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第23話 ふたりの秘め事

 生野家の居間に通された。俺たちは事件の顛末てんまつと、樹里の日記に書かれてあった樹里とあいつのことを母親に告げた。明らかに、一連の事件には姉の美幸さんが深くかかわっている。警察が考えているように、姉の死が今回の事件を引き起こした可能性が高い。

 そして、美幸さんとあいつ。


「その子のことは知らなかったけど、確かに美幸には年下の男友達ができたって言ってたわね。休日に勤務していた図書館によく来ていたそうよ」


「友達」。そのキーワードはつい最近、妹の樹里も口にしていた。


――他人に言えないような人


 それが“あの人”。

 母親は美幸さんからそいつのことをよく聞かされていたようだが、彼女は嬉しそうに話していたという。美幸さんは実直に勉強する彼に一目置いていたようだ。

 おそらく、あいつも嬉しかったはずだ。だが、そんな時間はあの外道な輩によってめちゃくちゃにされた。


 ふたりの間に立ち込めていた霧が、少しずつ晴れていく。


 生野の母さんから聞き取った結果、大体の犯行動機は明らかにできた。


「おばさん、お時間いただきありがとうございました」


 俺たち三人は玄関を出て、椿が生野の母さんにお礼を述べた。俺と紅葉ちゃんも後に倣って頭を下げる。

 生野の母さんは笑いながらも、感謝の意を述べていた。


「いや、いいのよ。あなたたちの力になれたら、きっと美幸も喜ぶと思うわ」


 その顔はどこか、安堵に包まれた様子だった。


 駐車場に止めてある椿の車に戻るまでの間、俺はいろいろなことを考えていた。証拠を集めようにも自分からできることといえば限られている。

 殺害現場を目撃したであろう人物から聞き出すしかないか。


 車に乗り込むと、俺は早速椿に話を切り出した。

 具体的な行動に出るときは椿に相談するのが約束となっている。


「なあ、椿。これからどうするんだ?」


 車のキーを回しながら、椿は口を開いた。


「うーん。動機がわかったからあとは二人を殺害した証拠が必要だよね」


 椿は同時に振り向いて俺の顔を見ていたが、何か俺の様子に感づいたのか、じっと俺の目を眺めていた。


「リツ、あなた何か考えがあるみたいじゃない」

「まあな。俺たちができそうなのは証言を集めることだけだし……二人の殺害現場を見たかもしれない奴から話を聞く必要があると思うんだ」

「誰から話を聞くの?」


 不思議そうな顔をする椿に俺は人差し指を立てて返した。


「樹里だよ。一度、見舞いがてら話を聞きに行ってみようぜ。そろそろ面会もオッケーになってるだろ」


***


 俺たちは市内にある総合病院に向かった。お見舞いも兼ねているので、簡単な茶菓子を購入している。

 美幸さんの妹、生野樹里から殺害現場での情報を聞き出すためだ。山小屋では彼女から情報を聞き出せなかったが、今ならできるかもしれない。

 病院事務の職員に事情を話すと、すんなりと通してくれた。

 また、案内してくれた女性の看護師によると、生野に命の別状がなかったことから現在は一般病棟に移されているという。

 ただし、例の感染症の影響もあって、面会時間は限られるとのことだった。俺たちは検温、消毒、マスクを着用した後、生野が入院している部屋に向かった。

【生野 樹里 様】とネームプレートが前で、看護師は立ち止まった。


「こちらです。面会時間が終了しましたらお呼びしますので、その際はご退出をお願いします」

「わかりました。ありがとうございます」


 椿が礼をすると、俺たちもそれに続く。

 看護師は会釈すると、俺たちの前から去っていった。


 病室の戸を開くと、その先で二十代くらいの女性が白い入院着を身にまとったまま、虚ろな目をして目の前の白い壁を見つめていた。

 彼女は頭に包帯がまかれ、頬にはガーゼで止血措置がされていた。

 見るからに、痛々しかった。


「樹里、調子はどう?」


 椿は優しく声をかける。

 親友の声に気が付いたのか、生野は顔をゆっくりとこちらに向けた。


「椿に……金谷かねたにくん……」

「お見舞いに来ちゃいました」


 にっこり微笑む椿。

 俺も続けて考えていたことを口に出した。


「俺たち、まだ一度も、見舞い……来てなかったし、生野も一人で、大変そう、だからさ。でも、見た感じ峠は越えたみたいで……ほっとしたよ」


 相変わらずのたどたどしい言葉の羅列。

 そして、俺は買った茶菓子をベッドの近くにあるテーブルの上に置いた。


「お菓子……また時間ある時に、食べてくれ」


 なんとか言い切った。

 俺の心臓の拍動は通常の数倍になっていた。それを表すかのごとく、額から汗が滲み出ている。


「……ありがとね」


 少し精気を取り戻したのか、生野の顔に光が差し込んだ気がした。

 俺は二つの意味で安堵した。一つは、生野に少しだけだが元気が戻ったこと、そして、もう一つはお見舞いの言葉をうまく言い切れたこと。


 実は、車の中で椿から「いつまでもコミュ力低いと仕事にならない」ということで、お菓子渡しと、その言葉添えを指示されたのだ。

 椿はベッドの隣に重ねて置かれてあった丸椅子に目をやった。ちょうど三つある。


「樹里、ちょっとお話したいんだけど、いいかな」

「うん……」


 しかし、生野は俺たちが何をしたかったのか察していたようだ。


「事件のことについて知りたいんでしょ?」

「え……うん。出来たらでいいんだけど、あの時何があったか、詳しく聞かせてくれない?」


 丸椅子を準備しながら、椿は生野の質問に対し返答する。


「……あたし、何もやってないから」


 生野は目をそらせた。

 椿は彼女に目を合わせ、優しく声をかける。


「私もそう思う。樹里、あなたは必死で犯行を止めようとしてたんでしょ?」

「うん」


 生野はゆっくりと頷く。

 彼女いわく、先ほど警察が事情を聴きに訪れたという。警察にも事情を話したが、彼らは彼女が一連の事件の犯人だと疑っていた。そして、指紋の採取を依頼されたらしい。


 生野はその様子を顔をうつむけ、思い返すように話していた。


「正直つらかったわ。まだ気持ちも落ち着いてないのに、ずっと疑いの目を向けられるんだから。私はあの人に、犯行を重ねてほしくなかっただけなのに」

「そうだよね。樹里、あなたはよく頑張ったわ」


 椿の一言に、生野は顔を上げた。


「ありがとう……椿。事件の時、何があったか……話すね」


 生野は淡々と、これまであったことを話し始めた。

 それは次第に、抜けていたパズルのピースがはめ込まれるように、大きな事件の全体像が浮き彫りになっていった。


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