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第53話 お客さんあっての探偵業


 俺は椿のもとに戻ると、尻もちをついていた椿に手を貸した。


「大丈夫か?」

「ええ……」


 椿は立ち上がると、ベージュのワンピースやジャケットについた埃を払っていた。

 ハンカチで汗をぬぐうと、椿はため息をついた。

 落ち着いてきた椿に一時の安堵感が出てきたが、同時に彼女は遺体から目を逸らせながら天井を見上げた。


「……本当に殺人事件が起きてしまった。しかも、被害者は私たちのお客さんよ」

「ああ」

「……」


 椿は怪訝そうな顔を俺に向けた。

 俺はなぜかどきりとする。地雷を踏んだか?


「これ、どういうことかわかる? 命を狙われていた依頼人が殺された――つまり、私たちやらかしたことになるのよ。依頼人の安全を守れなかったばかりか、約束まで破ってしまった……」


 椿の発言に俺は首をかしげた。


「……椿、さすがにそれは言い過ぎかと……」

「リツ、甘いわね。お客さんあっての探偵業ってこと、忘れたの?」


 腕を組んで、真剣な眼差しを俺に向けている椿を見て、思わず俺は立ちすくんだ。

 戸惑いを覚えるが、冷静になると椿の言いたいことがわかってきた。椿は度々、依頼客との信頼関係を重視する発言をしていた。


「萌さんは、脅迫状の送り主を突き止めてほしいから、私たちに依頼してきたのよね」

「あ……そうか」


 すとんと、心に腑が落ちる。


「萌さんに殺害予告まで来てた。なら、尚更萌さんから離れるべきじゃなかった。本人がたとえ拒んだとしてもね」


 確かにそうだ。萌さんが俺たちのところから離れたとき、何が何でも彼女を止めるべきだった。何度も説得するべきだったのに、しなかった――

 送り主を見つけ、依頼人の命を守ることが、俺たちに依頼された仕事だった。

 椿はこぶしを強く握った。


「何が何でも、萌さんを殺害した犯人を突き止めないと。信用問題にかかわる案件でもあるから」

「ああ」


 俺は一つ頷いた。


 まずすべきなのは現場の保存と、犯人が逃走するのを阻止することだ。

 俺と椿は会場を取り仕切っていたスタッフたちのもとに向かい、会場の出入り口の封鎖とパーティに来ていたお客さんに帰らないように要請することを求めた。警察でもない俺たちの要請を聞き入れてくれるか不安だったが、殺人事件が起こったという事実を知ると、みんな俺たちの言うことに従ってくれた。

 一方、現場保存のため萌さんの遺体が転がっている玄関フロアは立ち入り禁止となった。会場にいた客たちはパーティが開かれていたお座敷に移動していた。

 その中には萌さんの旦那である龍之介氏と、執事の桐原さんもいた。子供たちである綾乃と清介もいる。彼らは不安そうな面持ちで事の経過を見守っていた。


「どうして……萌が……」

「お父様、お気を確かに……」

「すまない、桐原……」


 龍之介氏は時折出る涙をハンカチで拭いつつ、同時にずれたメガネを直していた。見え隠れする横顔は悲痛そのもので、龍之介氏は布が掛けられた妻の遺体を眺めていた。


「マジで死ぬって……そんなのありかよ……」


 遺体の目の前で何も言わず呆然としていた清介がはじめて口を開いた。

 姉の綾乃は何も言わない。


「清介様、貴方がやったんじゃないですか」


 執事の桐原さんが声を上げた。

 しかし、すぐさま清介は反論した。


「ちげえよ! 

「は? 知らねえよ」

「私が駆け付けたとき、いたのは清介様一人だったじゃないですか。第一発見者が疑われるのは、当然なのでは?」

「おれはおふくろの悲鳴を聞いて駆け付けたんだよ。そしたら、あんな感じになってたんだ」

「でも一人だったんでしょう? 証人はいませんよね」

「はあ?」


 様子を見ていた椿は見かねて、桐原さんと清介の間に入るように声をかけた。


「まもなく警察が到着するそうです。それまでここを動かないでください」

「あ、あんたは……おふくろが雇っていた探偵か」


 清介がぽかんと口を開けて俺たちを見ている。


「まだ事件が起きて少ししか経っていません。まだ犯人はここにいるでしょう」


 その時、これまで口を閉ざしていた姉の綾乃が何かに気づいたようにあたりをきょろきょろ見回した。


「……そういえば、隼人がいないわ」

「え?」


 俺たち三人と、梔子家の人々もあたりを見渡す。

 確かに、いない……。

 まさか、このどさくさで迷い込んだのか、逃げたのか、それとも……。


「あ……」


 何かに気が付いたのか、紅葉ちゃんが玄関のほうを見ていた。


「お姉ちゃん、リツさん、あれ……」

「紅葉、どうしたの?」


 椿がしゃがんで、紅葉ちゃんに視線を合わせる。

 俺も紅葉ちゃんの目線の先に目をやった。その先にいるのは、ぶかぶかの大人用のジャケットを羽織り、ぶかぶかのズボンをはいた身長一メートル程度の少年。少年は戸惑いの様子で顔をあちこちに向けている。

 あの子の顔、どこかで見ている。いや、ついさっきまでここにいた男の顔だ。

 椿は驚きのあまり開いてしまった口を手で押さえ、一瞬立ちすくんだ。


「あの子、まさか、隼人はやと?」

「嘘だろ⁉ おい……‼」


 椿は走り出した。俺も後に続き、少年の前に駆け寄った。

少年は俺たちに気が付くと、おどおどした顔を向ける。目を見ようとしても、焦点が合っていない。


「……」

「あなた……隼人よね」


 椿の呼びかけに少年は戸惑っているが、少しして首を縦に振る。


「う、あ、は、はい……」


 隼人は小さな声で答えた。

 少年はやはり梔子一族の長男、梔子隼人だった。


 俺は心臓が止まりかけた。たぶん、隣にいる椿も同じ思いだろう。

 俺が想像したことは……本当になってしまったのだ。


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