第22話 彼女と<あの人>
翌日、ときわ探偵事務所。
俺と椿は間に紅葉ちゃんを挟む形でテーブルに対面した。
椿が話を切り出す。
「さて、証拠探しの件だけど、どうする? もう一度現場に戻ってみる?」
「うーん」
しかし、別に問題があった。
捜査が進んでおり、すでに物証になりそうなものは回収されているだろう。
さっきのナイフもそうだし、古川殺害時、毒物が入っていたとみられるペットボトルもだ。
あそこから犯人の指紋が検出されたら、動かぬ証拠になる。
もちろん、生野から指紋を採取したら不一致になるだろうから、それで容疑者から外れると思うが、それだと時間がかかる。
警察を相手にできない俺たちは、なんとしても犯人には自首させるしかなかった
「大谷城神社の捜査は終わってるし、現場にあった証拠も警察が回収しているわよね」
「ああ……」
ただ、俺は一つだけ現場にあった遺留品を写真に残していた。そう、現場に投げ捨てられたように落ちていたペットボトル。中に何かが入っており、俺はスマホで写真を撮ったのだ。
「一応、現場でペットボトルの写真を撮ってるんだ。ひょっとしたら、何が原因で古川が殺されたのか、わかるかも」
「まさか、あなたが勝手に現場に入ったときに撮ったの?」
あ……うっかり口走ってしまった。
とはいえ、捜査に必要な情報である。そして、勝手なことをした俺が悪い。
怪訝な顔をする椿に、俺は頭を下げた。
「すまない、椿……」
「それなら早く言ってよ……」
「警察に没収されるのが怖くてさ……」
しかし、写真の写りが悪くて、直径1センチに満たない何かが底に沈んでいることしか確認できない。
「まあ、あの後謝ってくれたし、ひょっとしたら、樹里の疑惑を晴らせるものかもしれなから、これ以上は言わないわ。でも、何かわからないんでしょ?」
「うん。とりあえず、こっちはこっちで写真を鮮明化できないか試してみるよ」
そして、俺たちは別の角度から事件にアプローチする必要がある。
もっと聞き込みをして、美幸さんと犯人の関係を調べるのだ。
ならば、もう一度関係者に話聞いたほうがいいかも。きっと、美幸さんに関する情報が得られるはず。
俺たちが一番知りたいのは、あいつと美幸さんとの関係だ。俺は椿に提案した。
「また生野の家に行ってみないか?」
「何かいい方法があるの?」
「もう一度生野の母さんに話を聞こうぜ」
***
椿が運転する小型車、フィートに乗って俺と椿、そして紅葉ちゃんは生野の家に向かっていた。
俺はスマホの写真フォルダを眺めていた。
以前、警察の現場に勝手に乗り込んで撮った写真が画面に表示されている。運よく警察に没収されずに済んだが、不鮮明で写りがよくなかった。なので、画像補正アプリを使って鮮明になるようにしていた。
「リツさん。車に乗ってるときにスマホいじると酔って気持ち悪くなるよ?」
後部座席に座っていた紅葉ちゃんの声が、座席越しに聞こえてくる。
「さっき言っていた写真をきれいにしてるんでしょ? 後からでもできるんじゃない?」
運転中の椿も紅葉ちゃんに続いて口をはさむが、もう少しで作業が終了する。
俺は無言でスマホを操作した。
そして、鮮明な映像が画面に表示される。
描画アプリに落とし込んで拡大した。輪郭の黒線が一つの線で繋がっているように見える。その線を辿ると、黒い輪郭で描かれた鳩に見える……。
「よし、できた!」
俺はこの線に覚えがあった。
「あれ……これ……」
後ろから紅葉ちゃんの声がする。紅葉ちゃんは俺の肩に手を押し付けながら、身を乗り出してきた。
「わたし……これ飲んだよ?」
「え⁉」
俺と椿はほぼ同時に驚嘆した。同時に急ブレーキが踏まれ、俺たちの身体は一瞬だけ浮いた。
心臓が止まりかけるが気を取り直すと、俺は椿に抗議した。
「椿、危ないだろ!」
「ごめん……。あまりにびっくりしちゃって……」
椿は車を車道の片隅に停めると、改めて紅葉ちゃんに尋ねた。
「紅葉、あなたがもらった薬って、これと同じだったの?」
「う……うん。白いおじさんたちからもらったものだった」
紅葉ちゃんの返答に、椿は口をぽかんと開ける。
俺も紅葉ちゃんに続けた。
「俺が買っちまったやつもこれだ」
「え、で……でも、それなら古川くんは……」
椿の口がわなわなと震えている。
白いおじさん……椿が話していた “白装束の男たち” つまり俺の目の前に現れたあの二人組の仲間だろう。
え、ちょっと待てよ?
とんでもない事実が明らかになった。殺害に使われた毒物と、紅葉ちゃんが飲んだ “人生をやり直せる薬” は同一の薬、あるいは両者は深く関係している可能性が高い。
だけど、それならどうして紅葉ちゃんは大丈夫だったんだ? あいつらは毒物を飲まされて死んでいるのに……。紅葉ちゃんは幼児化するだけで済んだ。
そして犯人は、なぜこの薬を殺害に用いたのか。“人生をやり直せる”ことが謳い文句の薬を……。
***
生野に家に到着したのは午前十時ごろ。
俺たち三人は改めてインターホンを鳴らした。
「ごめんください。神原です」
【椿ちゃんね】
インターホン越しに女の人の声が聞こえた後、ドアが開く。
中から中年の女性――樹里の母さんが現れた。しかし、彼女は狼狽しているようで、表情や行動に焦りが見えた。
「いらっしゃい。今回も事務所の方といっしょなのね?」
生野の母さんはふと気づいたのか、椿の隣に立っていた紅葉ちゃんに目をやった。
「あら、あなた、どこかで見たような……。まさか、紅葉ちゃん?」
「え、わ、わたし……」
紅葉ちゃんは声を出すのを戸惑っているようだ。
椿は紅葉ちゃんをフォローするように声を出した。まるで、紅葉ちゃんの正体を隠すように。
「私の親戚の子供なんです。両親が海外転勤しててうちで預かってるんです」
「あ、あら、そう……」
「紅葉は今学校行ってるんで……」
椿は半分苦笑いしている。
紅葉ちゃんのこと、伝える必要はないのか? 俺は素朴な疑問を持った。
しかし、今は仕事中。椿は早速話を切り出す。俺もその疑問は脇に置いていた。
「すいません。その、樹里のことなんですけど……」
「わかってるわ。警察の方から連絡があったの。樹里は見つかったけど、怪我をしていて入院してるって」
連絡は警察から入っていたようだが、樹里の母さんはまだ娘が疑われていることは知らないようだ。いずれ警察が調べ始めれば、嫌でも娘の嫌疑を目の当たりにすることになる。
可能であれば生野に捜査のメスが入る前に証拠を突き付けて、あいつを自白させないと。
しかし、樹里の母さんは別のことも心配していた。
「その、山小屋にいた彼女を見つけてくださったのって、あなたたちでしょう? 依頼は完了したし、報酬、口座に支払わないとね……」
申し訳なさそうな顔をする彼女に、椿は「気を遣わなくてもいい」とでもいうように口を開いた。
「いや、樹里が無事に帰ってくるまで見届けるまでが私たちの仕事ですから。まだお金はいりませんよ」
「そんな」
「いいですって。それより、お伺いしたいことがあるんです」
ここから本題に入る。俺たちが一番知りたいことを生野姉妹の母さんに尋ねるのだ。
一呼吸置き、椿が口を開く。
「美幸さんと、<あの人>の関係について、知っていることを話していただけませんか?




