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第12話 埋まっていた彼女

 それから三日後。俺はいつも通り事務所に向かった。

 ドアを開けると、そこに椿の姿はなく、紅葉ちゃんがテレビを見ながらお菓子を頬張っていた。


「おはよう。椿はどうしたの?」

「おはよう、リツさん。お姉ちゃん、連絡を受けて出ていったよ? 至急大谷城神社に来てくれって」

「誰から?」

「確か……樹里さんだった」

「え? 生野?」


 三十分前、生野から電話があり、急いで出ていったという。何か事件に関係することだろうか。

 その時、俺のスマホが音を立てて鳴り始めた。画面には【神原椿】と出ている。

 なぜか、嫌な予感がした。


「もしもし?」

【あ、リツ? 今事務所来たところ?】


 向こうで息を切らせる椿の声。


「ああ。どうしたんだ?」

【早く来て! 樹里が……、樹里のお姉さんが‼】


***


 俺は紅葉ちゃんを連れて大谷城神社に来ていた。距離が離れているのでタクシーを捕まえての移動だ。

 ここは市の山間部に位置していて、戦国時代にこの地域を治めていた領主の居城跡に建立された神社だった。


 鳥居の前で人だかりが出来ていた。何十人もの野次馬が神社を埋め尽くしている。

 そして道端にはパトカーが数台停められていて、そのすぐ後ろに椿が使っている白い小型車フィートが駐車してあった。

 普段は静かな神社に似合わない、異様な光景であった。


「すいません、何かあったんですか?」


 俺は近くにいた若いサラリーマン風の男性を捕まえて尋ねた。


「ああ……どうやら神社の裏山から人骨が見つかったそうだよ」

「え⁉︎」


 あまりの衝撃に俺は脳天を撃ち抜かれた。人間の骨……?

 椿の電話越しの声がオーバーラップし、嫌な予感が脳を震撼させた。


「……ま、マジですか」

「嘘だと思うなら見に行ってくれよ。俺も噂でしか聞いてないから」


 俺と紅葉ちゃんは人混みをかき分け、奥に進んでいった。

 いつもは静かで神聖な境内が、今日は姿を一転させていた。

 人の雑踏と騒ぎ声で埋め尽くされている。

 大谷城神社の背後に(そび)える裏山――大谷山は普段人が入る山ではない。

 名前も知らない人も多いくらいだ。

 

 人ごみの森を抜けると、その先で警官と鑑識が数名で周囲を捜査していた。

 彼らに交じって俺が知っている人物が二人立っていた。彼女たちは、ただただ呆然としていた。


 二人は昨日の同窓会にも参加していた神原椿と生野樹理だった。


「嘘……でしょ……」

「……。樹里……」


 椿が生野の肩をさすっている。

 しかし、生野はせき止めていた何かが崩壊したのか、その場で泣き崩れた。 


「なんで……なんで……なんでええええええええーッ‼︎」


 生野の嗚咽(おえつ)があたりに響いた。

 俺は、何が起こっているのか全くわからなかったが、理由はすぐに明らかにされた。

 二人の先に、最近掘られたであろう深さ二メートルほどの穴があった。

 そして、穴の下に見えたのだ……人の白骨化した姿が。その遺体は若い女性用の上着とオレンジのスカートを身に着けて、横たわっていた。


「リツさん……何か、あったの?」

「紅葉ちゃん! 見ちゃだめだ」


 俺は、不安そうに穴の先を覗き見ようとする紅葉ちゃんを制した。これは見ていいものじゃない。


「お姉ちゃあああああああん‼」


 生野は穴の下で無残な姿になっている遺体に叫んだ。

 もう、返事をしないその姿に。

 椿は親友の背中をさするだけだった。彼女も、目の前の光景に目をつぶっていた。

 俺も同じく、かけるべき言葉を考えられなかった。呆然と、そこの様子を見守るほかなかった。


――君たち、現場に入っちゃダメだろ! 戻りなさい!


 その場の空気を切り裂く、男の声。

 俺たち四人はハッとする。

 振り返るとグレーのジャケットと同じ色のズボンを着用した、三十路少し過ぎとみられる男性警官が俺たちをにらむように見ていた。


「君たち、勝手に捜査現場に入るんじゃない‼ すぐにその場を離れなさい!」

「……!」


 いきなりの大声に何が起こったかわからず、俺たちはきょとんとする。だが、


「早くここから出なさい! 事情聴取は後でするから、神社の外で待っているんだ!」


 否応なく、俺らはその場を離れるしかなかった。


***


 神社の外。俺たちは野次馬から離れた先にあるベンチで休んでいた。

 俺の心臓の拍動は爆上がりだった。

 いきなり警官にはじき出され、ミステリーの主人公である探偵なら愚痴をこぼすのだろう。

 しかし、探偵業をやっておきながら俺にそんな気力はない。

 椿と生野も意気消沈している。

 一方、紅葉ちゃんは不安げに姉とその友人を見守るだけだった。


 しかし、いったい何があったんだ。こんな――ひと気のない神社で人骨が発見されるなんて……。

 そして、その骨は生野の姉……俺たちが捜索していた生野美幸さんその人であった。


 どうすべきかわからない状況に、俺は自分から声をかけるべきなのか迷っていた。

 だが、何故あそこに生野がいたのか、なぜ遺体は埋められていたのか、気になることはある。


「あの……椿……」

「……」


 椿は精気を失った顔を俺に向けた。


「場違いな発言かもしれないけど、神社で何があったんだ?」

「……」


 彼女は一瞬顔をうつむけた。

 だが、顔を上げると、狼狽した様子を俺に向けた。


「私だって知りたいよ。なんであんなところに樹里のお姉ちゃんの遺体があるなんて……」

「あの遺体を見つけたのって椿か?」


 だが、彼女は首を横に振った。


「樹里が遺体を発見したそうなの」


 朝早くから生野から電話を受け、フィートを飛ばして神社に来たのだという。

 神社の裏まで来ると、生野は呆然と立ち尽くしていた。その先に、彼女の姉と見られる人間の白骨化した遺体が転がっていた。


 生野は泣き疲れたか、それとも泣く力も失ったのか、虚ろな目でボーっとしていた。


 この後、警察は椿たちに事情聴取をするそうだが、こんな状況で当事者から事情を聞くなんて、無理な話だろう。

 警察は空気を読めないのだろうか。


 警察を待つ間、俺はいろいろなことを考えていた。いったい誰があんなところに遺体を埋めたんだろう。しかも白骨化していることから、亡くなってからだいぶ時間が経過している。

 あれが美幸さんだとしたら、彼女はどこで……。


 しばらくして、先ほど俺たちを追い払った警官が現れた。

 警官は警察手帳を俺たちに示していた。

 

常盤ときわ署 捜査〇課 足立班 警部補 堂宮どうみや隆一りゅういち


 その名前を聞いて、俺はハッとした。

 まさか……この刑事さん……。


「待たせてしまったな。

 俺は堂宮。君たちにあの遺体を発見した時の状況を聞きたい。大丈夫かい?」


 さっきの鋭い剣幕とは打って変わって、堂宮と名乗る刑事は語り掛けるように横顔は短髪で整えられ、少し濃いひげもきりっとしていた。


「は、はい……」


 椿はなぜか見とれるようにきょとんとしている。

 彼女の反応も気になるが、何より前に立っている刑事さん。どこかで会ったような気が……。


「申し訳ないけど、署まで一緒に来てくれ。話は君たちが知っている範囲だけで構わない」

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