第29話 意外な訪問者
翌日、事件の犯人である松山信成は出頭した。
警察関係者はいきなりの犯人の自首に驚きを隠せなかったが、俺の推理通り、ペットボトルと室伏殺害に使われたナイフから指紋が検出され、保管されていた松山のそれと一致した。松山の衣服からも、室伏の血液が検出され、決定的な証拠となった。
また、松山自身も犯行を認めており、事件の捜査はスムーズに進展したという。
そして、入院していた生野樹里も経過良好で、事件解決から五日後には退院した。同時に、美幸さんの遺骨も警察から遺族へ返され、彼女の通夜及び葬式が静かに執り行われた。
樹里は犯人の自首に対し、ほのかな安堵を浮かべていた。
それから一週間後、十二月に入り小春日和と真冬の寒さが交互に訪れるようになったころ、俺はコートを羽織って、手をすり合わせながら探偵事務所に向かっていた。
事務所の駐車場に、椿の車と並んで見知らぬ誰かの車が止まっている。始業時間前だが、誰か訪問者がいるのだろうか。
「おはよう」
ドアを開け、事務室兼応接室にいる椿と紅葉ちゃんに声をかけると、その二人に交じって、三十路くらいのスーツに身を包んだ若い男の人がいるのに気付いた。
「お、主役が来たみたいだね」
その声、そしてその人に見おぼえがある。
常盤署の堂宮刑事だ。
俺に気づいたのか、椿が返事をする。
「あ、おはよう、リツ」
「おはよう……。あ、刑事さん来てたの? 事件の捜査か何か?」
「いや、ちょっと話があるそうよ。とりあえず、紅葉の隣に座って」
まさか、俺たちなんかやらかしたのか? とでも思い、俺は更衣室に行き荷物を置くと、すぐに三人が座っているソファーに座った。
俺の隣には椿の妹である神原紅葉ちゃん、そして対面には事務所に所長である神原椿、そして隣に常盤署の警官、堂宮隆一刑事。
四人がそろうと、椿が話を始めた。
「実はね、今日堂宮刑事がお礼と、お願いしたいことがあるって昨日連絡があって、休暇をとって来て下さったのよ」
椿の紹介に続いて堂宮刑事が話を始めた。
「どうも。常盤署の堂宮です。先日の事件、君たちにはお世話になったよ。同時に、申し訳ないことをしたと思っている。間違えて、無実の人を犯人として検挙するところだった」
堂宮刑事からお礼とともに謝罪が述べられた。
どうやら、先日の殺人事件で刑事さんたちの捜査に瑕疵があり、そのことでの謝罪も含まれていた。
「特に、金谷君。君の推理には感服したよ。君と神原さんが犯人に自首するように勧めたらしいけど、その前に推理で追い詰めていったんだってね。あとからの捜査で君の推理通りだから驚いたよ」
犯人の松山が自首した時、彼は俺たちのことを話していた。彼の証言をもとに捜査を勧めたらその通りだったため、警察署内でも話題になったようだ。
「いや……そんなことありませんよ。俺だって、警察の人には迷惑かけちゃいましたし……友人の、無実を証明したかっただけです」
俺はなんとか言葉を探したが表に出てたどたどしくなる。感謝されているのに挙動不審すぎる。
堂宮刑事は笑って返した。
「はは。でも、君も堂宮警部の息子さんだけあって行動力と推理力はすごいと思うよ。警部から教えてもらったのかい?」
「いや、それは……」
推理の知識に関しては母さんが買ってくれた人気ミステリー作家の小説とか、買ってもらった辞書、百科事典を子供のころから読みまくっていたことも一因だろう。また、父さんの武勇伝として、事件の捜査の話を聞いたこともある。
加えて、中学高校とクラス委員や生徒会長であった椿が主催していた“お悩み相談”をサポートしていたことも、推理力を鍛えられた一因だろう。
だが、俺はあくまで探偵業務をしている一般人に過ぎない。
「まあ、両親とも事件とか、推理とかの専門家みたいなものですから……」
「あ、確かにそうだったね。君のお母さんの法子さん、元気にしてる?」
「はい」
「堂宮が褒めてたって伝えてくれないかな。金谷君の助けなしに、事件の解決はできなかったって」
この年になって家族のことを言うのはなんか恥ずかしい。
正面で椿が腕を組みながらも笑っていた。
「その素晴らしい推理力と行動力、リツの長所でもあり、短所でもあるんだけどね。勝手に警察に首突っ込んだり、危険な目に遭ったりしちゃだめよ」
俺は苦笑いしてしまった。
その節は非常に反省しております。
確か、事件になると向う見ずになるところ、父さんも似た性格だったかも。
「ははは。ひょっとしたらまた君たちと関わるようなことがあれば、世話になるかもしれない。その際は、よろしく頼むよ」
話がひと段落したためか、堂宮刑事は「さて」と一息つくと、革製の鞄から、何かの書類を取り出した。
「それで、助けてもらっておいて、更に頼みたい話があるのは、申し訳ないんだけど……」
「なんでしょうか」
椿が書類を目にしながら尋ねた。
「“人生をやり直せる薬”について知ってるかい? 白い服を着た“ホワイトリップル研究所”を名乗る集団が、慈善事業と称して薬を売っているんだけど」
刑事さんの問いかけに、椿が顔を縦に振る。
「はい。私の妹が薬を飲んじゃって、小さくなってしまったんです。それで、いろいろ薬について調べてます」
そういって椿は、紅葉ちゃんに顔を向けた。
紅葉ちゃんはこくりと頷いている。
「そうか。ということは、あの匿名の情報提供は金谷君かな?」
「え……」
俺は心臓が止まりかけた。
堂宮刑事の方からが薬の話を、持ち掛けてくるとは意外な展開だった。警察はこの薬の件には消極的と聞く。
尋ねられたからには、素直に答えるしかない。
「はい。あの時は犯人を追い詰めたかったのと、古川が薬で殺害されたことを知らせたかったんです」
「なるほど」
一つ疑問がわく。どうして刑事さんは、匿名の電話が俺だとわかったんだろうか。
「なんで堂宮さん、そのことを?」
「情報の聞き出しが君のお父さんにそっくりだからね。半信半疑だったけど、こっちも薬についても調べていたからね」
「で、でも、警察はこの件にはかかわりたくないって聞きますけど……」
堂宮刑事は笑いながら首を振った。
そして、真剣な顔になる。
「すくなくとも、“警察組織”はね。この国の警察は絶対に触れたがらないはずさ。もし、薬のことを調査したりすれば、首が飛ぶかもしれない。でも、金谷警部……君のお父さんの正義感はそれを許せなかった」
「父さんって、まさか薬のことを調べていたんですか?」
堂宮刑事が一つ頷いた。
「ああ……そして、君のお父さんはそのために殉職された。そう言ってもいい」
(「第1章 ふたりの秘め事」 END)




