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9 理解できない人

 オーガは緩慢な動きで周囲を見回し、その瞳が息もできずに固まる私を捕らえた。

 そして、にやりと笑った……ように見えた。


「っ……!!」


 その途端、私は踵を返して駆け出した。

 体が動くようになったのは幸運だった。

 そうでなければ、数秒もしないうちに食べられていただろうから!


『グゴォォウゥゥ!』


 背後からはドスドスという足音と、気味の悪い鳴き声が聞こえてくる。

 私を、追って来てるんだ……!


 でもまさか、学園のすぐ傍の山にオーガが棲んでいるなんて……!

 どうしたらいいのかもわからず、私はただがむしゃらに足を動かし続けた。

 オーガはそこまで足が速いわけではないようで、すぐに追いつかれることはなかった。

 なんとかこのまま振り切ろうと、限界を訴える足を速めようとしたけど――。


「きゃっ!」


 その途端足元の木の根に躓き、私は派手に転んでしまった。

 慌てて立ち上がろうとしたけど、鋭い痛みが走りとても今まで通りに走れそうにはなかった。


 ……どうしよう、このままじゃ追い付かれる。

 もう頭が真っ白で、私はとにかくここから離れようと立ち上がろうとした。

 生まれたての小鹿のように、震える足で立ち上がる。

 そのまま、一歩足を踏み出そうとした時――。


「っ――――!」


 急に背後から引っ張られ、近くの茂みへと引きずり込まれる。

 とっさに上げようとした悲鳴は、手で口をふさがれ外に漏れることはなかった。

 まさか別のオーガに掴まったのかと、手足をばたつかせ必死に暴れる。

 すると、耳元で焦ったような声が聞こえた。


「ちょ……俺だって!」


 聞き覚えのある声に、一瞬で体の力が抜ける。

 おそるおそる背後を振り返ると、そこにはずいぶんと焦った様子のアレスがいた。

 私と目が合うと、彼はいつものように緊張感のない笑みを浮かべる。


「暴れるガリ勉ちゃん、昔拾った猫みてぇ。あいつもめっちゃ俺のこと引っ掻いてさぁ」

「そ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! オーガがすぐそこに――」


 言葉の途中で、オーガの咆哮が聞こえた。

 ……そんなに遠くない。

 すぐに、追い付かれてしまう。


「に、にげなきゃ……」


 私の手足は、みっともないほどに震えていた。

 そんな私を見て、アレスは困ったように笑った。


「……今から逃げるよりも、ここでやり過ごした方がいい」

「でも……」

「大丈夫だって。俺がついてるからさ」


 アレスが私の体を引き寄せる。

 普段だったら文句を言っていただろうけど、今は彼の体温が有難かった。

 アレスは腰に下げていたカバンからキノコのようなものを取り出すと、少し離れた所へと放り投げる。


「あれ、結構匂いきつい奴。たぶん俺たちの匂いも誤魔化せる」


 いよいよ、オーガの足音が近づいてくる。

 がくがくと震える私を背後から抱きしめるようにして、アレスは小声で囁いた。


「大丈夫、ゆっくり息して」


 彼の言葉に従うように、ゆっくりと呼吸を整える。

 すぐに、オーガの鳴き声が近づいてきた。

 オーガは明らかに何かを探すように、ゆっくりと周囲を歩き回っているようだ。

 鳴き声が近づき、喉の奥から悲鳴が漏れそうになってしまう。

 そんな私を安心させるように、アレスが腕を回してぎゅっと私の体を抱きしめた。

 あたたかな体温に少し平静を取り戻し、私は気配を殺すようにゆっくりと息を吐いた。


 やがて、オーガの足音が遠ざかっていく。

 不気味な咆哮がずいぶんと離れたところで、アレスは大きく息を吐いた。


「はぁ~、やべぇなあれ。何であんなんが学園の近くをうろうろしてんだよ」

「……知らないうちに、棲みついていたのかもしれないわ。学園の敷地には防御結界が張ってあるけど、ここはそうじゃないもの」


 そこまで口にして、私ははっとした。

 今のこの、背後から抱きしめられるような体勢……。

 ……かなり、気まずい。


「あの……もう、放してもらって大丈夫よ」


 俯いてぼそぼそとそう口にすると、アレスもやっと今の体勢に気づいたようだった。


「あっ、ごめん! 別にセクハラとかそういうつもりじゃ――」

「わかってる。今のは緊急避難、それ以上でもそれ以下でもないわ」


 アレスは焦ったように私の体を離し、私も慌てて距離を取った。


「と、とにかく……これからどうするか考えないと……」

「俺が行ってくる。ガリ勉ちゃんはここで待ってて」


 そう呟いたアレスは、オーガが消えた方向を見つめていた。

 ちょっと待って、何でそっちに行くつもりなの!?


「行くって……どこに!?」

「さっきのオーガのとこ。このままにしといたらマズいだろ」

「まさか……あのオーガを倒すつもり!? 無茶よ! あんなの、正規の騎士でも数人がかりで相手するって聞いたことあるし……」


 決して、学生の私たちが一対一で戦えるような相手ではない。

 どう考えても無謀すぎる……!


「……戻って、先生に知らせるべきよ」

「その前に他の奴らがオーガに見つかったら? 戻って先生が来るのに小一時間はかかるだろうし、その間に錬金術学科のモヤシ共なんてすぐやられる」

「でも……」

「大丈夫だって。ほら、これあげる」


 なおも言い縋ろうとする私に手に、アレスは何かを握らせた。

 そっと開くと、そこには炎を閉じ込められたような結晶が。

 これは……前の調合実習でアレスが偶然作り出した、「灯火結晶」……?


「お守り。目くらましくらいにはなると思う」


 手に手を重ねるようにして、アレスはもう一度私の手にしっかりと結晶を握らせる。

 そして、意を決したように立ち上がった。


「俺が戻らなかったら、十分注意して山を下って、先生に知らせて。……じゃあね」


 軽く手を振って、まるで散歩にでも行くような軽い足取りでアレスは去っていった。

 先ほど……オーガが立ち去った方向へと。

 ただ一人残された私は、呆然とそこに座り込んでいた。


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