7 運命の女神は残酷です
「では、来週の採取実習のペア決めを行う。各自、先ほど配った紙片を手元に用意するように」
教師の指示に従い、私は配られた小さな紙片を手のひらに広げた。
錬金術師が調合に用いる素材の入手方法は、市場に流通している物を購入するほかに、自ら採取地に赴き直接採取するという方法もある。
特に希少な素材は市場に出回ることも少なく、出回ったとしても偽物も多い。
錬金術師にとって野外での素材の採取は、調合に次いで必要不可欠なスキルなのだ。
そして今日は、初めての採取実習のペア決めの日なのである。
どうか、ペアになるのは真面目で私にも採取をさせてくれる人でありますように……!
採取授業は二人一組。
人数が少ない分、調合の授業よりは私の活躍の場も増える……と願いたい。
しかしくじ引きの結果、私のペアとなったのは……。
「あれ、ガリ勉ちゃんじゃん」
「嘘、でしょ……」
私は絶望感をひしひしと感じながら、手元に視線を落とした。
手のひらの上に紙片に記された数字は、目の前の相手がひらひらと振る紙片に記された数字と間違いなく同じだった。
……常日頃から私をいらつかせる錬金術学科の問題児――アレス・シュトロームが私のペアだったのだ!
呆然としていると、近付いてきたブラント先生が愉快そうに声を掛ける。
「ほぉ、学科一の優等生と問題児のペアか。これは見物だな」
「先生! これは作為的な不公平ではありませんか!?」
「運命のいたずらだ。諦めろ、ベルンシュタイン」
「そんな……」
失意を露にする私とは相対的に、アレスはけらけらと笑っていた。
「よろしく、ガリ勉ちゃん」
「……その呼び方はやめてちょうだい」
はぁ、まさかこんな貧乏くじを引かされるなんて……。
しかし、決まってしまったものは仕方がない。
私は渋々アレスに視線を合わせ、口を酸っぱくして言い聞かせた。
「いい? 絶対にふざけて変なモノを採ったり持ち込んだりするのはやめてよね」
「わかってるって。ガリ勉ちゃん頭固~」
「まったくもう……」
へらへらとしたアレスの態度に、私はさっそく先行きの不安を感じずにはいられなかった。
◇◇◇
「はぁ……」
いよいよ、悪夢の採取実習が明日に迫っている。
女子寮の自室で準備を進めながら、私はいつも以上にため息が止まらなかった。
トンカチ、スコップ、手袋、ルーペ……必要となる道具を準備しながらも、明日のことを想うとひたすらに憂鬱だ。
どう考えても、あの常時ふざけた態度の問題児、アレスが真面目に授業に取り組むとは思えない。
「最悪、あいつは捨ておく覚悟で行かないと……」
私一人でも、採取実習を完璧にこなしてみせなければ。
アレスのへらへら笑う顔が頭をよぎり、私はまた無駄にむかむかしてしまった。
「……知らないわ、あんな奴」
不真面目で、軽薄で、気まぐれで……何をしでかすかわらかない爆弾みたいなものだ。
彼の行動を真面目に考えるだけ無駄だろう。
それよりも、自分一人でも問題なく採取実習を遂行する方法を確認した方が建設的だ。
教科書に図鑑、採取予定地の地図を取り出し、明日の足取りを思い描く。
……アレスがいなくたって、私一人で問題ない……はず、だ。
◇◇◇
ここミューレル学園は周囲を自然に囲まれた場所に建てられており、今回採取実習を行うのは学園の裏手に広がる山々だ。
私も学園の敷地外まで足を延ばしたことはなかったので、少し緊張しながら踏破ルートを頭に思い描く。
「おはよ~ガリ勉ちゃん」
アレスは集合時間ギリギリに、大あくびをしながらやって来た。
……このやる気のない様子を見る限り、やはり彼には何も期待しない方がよさそうだ。
軽く挨拶を返し、私はあらためて気を引き締めた。
「いいか、採取は常に危険との隣り合わせだ。細心の注意を払い、怪我を負ったり不測の事態が発生した場合はすぐに引き返し報告するように!」
そんな先生の忠告を聞いて、いよいよ出発だ。
「シュトローム侯爵令息、わかっているとは思うけど、念のためもう一度言わせてもらうわ。今日だけは、絶対に真面目に実習に取り組むこと。いつもみたいにふざけた態度を取った場合はあなたを置いていくことも辞さないわ!」
「あはは、ガリ勉ちゃん相変わらず真面目だねぇ」
「ちょっと、ちゃんと聞いてるの!?」
私の注意もそこそこに、アレスはまるでピクニックにでも向かうように鼻歌を歌いながら歩き出した。
こいつ、絶対ちゃんと聞いてなかった……!
憤りながらも、私のその背を追いかける。
……いいわ。いつもみたいに舐めた態度を取ったら、山の中に置き去りにしてやるんだから!