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第37話 黄金色の絆

 青崎が手にしたスマホ用のキーホルダー。

 あれは確か、青崎と親しくしていた男性が言っていたもの。青崎が大事にしていた、後輩からもらったものだという。


「あ、あのキーホルダー……白根さんのところにあったものとデザインが似てる!」


 そう言ったのは紅葉ちゃんだ。


「紅葉、そうなの?」


 椿がとっさに尋ねると、紅葉ちゃんは首を強く縦に振った。


「似たようなキーホルダーのぬいぐるみ、白根さんの部屋に一杯飾ってあったよ」


 俺はまさかと思った。

 紅葉ちゃんが言っていることが本当なら、あのキーホルダーを作ったのは――


 俺の予感はまさに俺たちの目の前で的中することとなった。

 青崎の手につままれてぶら下がっているキーホルダーを目にした白根さんは、はっと気づいたかのように声を上げた。


「それは……私が作ったキーホルダー……まさか、あなたは高校の時の……」

「そう、そうだよ!」


 期待するかのように青崎が応答する。彼の顔から緊張が次第に取れていく。


「青崎先輩⁉」


 驚きの顔を隠せない白根さん。

 青崎は強くうなずいた。


「ああ。高校の時、同じ昆虫同好会だっただろ?」

「そ、そんな……。あなたが青崎先輩だったなんて……」


 白根さんはまだ目の前にいる男が自分の先輩だったことを信じられないようで、手に口を当ててただ青崎を見ていた。


 しかし、それを見ていた男は唾を吐き捨てた。


「おい……唯……。この期に及んでこいつに色目使おうってか?」

「……!」


 男の怒声が二人の間に割り込んだ。

 男はナイフを白根さんに向けている。

 白根さんは怯んでおり、微動だに出来なかった。

 しかし、ナイフを持つ男の目には明らかに動揺が見え隠れしていた。


 もう俺たちに時間は残されていない。

 だが、ここで白根さんと青崎をつなぐ糸は見つかったのだ。

 あとは……なんとしてでも警察が突入できる時間を稼ぎたい。


 俺は椿にあることを提案した。


「なあ椿。作戦があるんだけど」

「作戦って?」

「白根さんと青崎を助けるためのだよ」


 俺の発言に椿はアパートを見上げ状況を確認したあと、しかめ顔を俺に向けた。


「助けるって……本気なの? あなたの気持ちはわかるし、私もあの人たちを助けたいけど犯人はナイフを持ってるのよ? 警察に任せたほうがよくない?」


 俺は椿の正論に対し、首を横に振った。


「確かにそうだけど、あのナイフの男の意識が警察に向けられている以上、警察も動けない」

「……どんな考えがあるの?」


 俺は椿に聞こえる声でその作戦を話した。

 作戦を話し終えると、椿は一つ頷いた。

 そして、彼女は真剣なまなざしで俺に忠告した。


「わかった。だけど、なるべく時間稼ぐのよ。あと、絶対に無理しないこと。あなたのことは、堂宮刑事に話しておくから」

「ああ、頼む」


 依頼人のためとはいえ、事実上、警察の捜査に介入することなる。だが、このままだと二人の命が危ないのだ。

 俺はすぐに現場に急行した。


***


 とにかく、今はナイフの男の意識を俺にひきつけさせる必要があった。

 俺は言うことを考えながらアパートの隣の道に行くと、そこから大声で叫んだ。


「やっぱり、白根さんと青崎さんには見えない絆、いや、黄金色こがねいろの絆があったんですね!」


 俺の声が白い吐息とともに寒空に響く。

 アパートにいた三人の視線が俺に向けられた。

 青崎は突然目の前に現れた見知らぬ男に驚いてはいたが、俺の視界がはっきりすると声を上げた。


「お、お前は……あの時、黒髪の女といた……」

「はい! あの時、青崎さんに注意を入れた探偵の同僚ですよ!」


 その様子を見ていたナイフを持った男は、興味深そうに獲物を狙うかのような目で俺を見た。


「ほう。おもしれえな、探偵か。この青崎って男が何かやらかしたのか? まさか、唯に手を出したのかあ?」


 ナイフの男の大声が響く。

 眉は逆八の字になり、大口を開けて言葉の弾丸を放つ。顔は般若のごとく歪んでいた。


 怯みそうになるが、即座に俺は反撃する。

 事実を突きつけ、時間を稼ぐのだ。


「すでに解決済みの問題だ。お前には関係ない。そして、お前は白根さんにお似合いの男じゃない」

「なんだと」

「まだ青崎さんと白根さんのほうがあってると思う」

「部外者が気持ちわりぃんだよ」


 男の顔が更に歪む。

 俺は怯まずにさらに続けた。


「なぜ白根さんが青崎さんにすがろうとしているのか、お前にわかるか? この二人はな、昔からの幼なじみだったんだ。同じ昆虫を愛する者として、絆で結ばれてたんだよ」

「それがなんだよ。昔からの付き合い? 笑わせるんじゃねえ」


 男はベランダに身を乗り出して吠えた。


「唯は唯自身の意思で俺と付き合ってたんだよ。それがいきなり変な男が出てきて“お似合いじゃない”とか、“黄金色の絆がある”ってどういうことだ? お前、青崎の仲間なのか?」


 そして、男はあらためて白根さんと青崎を確認する。そして、何かを理解したかのようにやつき始めた。


「仲間といえば……唯から聞いたぜ? 誰かからアパートの壁越しに覗かれてるって。しかも、こいつ、探偵と関係があったんだよな。まさか、こいつが……?」


 青崎が一歩後ずさった。

 白根さんも目を閉じている。


「ほう、どうやら俺の直感は当たったようだな。青崎、お前だったんだな? 唯の部屋を覗いてた変質者は」

「……」

「お前、よく人のこと言えるな。気持ち悪いぜ、この変質者が」


 青崎は何も言わない、というよりも言えない。青崎が覗きをやったことは事実だから。

 だが、俺たちは青崎を信じていた。彼は心から白根さんに謝罪した。

 実際、俺たちが注意を入れてから白根さんから、また覗きをされたという連絡は受けていない。

 そして、俺は怒りを覚えていた。

 ナイフを持って元交際相手を人質にした男の、他人の故意過失を盾に自分の悪事を棚に上げようとする態度が許せなかった。

 青崎は思っている以上に優しい人間なのかもしれない。だが、あのナイフを持った男はそれをも踏みにじろうとしていたのだ。


 俺が感じた怒りは、すぐに声の砲撃となって男に直撃した。


――何偉そうに言ってるんだ‼ 青崎さんは反省したんだ! 白根さんのためにちゃんと謝ったんだよ! お前は自分の勝手で彼女を、現在進行形で人質にしてるんだ! つべこべ言わず、白根さんを解放しろ‼


 俺の怒号はアパートの周囲の住居まで響いていたらしく、住民が数名家から出てきていた。

 あまりの大声で、俺は息を切らせていた。頭の中は、あいつへの怒りで一杯だった。

 そのため、近くに来ていた椿に気づけなかった。


「リツ、伝えてきたよ」

「つ……椿……」

「十分に時間は稼げたわ」


 俺は肩で息をしながらも椿からの報告を彼女からの耳打ちで受けていた。その報告に、俺は心をなでおろした。


「マジ受けるんですけど」


 どこからか声がする。

 振り向くと、ナイフを持った男が恐ろしい形相で俺たちを睨みつけていた。


「探偵自身が青崎が覗きしてたって認めたじゃねえか。二人に絆がある? 覗きするような奴が、唯と仲良かったわけがないだろ」


 事実を認めたくないナイフの男に、俺は真実を突きつけた。


「コガネムシのキーホルダー。それを見て白根さん、どんな反応したかわかるか? 彼女は青崎さんを忘れていたかもしれないけど、そのキーホルダー……自分が作って、青崎さんに渡したことを思い出したんだよ」

「それがなんだよ。昔の思い出を引っ張り出して、唯は俺には見合わないというのか? 部外者が調子乗ってんじゃねえよ。いい加減にしろ」


 そういってナイフの男は白根さんの首の前でナイフを横に向けた。

 白根さんは青ざめた顔で一切動けない。

 青崎もすぐにでも制圧を試みたいのか、構えているものの動き出せずにいた。

 この場は、あのナイフを持った男が制圧しているからだ。


 俺にも、椿にも緊張が走っていた。

 しかし、俺は目的の達成を確信していた。アパートのベランダには、すでに無数の人がいた。


「いい加減にすべきなのはお前だよ。すでにお前はな……」


――警察に包囲されてるんだよ


「なにっ!」


 男が振り向いたその瞬間、雪崩を打って警察がナイフの男めがけて突入した。

 男の意識は完全に警察からそらされ、俺たちに向けられていた。つまり、作戦は成功したのだ。

 その後、青崎と白根さんもすぐに保護され、アパートでの人質事件はひとまず一件落着となった。


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