、殺害に使われた刃物がなかった。犯人が素早く現場から持ち去ってしまったのか。


 椿の話が終わるのを見計らい、俺は堂宮刑事に話を切り出した。

 前のめりになるように、俺は顔を刑事に近づけた。


「あの、刑事さん。殺害に使われた刃物ですけど、見つかりましたか?」

「ちょっと、リツ」


 椿が割り込んで俺を止めようとする。彼女の顔が俺の前に来る。


「ごめん、椿。どうしても気になるんだよ」

「やりたいことあるなら私にひとこと言ってって、あの時言ったでしょ?」

「あ、ごめん……」

「捜査状況を聞きたいんでしょ? あなたの顔にそう書いてあるわ」


 仰る通りです。申し訳なさそうに苦笑いする。

 だが、俺は一呼吸おいて冷静になると、椿に正直な気持ちを述べた。


「でも椿、俺だって許せないんだよ。どんなにひどい人間でも、腐った人間でも、理不尽に命を奪われるのがとにかく嫌なんだ」


 萌夫人の遺体を見たときも、その姿に父の亡骸を見た気がした。

 どんな人間であっても、いかなる理由があろうと、人の命を殺めてはならない。

 ましてや、萌夫人は俺たちの大切な依頼人の一人だった。彼女がいかにひどいことをしていたとしても、奪っていい命ではないのだ。


「リツ……」

「父さん……殺された姿みてから、理不尽にひどい目に遭わせようとする奴がゆるせなくてさ……。居ても立っても居られないんだ」


 俺の身体がなぜかじわりと熱くなった。

 椿は何も言わないが、その顔は不安と優しさが入り混じっていた。

 賽は投げられた。もう後には引けない。

 そして、俺は単刀直入に刑事さんに尋ねた。


「それで……刑事さん、萌さんを殺めるのに使った刃物、見つかりましたか?」


 堂宮刑事は驚いたのか一瞬体を硬直させていたが、すぐに気を取り直すと、


「いや、見つかってないよ」


 あっさりと否定していた。


「鑑識さんやほかの警察官が捜しているけど、現時点で殺害に使われた凶器が見つかった、という報告はないよ。今も犯人が持っているかもしれない」

「血の跡とか、痕跡は?」

「それも見つかっていない。まだ会場とその周辺しか捜索してないから、捜査範囲を広げる予定だ」

「そうですか……」


 俺の熱は急に冷めていった。それを表現するかのように、俺は椅子にもたれかかるように身を預けた。

 だが、その光景に驚いていたのは椿だった。すぐに彼女は頭を下げた。


「刑事さん、ごめんなさい。警察のお仕事に首突っ込んでしまって」


 だが、刑事さんは問題ないとでもいうように首を横に振った。


「いや、確かに部外者に捜査情報は漏らしてはいけないよ。でも……金谷君の熱意というか、正義感には負けてしまった。署内の人が一目置くのも納得だよ。むしろ、警察に欲しい人材なくらいだ」


 その話を聞いて、椿は頭を上げて刑事さんを見ていた。

 しばらく椿はそのままだったが、ちらりと俺の顔を見やると、表情を緩めて笑顔を作る。


「駄目ですよ、刑事さん。私にとっても、絶対に必要な人材なんですから」



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