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8 危険な遭遇

 幸いにも好天に恵まれ、山の中はずいぶんと歩きやすかった。


「とりあえず、授業で指定された素材を最優先で採取するわ。この辺りには毒性のキノコも群生しているようだから、くれぐれも拾い食いはやめてちょうだい」

「拾い食いって……ガリ勉ちゃん、俺のこといくつだと思ってんの?」

「年相応に見られたいのなら、普段から行動に気を付けるべきね」


 薬草、キノコ、鉱石……この実習で採取しなければならない素材はいくつもある。

 ぼやぼやしている時間はないのだ。


「まずはパリエタリア草を探すわ。植物図鑑は持ってきている?」

「重いから置いてきた」

「まったく、何しに来たのよ! いいから、これを見て探して!!」


 さっそくやる気のなさを見せつけるアレスに、無理やり植物図鑑を押し付ける。

 アレスはぺらぺらと私の植物図鑑をめくり、驚いたように目を丸くした。


「うわ、書き込みすごっ!」

「このくらい普通よ。パリエタリア草については138ページに載ってるから、特徴をよく確認して」


 文句を言われるかと身構えたが、アレスは案外機嫌よく私の後をついてきた。

 パリエタリア草は難なく見つかり、他にもいくつかの植物素材を採取する。

 しゃがみこんで作業をしているうちに、私がアレスがやたらと赤い薬草を引き抜こうとしているのに気付いて慌てて制止した。


「あっ、待って! その草は素手で触ったら手がかぶれるわ」

「え、マジで?」

「えぇ、間一髪だったわね。……危険な素材もあるのだから、手袋くらいはした方がいいわ」


 ……余計な口出しだと疎まれるだろうか。

 だが、そんな想像とは裏腹に、アレスは懐から手袋を取り出した。

 どうやら、持ってきていたようだ。


「あっちぃから別にいいかなーって思ってたんだけど、やっぱしといた方が安全か」


 そうひとりごちたアレスが、くるりとこちらを振り返る。

 そして、邪気の無い笑みを浮かべた。


「ガリ勉ちゃん物知りだね。ありがと」

「……次からは、もっと気を付けた方がいいわ」


 素直に礼を言われたのが意外で、つい俯き気味にそう言ってしまう。

 そんな私の態度など気にも留めずに、アレスは何かに気づいたように再びしゃがみこんだ。


「あっ、すげぇ!」


 すぐに立ち上がった彼は、得意げに掴んでいた物を私の前で見せびらかした。


「この角! すごくね!?」


 彼は二本の指で、立派な角を持つ昆虫を掴んでいた。

 私のすぐ目の前で、手のひらほどの大きさの昆虫の六本の足が、うねうねと動いて――。


「…………ぎゃああぁぁぁぁぁ!!!!」



 反射的にアレスを突き飛ばし、私はその場から走り出していた。

 ひいぃぃぃ、生理的に無理!!

 上からならともかく、あんなに近くでお腹側を見せられるなんて!!

 あの昆虫のうねうね動く足を思い出すだけで、ぞわりと全身に鳥肌が立つ。


 全速力で走り続けて……やがて息が切れ、私はその場にしゃがみ込んだ。

 ぜぇはぁと荒い息を整え、小さく息を吐く。


「……戻らなきゃ」


 無我夢中で走っているうちに、いつの間にか道を外れてしまった。

 幸いにもここからでも学園の校舎が見えたので、どちらに進めばいいのかはわかる。

 持ってきた水筒で水分を補給して、痛む足を叱咤して立ち上がる。

 ゆっくりと歩いているうちに、先ほどのアレスのことが頭をよぎった。


「……嫌がらせ、だったのかしら」


 それとも……単に、あの虫を私に見せてくれようとしたのだろうか。

 思えば、あの時のアレスは嬉しそうな顔をしていた。

 きっと彼は、私が虫――特に虫の腹と足の部分が苦手だと知らなかったのだろう。


「虫の体だって錬金術の素材になるんだから、もっと慣れなきゃ」


 私は一流の錬金術師になって自立すると決めたのだ。

 こんなことくらいで、泣き言を言っている暇はない。

 アレスに会ったら、真意を確かめて……場合によっては、謝らなきゃ。

 そんなことを考えながら歩いていると、不意に近くの背の高い茂みからガサガサと音がした。

 アレスが私を探しに来てくれたのかもしれない。


「アレ――シュトローム侯爵令息?」


 そっと呼びかけると、茂みの音が止まった。

 ……もしかして、私がつき飛ばしたことを怒っているのだろうか。


「……突き飛ばしたことは謝るわ。でも、私、虫が苦手で……だから! いきなりあんな風に近づけてきたあなただって、非がないわけじゃないのよ!?」


 一歩一歩、茂みに近づく。

 普段はへらへらとうるさいアレスにしては、何故か一言も声を発しない。

 なんだかそれが苛立たしくて、私は少し強めに声を掛けた。


「とにかく、今はさっさと採取を済ませた方がいいわ。だから――」


 そこから先は、言葉にならなかった。

 茂みの中にいた者が、外へ出てきたからだ。


 ……錬金術師の採取には、危険がつきものだ。

 うっかり毒草に触れてしまうかもしれないし、こういう山の中では遭難や滑落の危険もある。

 いや、何より恐ろしいのが……こういうひとけのない場所で、魔獣に遭遇することだ。


 茂みから出てきたのは、アレスではなかった。

 人食い鬼――オーガ。

 考えるよりも先に私の記憶は、少し前に読破した魔獣図鑑から、目の前の魔獣の名称を引っ張り出していた。


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コミカライズ連載中です! →( https://comic.pixiv.net/works/8024 )
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― 新着の感想 ―
へんな虫が居たからと言っても逃げすぎでしょう。そんなんで錬金術師成り立つのか大いに疑問だね。学校での採取実施場所でオーガが出てくるなんて、なんか異常事態が発生したとしか考えられないでしょう。
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