66 宣戦布告を受けました
「ほら、できた!」
何度も何度もこの工房で練習を重ねたおかげか、私たちは手早く髪留めを作り直すことができた。
原型を残しつつ、アレスのセンスで大胆なアレンジが加えられており、不思議と壊れる前よりもずっと素敵に思える。
「今度は壊れないように頑丈な素材で作っといたから。またあいつが絡んで来たらこの髪留めで殴り倒してやるといいよ」
「そ、そんなことできないわよ……」
おっかなびっくり髪留めを撫でる私に、アレスはからかうようにそう言った。
……この髪留めが壊れてしまった時は、とても悲しかった。
このことが知られたらアレスに軽蔑されるのではないかと、怖かった。
でも……そんなに恐れる必要なんてなかったんだ。
たとえ物が壊れてしまっても、私たちがともに過ごした時間は確かだし、私たちは錬金術師の卵。
何度だって、作り直せるのだから。
「……ありがとう。本当は、この髪留めをもらって、すごく嬉しかったの」
勇気を出してそう言うと、アレスは驚いたように目を丸くして……すぐににやりと笑った。
「へぇ、じゃあ直した分のお礼してもらおっかな」
「お、お礼って何をすればいいの……」
ドキドキしながらそう問いかけると、アレスは私の手を取った。
そして、気取った仕草で手の甲へと口づける。
「ひゃっ!?」
「残念だけど向こうのパーティーは終わっちゃったみたいだからさ、今度こそ俺と踊ってよ」
「来年のパーティーでってこと? でも、私……きっと、それまで学園にいられないわ」
私ははっきりと、クラウスに対して拒絶の意を示したのだ。
遅かれ早かれその話はクラウスの実家の侯爵家に、そして私の実家にも伝わるだろう。
そうなればもう、私はここにはいられない。
学園を辞めさせられ、伯爵家へと連れ戻され、きっと閉じ込められてしまう。
忘れかけていた現実を思い出し、体が震えそうになる。
だが、アレスはそんな私の手を握り締め明るく告げた。
「大丈夫だって! 要は、実家やあいつの援助がなくても学園にいられるようになればいいんだろ?」
「でも、そんなの不可能よ」
「……リラが頑張ってきたことは、みんな知ってる。だから、そんなに心配しないでも大丈夫」
何故だかわからないけど、アレスは来年も私がここにいる未来を疑っていないようだった。
底抜けに明るい彼の姿を見ていると、不思議と不安が和らいでいく。
……そうね。たとえどうなるとしても、毎日うじうじ過ごすよりも前を向いて明るく生きなければ。
「でもさぁ、来年の今日ってかなり先じゃん? 俺気が短いからさぁ、そこまで待てない」
「そんなこと言っても、他にあなたと踊る機会なんて――」
「帝国の宮廷は年がら年中舞踏会やってるからさ、長期休暇になったら行こうよ」
「そ、そんな大舞台に私みたいなのが行けるわけないじゃない!」
「大丈夫だって。じーさんやみんなに紹介するから」
「もっと駄目よ!!」
アレスのいう「みんな」が、帝国の皇族という途方もなく雲の上の存在だということは私にも察しがついた。
いやいや、無理だから!
たとえアレスはただ友達を連れてきただけのつもりでも、同年代の女である私が彼に同行していれば、きっと変な目で見られてしまう。
慌てる私にくすりと笑うと、アレスは一歩距離を詰めて至近距離で囁いた。
「……リラ、前に俺が卒業したら一緒に来ないかって言ったこと覚えてる?」
「…………覚えてるわ。どうせ冗談なんでしょうけど――」
「あれ、本気だから」
いつになく真摯な声色で、彼はそう告げた。
ぽかんと間抜けな顔の私の手からさっと髪留めをかすめ取ると、丁寧な手つきでセットしてくれる。
そして、そのまま軽く髪の毛に口づけられた。
「やっとあの邪魔な男排除できたんだし、そろそろ本気で考えてよ。タイムリミットが来たら無理やり連れてくからそのつもりで」
ぺろり、と舌で唇を舐めると、アレスは意地悪く笑ってそう告げた。
「は…………」
アレスの言葉が、行動が、頭の中でグルグル回って……ついにはショートした。
ちょっと待って、「一緒に来ないか」が本気ってどういうこと!?
やっとあの邪魔な男排除って……まさか、前からクラウスを排除しようと狙ってたの!?
タイムリミットっていつ!? ていうかなんで髪の毛にちゅーしたの!?
冷静に考えることなんて全然できなくて、私にできたのは、ただ真っ赤な顔で俯いて小さく呟くことだけだった。
「かっ……考えておくわ」
私の言葉を聞いて、アレスはにやりと笑う。
その目が獲物を狙うハンターのように見えたのは……全力で知らない振りをしておこう。