第27話 絶対に交わらない二人
松山信成と生野美幸。
普通なら、絶対に交わらない二人の出会い。しかしそれは、二人にこの上ない幸せを与えてくれたのだ。
松山は気が弱く、周りに流されやすい性格だった。そのような人間は、古川や室伏のような力で相手を支配する人間の奴隷でしかなかった。
あいつらの命令は絶対で、ゲームや漫画の万引きや金銭の強奪、気に入らない生徒や他校にいる不良への暴行などの犯罪から、女子生徒へのスカートめくりや、好きでもないのに告白を強要するといった、数々の嫌がらせを強要させられていた。
もちろん、従わなかったり、失敗したりしたら暴力は当たり前で、顔や身体中に痣や傷を負って帰ってくることもザラだった。
当然、警察沙汰になったときは、罪を被せられることもあった。
松山は高校時代に万引きの前科があった。実際は、古川と室伏と三人で店を訪れたとき、二人からの命令で盗みを強いられた。
二人は警察に通報されたとき、松山に罪を擦り付けて、こっそり店から逃走したという。そのため、警察には松山のみが呼ばれ、彼は事情を聴かれていた。なお、指紋はこの時に採取された。
この時、松山は相当堪えたらしく、後日古川たちに不満をぶつけた。
しかし……。
「あぁん? お前、口答えするのか? 万引きしたのお前だろ。店にいたのはお前だけじゃないか。俺らゲームしてたよな、室伏」
「だな」
しらを切り、室伏に同意を求める古川。
室伏は同意をしつつ、松山を睨みつけ、拳を鳴らして威嚇していた。
すでに松山は室伏に威圧され、動けなくなっていた。
古川は容赦なく松山に詰め寄り、彼の襟元をつかみ上げた。
「お前なあ、身分考えろよ。俺らにタメ使える立場かぁ?」
「……」
こみ上げる苦しみをこらえる松山。
古川はつかみ上げた襟を離し、松山を突き飛ばす。
地面に転がり、痛みに悶える松山を尻目に、古川は屈強な肉体の大男に松山の始末を命じた。
「室伏、やれ」
「おう」
倒れている松山に、室伏の岩のような右ストレートが松山の頬に直撃した。その後、あいつらからリンチを受け、大けがをしたのは言うまでもない。
自分の意思とは関係なく、悪事を強要されしかも反抗できない。
――こんな自分、死ぬほど嫌だったし、惨めだった。
だから彼は、自分を本気で変えようとした。あいつらよりもいい大学に進学して、より良い企業に就職して、奴等と縁を切り、新しい自分になろうとした。
これまでの人生をやり直すために行動したのだ。
そのために彼は猛勉強した。土日は市内の図書館にもこもり、いい大学に入って、貧乏な実家に少しでも楽してもらおうと努力した。
毎日図書館で、閉所ぎりぎりまで勉学に励む姿は、司書たちの間で噂になっていたようだ。
美幸さんは当時から図書館の司書として働いており、松山を気にかけていた
そんなある日のこと。
勉強疲れからか、松山は問題を解いている途中で眠ってしまっていた。
「いつもお疲れ様。そろそろ図書館閉まりますよ」
「あ……」
うたた寝をしていた松山が目を開けると、その先にはセミロングの髪を肩に着けて、微笑みながら彼を見る美幸さんの姿があった。
寝すぎたと思い、後始末を始めた松山。
「ご……ごめんなさい」
「いや、よく頑張ってるなって思ったの。これ、私からの差し入れ」
そういって缶に入ったココアを松山に渡した。
「え……」
キョトンとする松山に美幸さんは微笑んでこう返した。
「暖かいココアには気分を落ち着ける効果があるの。今日は疲れてるみたいだし、家帰ったらこれ飲んで、また明日に備えるといいわ」
「あ……ありがとうございます!」
思わず松山は感動し、涙を流したらしい。
松山は美幸さんの人間性に惹かれ、積極的にアプローチするようになった。同時に美幸さんも勤勉で実直な松山に惹かれ、二人の交際が始まったという。
そして、松山は自然とあの二人から距離をとるようになっていった。
その後、古川は遠方の都会にある大学に進学し、室伏も常盤とは別の会社に就職。奴らとの縁は切れていった。
一方、松山は大学生になっても、有名な企業に就職するための勉強や、自分磨きを怠ることはなかった。
図書館に入り浸る回数も上がり、また、美幸さんとも密かに会う回数が増え、休日はデートに出かけることもあった。
表立って交際していると言えなかったのは、松山が「自分が前科持ち」ということへの世間体に配慮してのことであった。
樹里も姉が松山と交際していることは、姉が失踪するまで知らず、のちに松山本人から聞かされたのだという。
すべてがうまく行っていた。松山は見事に人生をやり直せた、そう思っていた。
***
しかし、悲劇は突然に訪れてしまった。
就職浪人をしながらも、都内の有名企業への就職が決まった。
このことは家族だけでなく、美幸さんも自分のことのように喜んでくれたという。
その日、美幸さんの提案で、二人で一夜を過ごすことになった日のこと。交際を始めて、すでに六年が経っていた。
当時、松山のアパートは大谷地区にあり、松山は初めて美幸さんを自分のアパートに招いた。
松山は彼女を近くまで迎え、二人は歩いてアパートに向かった。
月が照らす中、二人は静まった住宅街を歩いていた。
「……でもいいのか? 俺みたいな犯罪者を好きになって」
「“前科持ち”かもしれないけど“犯罪者”じゃないでしょ? それに、もうそれは終わったことだし、精算したんでしょ? 胸張って生きればいいじゃない」
そう言われ、松山は体が熱くなった。
「……サンキュな。美幸さん」
「ふふっ。あなたは本当によく頑張ってると思う」
そんなたわいもないことを話していた。普通に一緒にいて、つまらないことをしゃべって、笑いあって、楽しみを共有して――そのひと時は幸せなものだった。
しかし、二人が松山のアパートに着いた時、景色は一転してしまった。
――おうおう、やっぱりな。お前だけ抜け駆けしやがって。心の友じゃなかったのか
――可愛い子連れてるじゃんか。生意気だぜ
聞きたくもない、あいつらの声。
そいつらは、アパートの前の駐車場に座り込み、二人の前に立ちはだかっていた。




