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第15話 そしてみんないなくなった

 俺と椿は生野の家に向かっていた。

 なぜ遺体が発見されたあの日、朝早くから生野は大谷城神社に来ていたのか。


 きっと彼女をそう行動させる何かがあるはずなのだ。


 生野の実家は駅の南側に広がる新興住宅地にある。とはいえ、「好評分譲中!」といううたい文句のわりに新築の物件は少なく、更地になっている敷地も多く寂れていた。

 一時期、大規模なスーパーが出店してきて人口も増え、新興住宅地も乱立していたのだが、隣の市にショッピングモールができた途端、そちらに客足を取られ、さらに人口まで流出してしまったのだ。そのため、スーパーも栄えている県の南部に出店するとのうわさも流れていた。


 生野の家族が一連の事件をどう思っているのか、想像するだけでも胸が締め付けられる。行方不明だった娘が変わり果てた姿で発見され、さらに妹まで失踪したのだ。

 椿は生野の家族から事を聞いた時、悲痛な声が受話器越しに耳に届いたという。


 住宅街に入ったとき、ちょうど入り口近くにある家から出てきた男に呼び止められた。


「お、金谷、神原!」


 出てきた男は高校時代のクラスメイトであった及川貢だった。彼は急いで飛び出してきたためか、思わず階段から転げ落ちそうになる。しかし、運動神経に優れた彼はすぐに体制を立て直した。


「どうした? 顔からめっちゃ汗出てるけど」

「どうしたもこうしたもねーよ! あいつら、三日前からいねえんだよ!」

「え?」


 肩で息をしながらも、及川はその三人の名を告げた。


 古川 直紀

 室伏 拓

 松山 信成


 俺は息が止まりそうになった。

 オンライン同窓会に姿を見せなかった古川を捜すため、及川は松山らと落ち合うことになっていたはずだ。


「三日前って、古川を捜しに行くときにはいなかったのか?」


 及川は首を縦に振った。

 翌日、港町で会うはずだったが、二人とも現れなかった。

 その後、及川は一人で市内の彼らが行きそうなところを捜し回ったが、三人はどこにもいなかったという。


「あいつらの家にも連絡取ったけど、朝からいないって言うしさ……ったくよお……」


 及川はこれからもう一度市内を捜すことにしていた。三人の家族は警察にも連絡したようだが、別の事件に人員を割かれているため、人手が足りないのだという。


「だからこれからまた捜しに行くんだよ……。特に古川の母さんがうるさくてさあ……。こっちだって心配してるのに早く見つけろって、しょっちゅう電話かけてくるんだよ。これから会いに行くんだけどさ……」


 必死になって飛び出してきたのも、古川の母親に電話で叩き起こされたからだという。

 古川の両親……特に母親は息子を溺愛しており、子供のころから彼に対して甘かった。高校時代の三者面談の時も、教師から悪い古川の評判や素行を知らされると、逆に教師に罵声を散らしていたという。


「松山と室伏もどこ行ったんだよ……あれだけ捜すって言ってたのに……」


 及川は苛立ちを隠せずにいた。


 かけるべき言葉を失うが、しかし情報は訊き出しておきたかった。

 さっき彼が話していた「別の事件」……おそらく生野の姉の遺体が発見されたことだろう。ひょっとしたら、及川は事情を知っているかもしれない。


「なあ、及川。急いでるときに申し訳ないんだけど、生野、お前のところに来なかったか?」


 及川は首を横に振ると、


「来てないぜ――樹里も行方不明になってるんだろ? ほんと、なんでみんな消えてしまうんだよ」


 行方不明者が増えていく。まるで、この世界から消えていくように。


「……ああ。知ってると思うけど、生野のお姉さんの遺体が見つかったその日にな」

「ああ。そのニュース、俺も聞いたよ。ホント気の毒だよ。あんな優しい人が、無残にな……」


 及川も青い空を眺め、物思いにふけっていた。

 そんな彼を見て、椿が語り掛けた。


「あれ、及川君も樹里のお姉さんと会ったことあるんだ」

「ああ。高校の時、家庭教師をやってもらってたんだ」


 マジか? 初耳だ。

 俺は内心驚いていたが、無理はなかった。

 数少ない友人である及川が家庭教師を雇っていることは知っていたが、誰かまでは訊いていなかったからだ。


「あの人、優しいし教え方も丁寧だし……おかげでテストの点もよかったし、希望の大学にも行けたんだ。俺にとっての恩人だよ」

「そうなんだね」

「へへ。ちょっとばかり幸せだったんだぜ?」


 少し顔を赤らめる及川。

 どうやら及川は生野美幸さんに対して、思いを寄せていたようだ。

 だが、彼の表情はすぐに元に戻る。


「正直信じられないよ。たぶん樹里は相当つらい思いをしてると思う。それで、昨日、生野の父さんから樹里がうちに来ていないか、連絡があったんだ。あいつがいなくなったことはそれで知ったんだ」

「そうなんだ」


 生野の家族が連絡を入れていたようで、ここ数日生野が及川の前に現れていなかった

 しかし、及川は消えた野球部員たちの捜索に忙殺され、生野捜しに参加できないことを詫びていた。

 及川は申し訳なさそうに頭を下げた。


「すまねえな。樹里、姉さんのことでつらいと思うけど、俺もあいつら三人を捜さないといけねえ……」


 探偵として、そして及川の友人として、彼女は絶対に捜し出す。


「生野のことは俺たちに任せてくれ」

「ああ。頼む」


***


 生野の家に到着した。

 外からはわからないが、中ではご家族が悲しみに暮れているであろうことは容易に想像できた。

 そんな中、家のお邪魔するのは気が引ける。とはいえ、娘さんを捜すためならこうするしかないのだ。


「お忙しい時にすいません。『ときわ探偵事務所』の神原です」


 椿はインターホンを鳴らすと、マイク越しに呼びかけた。


【はい。椿ちゃんかしら? 今開けるわね】


 マイクから中年の女性の声がした。

 しばらくすると、ドアが開き五十台前半くらいの女性が現れた。美幸さんと樹里の母親だった。


「あら、やっぱり椿ちゃんだったのね。樹里から聞いたわよ? 探偵事務所開いたんですって?

「はい。まだまだ始めたばかりで、大した依頼は受けてませんけどね」


 椿は苦笑いしながらも対応していた。


「それで、そちらの人は?」

「樹里さんの友達の金谷かねたにです」


 俺は神原の友人でもあり、ともに樹里と高校時代を共にしたものだと話した。

 椿が話を切り出す。


「おばさん……その、なんて言ったらいいか……。娘さんが……、美幸みゆきさんが……。残念です……」

「……ありがとうね。……それだけでも、美幸は喜んでると思う」

「……」


 どこか悲しげというより、怒りも混じった声が返ってきた。たぶん、警察から状況は知らされているかと思うが、彼女は間違いなく殺害された。親にとって、愛するわが子の命が奪われたのだ。しかもその時にひどいはずかしめを受けた……。

 おばさんの気持ちは当然のものだった。

 ただ、俺たちがお邪魔しているから抑えているだけなのだ。


「……おばさん。樹里のことでお伺いしたいんですけど、いいですか? 私たち、樹里が心配で彼女を捜してるんです」

「ありがとうね。ここで話すのもあれだから、中に入ってくれないかしら」


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