第10話 思いがけない再会
さて、同窓会当日の夜。
俺はパソコンをつけてオン飲みの準備をしていた。
お菓子と飲み物を購入しておき、母さんに夕食はいらないと伝えた。
当然、乗り気は一ミクロンも存在しない。いじめグループは無視して、及川としゃべって時間つぶそう。
椿から教えってもらったパスワードを入力して、オン飲み会場に入室する。画面には総勢三十人分が表示できるように仕切りで区分けされていた。だが、まだ誰一人入室している人はいなかった。
スマホをいじってスタンバっていると画面に誰か入ってきた。茶色に染めた髪を上に柔らかく逆立たせ、肩幅が広い筋肉質で大柄な男。しかし、その顔つきは穏やかだった。
「お、及川⁉︎」
思わず口からこぼれた歓喜の声。旧友の再会に俺の心は跳ねた。
俺はすぐにメッセージを送った。
金谷律也[及川、ひさしぶり(^^)/]
及川は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに穏やかになる。
及川貢[お、金谷じゃん!]
そして及川のマイクがオンになる。
【久しぶり! 元気してたか】
俺もミュートを外し、マイクに向かって返事した。
当然話題の第一は近況報告だ。
【ああ。この通り。最近仕事クビになっちゃってさ、実家帰ってきた】
【え、今無職なのか?】
【ちげーよ。ちょっとしたことがあって、椿のところで働いてる】
【へえ。お前よかったじゃないか! カノジョと仕事できるなんてさ! 神社の仕事か?】
画面の向こうにいる男はにやけ顔で俺を見ている……俺、こういうの苦手なんだが。
とりあえず、今の職を伝えるか。
【いや、探偵やってる。あと椿と恋人として付き合ってねーよ】
ははは、という笑い声のあと、及川は話を切り返した。
興味深そうな様子で訊いてきた。
【ほう……神に仕える次代の巫女が、探偵ねえ……」
【神社継ぎたくないんだってさ。ほかになりたいことがあったみたいで探偵になったんだって】
【へえ。神原もなかなかやるじゃん。あいつ、高校時代から可愛かったけど、大人になってめっちゃ美人じゃん。客もバンバンくるんだろ?】
パソコン画面の右下に映る椿を見ているようだが、お前、なんか鼻の下が伸びてるぞ。
グイグイ突っかかる及川に俺は押され気味になる。確かに椿は艶やかな長い黒髪と、スレンダーな容姿もあって、異性にモテるルックスかもしれないが、実態は……。
【だといいんだけどな。依頼、ほとんど来ないよ】
苦笑いしつつも、これ以上俺たちのことを聞かれるのも嫌だったので、俺は無理やり話題を変えた。
【ところで及川、今でも野球やってんの?】
【……ああ。今は大学院の野球チームに入ってる】
及川は中学の時からやっていた野球を今でも続けていた。
そういうと及川は野球大会のパンフレットを取り出して、画面にでかでかと広げた、
【今度夏の県大会があるんだけど、例の感染症のせいで無観客試合なんだよ。YOUR MOVIEで配信するから、よかったら観てくれ】
【ああ。お前、確かピッチャーなんだっけ? 今もそうなのか】
【もちろん! このためだけに投球練習は欠かしてないぜ?】
【張り切りすぎて肩壊すなよ】
【大丈夫だって! 俺の筋肉舐めんなよ!」
嬉しそうに報告する及川に、俺は自然と嬉しくなる。やっぱり、こいつと話すと気持ちが落ち着くし、楽しいのだ。
次第に高校時代の同級生もちらほらと入ってくる。
その中には椿や生野もいる。画面を見る限り、生野も元気そうでほかの元クラスメイト達と楽しくやり取りしているようだ。
【そろそろ始まるな……。お前、準備できてるか?】
【はははは……早く終わってくれ……】
俺は手を合わせて念じた。
ああ、苦手な同窓会。二時間だけだし、二次会もないから及川とか椿としゃべって時間をしのごう。
だが、次の瞬間、俺の心に暗雲が立ち込めた。
[室伏拓さんが入室しました]
[松山信成さんが入室しました]
おい、やっぱ来ちまうのかよ。
「はあ……」
心の中の声がそのまま口に出てしまった。
その様子は画面の向こうにいた椿と生野にも気づかれてしまった。
及川から気遣う声が聞こえた。
【金谷、大丈夫か?】
【ああ……】
言葉ではごまかすが、大丈夫なわけがない。
しかし、俺たちは他の参加者に合流するしかなかった。
【じゃあ俺、幹事グループだしまた後でな】
【ああ】
グループを解除し、俺たちは同窓会に参加した。
***
同窓会のグループに入室すると、上下七人分のモニター画面の下段に、見たくもない顔が二つ……二人とも、俺の震え上がらせるような厳つい顔をしている。
室伏拓と松山信成。
高校時代の天敵ともいえる奴らが俺の前にいた。
二人は俺に気づいたのか、指をさしながらいやそうな顔でしゃべっている。
俺はあえて目を背け、缶ビールをコップに注ぐ。
画面の中央にいる元クラスメイトが幹事となり、同窓会の始まりのあいさつをする。
【皆さん、お忙しい中、常盤高校の同窓会に参加していただき、ありがとうございます!
今日は高校時代の思い出に浸りながら、旧友たちと思う存分語り合ってください!】
画面から拍手アイコンが飛び交った。しかし、クラスメイト達の反応は様々。室伏と松山もそうだが、何人かはつまらなそうにつまみを頬張る。
すでに会場は温度差ができている。
簡単な自己紹介と近況報告がなされた。
現在、みな何らかの職に就く者、学問を追求する者、芸の道を志す者など様々だった。そんな中、探偵になったのは俺と椿くらいだろう。
そして、結婚した人はいないが、たぶんカレシ、カノジョ持ちが当たり前なんだろうな……。
聞けばいいんだろうけど、失礼だろうなあ。
当然いじめと陰キャを強要された俺にカノジョなんているはずがない。まあ、女友達がいるだけでも奇跡だと思う。
しばらくたわいもなく、面白くもないオリエンテーションが済んだ後、仲が良かった連中に分かれ始めた。
俺は及川としゃべろうとしたが、先にあの二人に先手を取られていた。室伏と松山は及川とともにグループを作ってしゃべっていた。
野球部員同士集まっているのか、それとも……。
そして女子二人も女子トークに花を咲かせている。しかも、会話はミュート状態になっておらず、神原と生野の話し声が嫌でも聞こえてくる。
はあ……やっぱ俺は孤独なんだな……。
まあ、自分から行かないのが悪いんだろうけどさ……。
空気的に話の輪に入るのが難しくなっている。
そんな中、女子二人の会話はただ漏れだった。
【……えー、椿かわいいからすぐ彼氏できるって! 市内には出会いないかもだけど、都会出たら絶対いい男居るから!
まあこっちはゼミが野郎ばかりでさ……出会いほぼないからマッチングアプリ使おうかなあ……】
【……そうだといいんだけどね】
【でもあんた、金谷くんと仲いいじゃん。一度付き合ってみたら?】
【え?】
なぜか俺の心臓が止まりかける。
おいおいおいおい、生野、なんてことを……。
確かに椿とは仲良くしてたけど……恋愛対象に見たことはないぞ。
【……】
だが、椿は黙り込んで、浮かない浮かない顔をしていた。
生野は不安そうに椿に問いかけた。
【椿、どうしたの?】
【うん……】
【彼氏ほしくないの?】
【……そうじゃない】
椿は続きをしゃべろうとしなかった。俺は一瞬まさかと思った。
【実は……】
そう言いかけた瞬間だった。
いきなり元野球部員のグループが解除された。
――おい、生野。話があるんだが。古川を知らないか?
恐ろしく低い声が会場を包んだ。
画面の向こうには恐ろしい形相で俺たちをにらむ、室伏と松山の姿があった。




